根岸カップリングとは|有機亜鉛が選ばれる理由と使い分け【院試対策】

クロスカップリングの教科書を読むと、鈴木・宮浦の説明には必ず「塩基を加えてボロン酸を活性化する」という一段が出てきます。ボロン酸はそのままではトランスメタル化できないからです。
根岸カップリングには、その一段がありません。有機亜鉛試薬は活性化なしで、そのまま Pd へアルキル基を渡せます。だから塩基が要らず、反応は速く、条件も温和です。
では、なぜ誰もが根岸を使わないのか。亜鉛試薬を自分で用意しなければならないからです。この記事では、その損得勘定まで扱います。
反応の全体像
R−ZnX + R'−X → R−R' + ZnX2
触媒 : Pd(PPh3)4・PdCl2(dppf) など
Ni触媒も使える(安価・sp3に強い)
塩基 : 不要
R : アリール・ビニル・アルキル・アルキニル
R'−X : ハロゲン化アリール・ビニル・トリフラート1977年に根岸英一が報告しました。根岸は2010年のノーベル化学賞を鈴木章・Heckと共同受賞しています。
亜鉛は「ちょうど中間」の金属
有機金属試薬の性格は、炭素と金属の結合がどれだけイオン性かで決まります。イオン性が高いほど反応性は上がりますが、同時に手当たり次第に反応してしまいます。
| 試薬 | C−M 結合 | 反応性 | エステル・ケトンの共存 |
|---|---|---|---|
| R−Li | きわめてイオン性 | 最高 | 不可(攻撃してしまう) |
| R−MgX(グリニャール) | イオン性 | 高い | 不可 |
| R−ZnX(根岸) | 中間 | 十分 | 可能(ここが要点) |
| R−B(OH)2(鈴木) | 共有結合的 | 低い(塩基で活性化が要る) | 可能 |
| R−SnBu3(スティル) | 共有結合的 | 中程度 | 可能(ただし毒性) |
なぜ塩基が要らないのか
鈴木・宮浦で塩基が必要なのは、中性のボロン酸ではトランスメタル化が進まないからです。塩基が付加して四配位のボレートになり、はじめてアリール基を渡せるようになります。
鈴木・宮浦 Ar−B(OH)2 + 塩基 → [Ar−B(OH)3]− → トランスメタル化
活性化が必要
根岸 R−ZnX → トランスメタル化
そのまま渡せる亜鉛はもともと電気陰性度が小さく、C−Zn 結合の電子が炭素側に寄っているので、炭素求核種としての性格をすでに持っています。活性化の手間が省けるぶん、塩基に弱い官能基を持つ基質でも使えます。
亜鉛試薬の作り方
| 方法 | 操作 | メモ |
|---|---|---|
| 亜鉛への酸化的挿入 | R−I + Zn0 → R−ZnI | 最も直接的。亜鉛の活性化(LiCl・TMSCl)が鍵 |
| トランスメタル化 | R−MgX + ZnCl2 → R−ZnCl | グリニャールをその場で穏やかにする定番手 |
| ハロゲン金属交換 | R−I + i-PrMgCl·LiCl → 続けて ZnCl2 | 低温で官能基を保ったまま金属化できる |
sp3炭素どうしも繋げる
クロスカップリングの多くはアリール−アリールの結合を作るためのものです。sp3のアルキル基は、酸化的付加の直後に β-ヒドリド脱離を起こして分解してしまうため扱いにくいのです。
根岸カップリングは、この領域で相対的に強い方法です。
β-ヒドリド脱離がなぜ起こるのかはHeck反応で扱いました。あちらでは使う段階、こちらでは抑える対象になります。
どれを使うか——使い分けの基準
| こういうとき | 選ぶ方法 | 理由 |
|---|---|---|
| ビアリールを大量に作る | 鈴木・宮浦 | ボロン酸が安定で市販品が豊富。後処理も容易 |
| 塩基に弱い官能基がある | 根岸 | 塩基を使わずに済む |
| sp3のアルキル基を繋ぐ | 根岸(Ni触媒) | 亜鉛試薬が作りやすく、β-ヒドリド脱離を抑えやすい |
| 反応が遅い・止まる | 根岸 | トランスメタル化が速い |
| 末端アルキンを繋ぐ | 薗頭 | 試薬を作らずアルキンをそのまま使える |
根岸の弱点は、亜鉛試薬を自分で調製しなければならないことです。水に弱く保存もしにくいので、その場で作ってその場で使います。市販のボロン酸を量って入れるだけの鈴木・宮浦に比べると手間がかかります。それでも根岸を選ぶのは、鈴木でうまくいかない理由があるときです。
大学院入試での問われ方
「根岸カップリングで塩基が不要な理由を述べよ」
→ 有機亜鉛は活性化なしでトランスメタル化できる。
ボロン酸のように四配位アート錯体にする必要がない
「グリニャール試薬をそのまま使わない理由は」
→ 反応性が高すぎて、エステルやケトンなど共存官能基を攻撃するため。
ZnCl2 でトランスメタル化して穏やかにしてから使う
「sp3アルキル基のカップリングが難しい理由と対策」
→ 酸化的付加のあと β-ヒドリド脱離が起こる。
Ni触媒や二座ホスフィンで抑える
「鈴木・宮浦と根岸の使い分けを述べよ」
→ 通常は鈴木(試薬が安定・市販)。塩基に弱い基質や sp3 を
繋ぐ場合、反応性が足りない場合は根岸まとめ
触媒サイクルの一般論は鈴木・宮浦クロスカップリング、トランスメタル化を持たない例はHeck反応で扱っています。
よくある質問
有機亜鉛試薬が活性化なしでトランスメタル化できるからです。鈴木・宮浦カップリングで塩基が必要なのは、中性のボロン酸のままではアリール基をパラジウムへ渡せず、塩基が付加した四配位のボレートにして初めて渡せるようになるためです。亜鉛は電気陰性度が小さく炭素亜鉛結合の電子が炭素側に寄っているので、その一段が不要になります。結果として塩基に弱い官能基を持つ基質でも使えます。
反応性が高すぎるからです。グリニャール試薬は炭素マグネシウム結合のイオン性が高く、エステル・ケトン・ニトリルなど分子内の他の官能基を攻撃してしまいます。そこで塩化亜鉛を加えてトランスメタル化し、有機亜鉛に変えてから使います。亜鉛に移した瞬間に反応性が穏やかになり、共存官能基を壊さずクロスカップリングだけを進められるようになります。
酸化的付加で生じたアルキル金属種が、ベータヒドリド脱離を起こしてアルケンになってしまうためです。対策は2つあり、1つはニッケル触媒を使うこと、もう1つはdppfのような二座ホスフィンで金属の配位座を塞いでベータヒドリド脱離を抑えることです。それでもアルキル基の位置がずれる異性化は起こりうるので、生成物の構造を必ず確認する必要があります。
通常は鈴木・宮浦を選びます。ボロン酸は空気や水に安定で市販品も豊富、後処理も容易だからです。根岸を選ぶのは、塩基に弱い官能基があって塩基を使いたくない場合、sp3のアルキル基を繋ぎたい場合、あるいは鈴木では反応性が足りず反応が進まない場合です。根岸は亜鉛試薬を自分で調製する手間がかかるため、鈴木で済むならそちらを使うのが実務の判断です。
方法は3通りあります。1つ目はハロゲン化アルキルに金属亜鉛を酸化的に挿入する方法で、塩化リチウムなどによる亜鉛の活性化が成否を分けます。2つ目はグリニャール試薬を作ってから塩化亜鉛でトランスメタル化する方法で、実務ではこれが主流です。3つ目は低温でハロゲン金属交換を行ってから亜鉛に移す方法で、官能基を保ったまま金属化できます。いずれも水に弱いので、その場で調製してそのまま使います。







