水は100°Cで沸騰するのに、分子量がほぼ同じメタンは−162°Cで沸騰する。なぜこれほど違うのか。エタノールは水に無限に溶けるのに、同じ炭素数のヘキサンはまったく溶けない。なぜか。これらの答えはすべて、分子と分子のあいだに働く弱い引力——分子間力(ぶんしかんりょく)にあります。
分子間力は、共有結合のように分子を”つくる”力ではなく、できあがった分子どうしを”引き寄せる”力です。地味に見えますが、物質が固体か液体か気体か、水に溶けるか溶けないか、沸点はいくつか——私たちが日常で出会う物質の性質のほとんどは、この分子間力で決まっています。有機化学でも、化合物の精製・抽出・クロマトグラフィーはすべて分子間力の違いを利用した操作です。
この記事は、物性を体系的に理解したい人から、院試で「沸点の順を分子間力で説明せよ」と問われる人までを対象に、分子間力を解説します。3種類の力を強さの順に整理しましょう。
この記事は、マクマリー有機化学 第2章「極性共有結合・酸と塩基」で学ぶ「分子間力と水素結合」を、1テーマに絞って基礎からくわしく掘り下げる派生解説です。教科書の章とあわせて読むと理解が定着します。
分子間力とは?——結合より弱い引力
分子間力(intermolecular force)とは、分子と分子のあいだに働く引力のことです。共有結合やイオン結合が原子どうしを結びつけて分子を”つくる”力(結合内の力)であるのに対し、分子間力はすでにできた分子どうしを引き寄せる、はるかに弱い力です。
どのくらい弱いかというと、共有結合が数百 kJ/mol の強さを持つのに対し、分子間力はおおむね数〜数十 kJ/mol。この弱さゆえに、分子間力は「分子を壊さずに、集合状態(固体・液体・気体)だけを変える」力として働きます。氷を融かしたり水を沸騰させたりするときに切れているのは、H–O共有結合ではなく分子間力(水素結合)です。
3種類の分子間力——弱い順に
分子間力は、働く仕組みで3種類に分けられます。弱い順に見ていきましょう。前2つ(分散力・双極子相互作用)をまとめてファンデルワールス力と呼びます。
① ロンドン分散力(すべての分子に働く)
ロンドン分散力(分散力)は、電子の運動によって瞬間的に生じる電荷のかたより(瞬間双極子)が、隣の分子に誘起双極子を生み、互いに引き合う力です。極性・無極性を問わずすべての分子に働くのが特徴で、無極性分子(メタン・ヘキサンなど)ではこれが唯一の分子間力です。
分散力の強さは、分子が大きく、電子が多いほど強くなります(分極しやすいため)。だからアルカンは炭素数が増えるほど沸点が上がります。また、同じ分子量でも枝分かれが少なく細長い分子ほど接触面積が大きく、分散力が強くなります(直鎖ペンタンが枝分かれのネオペンタンより沸点が高い理由)。
② 双極子-双極子相互作用(極性分子に働く)
双極子-双極子相互作用は、極性分子どうしが、一方のδ+ともう一方のδ−で引き合う力です。永久的な双極子モーメントを持つ分子(アセトン・クロロメタンなど)に働き、無極性分子より沸点を高くします。分散力に上乗せされる形で効きます。
③ 水素結合(特に強い双極子相互作用)
水素結合は、双極子相互作用のなかでも特別に強いものです。次の節でくわしく扱います。分子間力のなかで最も強く、水やアルコール、DNA、タンパク質の性質を決める主役です。
| 分子間力 | 働く分子 | 相対的な強さ | 例 |
|---|---|---|---|
| ロンドン分散力 | すべての分子 | 弱い(大きい分子ほど強) | メタン・ヘキサン |
| 双極子-双極子 | 極性分子 | 中程度 | アセトン・クロロメタン |
| 水素結合 | F/O/N–H を持つ分子 | 強い | 水・アルコール・カルボン酸 |
水素結合——分子間力の主役
水素結合(hydrogen bond)は、電気陰性度の大きい原子(F・O・N)に結合した水素が、別の分子のF・O・Nの非共有電子対と引き合う特別に強い相互作用です。成立には次の2条件がそろう必要があります。
- 水素供与体:H が F・O・N のいずれかに直接結合していること(O–H、N–H、F–H)。強く分極してHがδ+になる。
- 水素受容体:相手側に F・O・N の非共有電子対があること。
この条件を満たすと、Hが2つの電気陰性原子に挟まれて橋渡しをするような強い引力が生まれます。C–Hは分極が小さいため水素結合をつくれず、「F・O・NについたHだけ」が水素結合できる、と覚えるのが実戦的です。
水素結合が生む劇的な物性
水素結合は、有機化合物の物性を劇的に変えます。代表例を挙げます。
- 水の異常な沸点:H2Oは分子量18と小さいのに沸点100°C。同族のH2S(分子量34)が−60°Cなのと比べ、水素結合のぶんだけ突出して高い。
- アルコール>エーテル:同じ分子量でも、O–Hを持つアルコールは水素結合できるが、エーテル(C–O–C、O–H無し)はできないため、アルコールの方がずっと沸点が高い。
- カルボン酸の二量体:カルボン酸は2分子が2本の水素結合で環状の二量体をつくり、見かけの分子量が倍になって沸点が高くなる。
- 水への溶解:O–HやN–Hを持つ低分子(メタノール・酢酸・グルコース)は水と水素結合できるためよく溶ける。
沸点・融点を予測する手順
沸点・融点は「分子どうしを引き離すのに必要なエネルギー」なので、分子間力が強いほど高くなります。有機化合物の沸点の高低は、次の順に考えると予測できます。
- まず水素結合の有無:O–H・N–Hを持つ分子(アルコール・カルボン酸・アミン)は、同程度の分子量の分子より沸点が高い。
- 次に極性(双極子相互作用):水素結合しない分子どうしなら、極性分子(ケトン・エステル)の方が無極性分子より高い。
- 最後に分子量と形(分散力):同種の分子間力どうしなら、分子量が大きく細長い(枝分かれの少ない)分子ほど高い。
この3段階で、たとえば「同程度の分子量のブタン・アセトン・プロパノールを沸点順に並べよ」という問いにも、プロパノール(水素結合)>アセトン(極性)>ブタン(無極性)と即答できます。分子間力は物性予測の万能ツールなのです。
溶解性——似たものは似たものを溶かす
溶解性の経験則「似たものは似たものを溶かす(like dissolves like)」も分子間力で説明できます。溶質と溶媒が同じタイプの分子間力を持つと、互いに引き合ってよく溶け合います。
- 極性・水素結合性の物質(塩・糖・低級アルコール)は、極性溶媒(水・メタノール)に溶ける。
- 無極性の物質(油脂・炭化水素・多くの有機分子)は、無極性溶媒(ヘキサン・ジエチルエーテル・トルエン)に溶ける。
長い炭化水素鎖を持つ分子(高級アルコール・脂肪酸)が水に溶けにくくなるのは、無極性部分(アルキル鎖)が大きくなり、水素結合できる部分の割合が下がるためです。石けん分子が水と油の両方になじむのは、極性の頭部と無極性の尾部を併せ持つからで、これも分子間力で理解できます。
大学受験・院試での問われ方
- 沸点・融点の順に並べよ:分子量が近い化合物群を、分子間力の違いで序列化させる。
- 水素結合の有無を判定せよ:与えられた分子が水素結合できるか(O/N–Hを持つか)を答えさせる。
- 水への溶解性を説明せよ:官能基と炭化水素鎖の大きさから溶解度を論じさせる。
- 異常な物性の理由:水の沸点が同族水素化物より高い理由などを説明させる。
- 構造異性体の沸点差:直鎖と枝分かれ(分散力の接触面積)の違いで説明させる。
院試で差がつくのは、「水素結合>双極子>分散力」という優先順位を機械的に適用したうえで、例外(分子量が大きく違う場合は分散力が逆転しうる)まで押さえることです。分子間力の種類だけでなく、分子量・形の効果を合わせて総合判断できると、複雑な序列問題にも対応できます。
まとめ——分子間力チェックの手順
分子間力は、目に見えない弱い引力でありながら、物質が固体か液体か気体か、水に溶けるか溶けないかという私たちの身近な現象を支配しています。3種類の力を強さの順に整理し、水素結合の条件を押さえれば、有機化合物の沸点・溶解度が構造から予測できるようになります。
極性の強さを数値で表す双極子モーメントについては双極子モーメントで扱っています。双極子モーメントがゼロでも分散力が強い分子があることも、そちらで整理しました。
よくある質問
分子間力とは、分子と分子のあいだに働く引力のことです。共有結合やイオン結合が原子を結びつけて分子をつくる強い力であるのに対し、分子間力はすでにできた分子どうしを引き寄せるはるかに弱い力です。物質が固体・液体・気体のどの状態を取るか、沸点や溶解度がいくつになるかを決めています。
強い順に、水素結合、双極子-双極子相互作用、ロンドン分散力の3種類があります。分散力はすべての分子に働き、双極子相互作用は極性分子に、水素結合はF・O・Nに結合した水素を持つ分子に働きます。分散力と双極子相互作用をまとめてファンデルワールス力と呼びます。
電気陰性度の大きいF・O・Nに直接結合した水素(O–H、N–H、F–H)が、別の分子のF・O・Nの非共有電子対と引き合うときに生じます。水素の供与体と受容体の両方が必要です。C–Hは分極が小さいため水素結合をつくれず、F・O・Nに付いた水素だけが水素結合できます。
アルコールはO–Hを持つため分子どうしが水素結合できるのに対し、エーテルはC–O–C構造でO–Hを持たず、分子間で水素結合をつくれないからです。同じ分子量でも、より強い分子間力である水素結合が働くアルコールの方が、分子を引き離すのに大きなエネルギーが必要となり沸点が高くなります。
まず水素結合の有無を見て、O–HやN–Hを持つ分子は同程度の分子量の分子より沸点が高いと判断します。次に水素結合しない分子どうしでは極性分子の方が高く、最後に同種の分子間力どうしでは分子量が大きく細長い(枝分かれの少ない)分子ほど分散力が強く沸点が高くなります。この順で総合的に判断します。

