「タンパク質(protein)」の語源は、ギリシャ神話の海神プロテウス(Proteus、「第一の」「原初的な」を意味する)に由来します。皮膚や爪を作るケラチン、クモの糸を構成するフィブロイン、そして私たちの体内で働く5万種以上の酵素——これらすべてがタンパク質です。そのタンパク質を作る基本単位こそアミノ酸(amino acid)であり、ヒトの体内には最大15万種ともいわれる異なるタンパク質が存在します。

本章では、第25章の炭水化物に続いて生体分子(biomolecule)の中核をなすアミノ酸・ペプチド・タンパク質を扱います。アミノ酸の構造と酸塩基化学から、ペプチド結合の形成・配列決定(シーケンシング)・実験室での合成法、そしてタンパク質の高次構造と酵素のしくみまで、生化学と有機化学が深く融合する分野を一気に学びましょう。

第26章のゴール
① アミノ酸がツヴィッターイオンとして存在する理由と、その物理的性質を説明できる
② Henderson-Hasselbalch式を使って任意のpHにおけるアミノ酸の存在比・等電点(pI)を計算できる
③ アミノ酸の実験室合成法(ハロゲン化アンモノリシス・アミドマロン酸合成・還元的アミノ化・不斉合成)を区別できる
④ ペプチド結合の構造的特徴(平面性・回転障壁)とジスルフィド結合の役割を説明できる
⑤ アミノ酸分析(ニンヒドリン反応)とEdman分解によるN末端配列決定の機構を書ける
⑥ Boc・Fmoc保護基を使ったペプチド合成の5段階を再現できる
⑦ Merrifield固相合成法の原理と利点を説明できる
⑧ タンパク質の一次〜四次構造、αヘリックス・βシートの特徴を整理できる
⑨ 酵素の6分類・補酵素の役割・クエン酸シンターゼの反応機構を理解できる

26.1 アミノ酸の構造

アミノ酸(amino acid)は、塩基性のアミノ基と酸性のカルボキシル基を同一分子内に持つ二官能性化合物です。生理的pH(約7.3)では、カルボキシル基は脱プロトン化されてカルボキシラートアニオンとなり、アミノ基はプロトン化されてアンモニウムカチオンとなります。その結果、アミノ酸は水溶液中で正負の電荷を同時に持つ双性イオン(ツヴィッターイオン、zwitterion)として存在します(ドイツ語のzwitter「ハイブリッド」に由来)。

H2N-CH(CH3)-CO2H(非荷電形)  →  H3N+-CH(CH3)-CO2−(ツヴィッターイオン:アラニン)

ツヴィッターイオンは内部塩であるため、塩に似た物理的性質を示します:大きな双極子モーメントを持ち、水に比較的溶けやすく炭化水素には溶けにくく、結晶性で融点が高い傾向があります。また、酸としても塩基としても働く両性(amphiprotic)な性質を持ちます。

  • 酸性溶液中:ツヴィッターイオンは塩基として−CO2基にプロトンを受け取り、カチオンになる
  • 塩基性溶液中:ツヴィッターイオンは酸として−NH3+基からプロトンを失い、アニオンになる

20種の標準アミノ酸とその分類

タンパク質を構成する20種の標準アミノ酸はすべてα-アミノ酸です。これは、アミノ基がカルボニル基に隣接するα炭素上の置換基であることを意味します。19種は一級アミン(RNH2)型ですが、プロリンだけは例外で、窒素とα炭素が5員環(ピロリジン環)の一部を構成する二級アミンです。

側鎖の性質による分類:

分類 代表例 特徴
中性アミノ酸 15種 グリシン・アラニン・セリンなど 側鎖は中性。システイン(チオール)とチロシン(フェノール)は弱酸性側鎖を持つ
酸性アミノ酸 2種 アスパラギン酸・グルタミン酸 側鎖に余分なカルボン酸基。生理的pHで脱プロトン化
塩基性アミノ酸 3種 リシン・アルギニン・ヒスチジン 側鎖に塩基性窒素。リシン・アルギニンは生理的pHで主にプロトン化
注意:ヒスチジンの側鎖は「不完全に」塩基性
ヒスチジンの側鎖はイミダゾール環を持ちますが、生理的pH 7.3ではプロトン化されるほど塩基性が強くありません。イミダゾール環の2つの窒素のうち、ピリジン型の二重結合窒素のみが塩基性で、ピロール型の単結合窒素は非塩基性です(孤立電子対が6π電子の芳香環の一部を構成しているため)。第24章の複素環の塩基性ルールがここでも活躍します。

グリシン(H2NCH2CO2H)を除くすべてのアミノ酸のα炭素はキラリティー中心であり、2つのエナンチオマーが存在します。しかし自然界のタンパク質はそのうち一方のみを利用します。Fischer投影式では−CO2基を上に、側鎖を下に向けて炭水化物と同様に描き、L-糖との立体化学的な類似性から、天然のアミノ酸はL-アミノ酸と呼ばれます(非天然のエナンチオマーはD-アミノ酸)。

覚え方:L-アミノ酸とS配置・例外のシステイン
19種のL-アミノ酸のうち18種はα炭素がS配置です。例外はシステインで、側鎖の−CH2SH基(硫黄原子)がCIP優先順位でカルボキシラート基より高位になるため、立体配置はL(生物学的には天然型)でもR配置と判定されます。「立体化学のL/Dは絶対配置を表すが、R/SはCIP優先順位に依存する」という原則の好例です。

ヒトが体内で生合成できる11種は非必須アミノ酸、残り9種は植物・微生物のみが合成でき食事から摂取する必要がある必須アミノ酸です。なお必須/非必須の境界は厳密ではなく、例えばチロシンはフェニルアラニンから合成できるため非必須とされますが、原料のフェニルアラニン自体は必須です。

20種以外にも、セレノシステイン・ピロリシンの2種が一部の生物で利用されており、さらにγ-アミノ酪酸(GABA、神経伝達物質)・ホモシステイン(血中、冠動脈疾患と関連)・チロキシン(甲状腺ホルモン)など700種以上の非タンパク質性アミノ酸が自然界に存在します。

26.2 Henderson-Hasselbalch式と等電点

第20章・第24章で学んだHenderson-Hasselbalch式は、酸HAのpKaと溶液のpHが分かれば[A]と[HA]の比を計算できる式です。

pH = pKa + log([A−]/[HA])
log([A−]/[HA]) = pH − pKa

アミノ酸は2つ(中性側鎖)または3つ(酸性・塩基性側鎖)のpKa値を持つ多段階の酸であるため、この式を適切な段に当てはめて使用します。

計算例:アラニンの存在比(pH = 9.00)

アラニンのプロトン化形(+H3NCH(CH3)CO2H)はpKa1 = 2.34、中性ツヴィッターイオン(+H3NCH(CH3)CO2)はpKa2 = 9.69です。pH 9.00はpKa2に近いため、こちらを使用します。

log([A−]/[HA]) = 9.00 − 9.69 = −0.69
[A−]/[HA] = 10^(−0.69) = 0.20
[A−] + [HA] = 1.00 M を連立して解く
→ [HA] = 0.83 M(83%、中性)、[A−] = 0.17 M(17%、脱プロトン化)

各pHでこの計算を行い、滴定曲線をプロットすると、2本の脚(leg)からなるS字曲線が得られます。1本目の脚(pH 1〜6)はプロトン化アラニン(H2A+)の脱プロトン化、2本目の脚(pH 6〜11)はツヴィッターイオン(HA)の脱プロトン化に対応します。

等電点(isoelectric point, pI)

酸性溶液中ではカチオン、塩基性溶液中ではアニオンとして存在するアミノ酸には、両者がちょうど均衡してほぼ100%が中性ツヴィッターイオンとなる中間のpHが存在します。これを等電点(pI)と呼びます。

側鎖の性質 pIの計算法 代表例
中性側鎖(13種) pKa1とpKa2の平均 アラニン:pI = (2.34 + 9.69) / 2 = 6.01
酸性側鎖(4種:Asp・Glu・Cys・Tyr) 最も低い2つのpKaの平均 アスパラギン酸:pI = (1.88 + 3.65) / 2 = 2.77
塩基性側鎖(3種:Lys・Arg・His) 最も高い2つのpKaの平均 リシン:pI = (8.95 + 10.53) / 2 = 9.74

15種の中性アミノ酸のpIはpH 5.0〜6.5付近、2種の酸性アミノ酸はより低いpI、3種の塩基性アミノ酸はより高いpIを持ちます。タンパク質全体についても、構成アミノ酸の酸性・塩基性側鎖の総和によって固有のpIが決まります(例:リゾチームはpI = 11.0と高い、ペプシンはpI ≈ 1.0と低い)。

電気泳動(electrophoresis)への応用
タンパク質の混合物を緩衝液で湿らせたゲル・ろ紙上に置き電場をかけると、緩衝液のpHがpIより高いタンパク質は負電荷を帯びて陽極側へ、pIより低いタンパク質は正電荷を帯びて陰極側へ移動します。等電点の違いを利用してタンパク質を分離する手法は、SDS-PAGEなど現代の生化学実験でも基本技術として使われています。なお、タンパク質の水への溶解度は一般に等電点で最小(無電荷で凝集しやすい)になります。

26.3 アミノ酸の合成

実験室でのラセミα-アミノ酸合成には、これまでの章で学んだ反応が応用されます。

α-ブロモ酸のアンモノリシス

Hell–Volhard–Zelinskii反応(HVZ反応、第22章)でカルボン酸をα-ブロモ化した後、過剰のアンモニアでSN2置換します。

4-メチルペンタン酸 --[1) Br2, PBr3; 2) H2O]--> 2-ブロモ-4-メチルペンタン酸
                     --[NH3 (excess)]--> (R,S)-ロイシン(45%)

アミドマロン酸合成

第22章のマロン酸エステル合成を拡張した方法です。ジエチルアセトアミドマロン酸エステルを塩基でエノラートにし、第一級アルキルハライドでSN2アルキル化した後、酸性条件下で加水分解(アミド保護基とエステル両方)と脱炭酸を行いα-アミノ酸を得ます。

ジエチルアセトアミドマロン酸エステル --[1) NaOEt; 2) BrCH2CO2Et]--> アルキル化体
                                      --[H3O+, 加熱]--> (R,S)-アスパラギン酸(55%)

α-ケト酸の還元的アミノ化

第24章で学んだ還元的アミノ化を使い、α-ケト酸とアンモニアからイミン中間体を経て、NaBH4で還元します。

ピルビン酸 --[NH3]--> イミン中間体 --[NaBH4]--> (R,S)-アラニン

不斉合成(エナンチオ選択的合成)

上記3法はいずれもラセミ混合物(R体・S体が等量)を与えます。純粋なS体(天然型)を得るには、ラセミ体を光学分割するか、不斉合成を直接行います。

1968年、William Knowles(モンサント社)は、キラルなロジウム触媒を用いてZ-エナミド酸を水素化することでα-アミノ酸を不斉合成できることを発見しました。キラルなジホスフィン配位子DiPAMPとCOD(1,5-シクロオクタジエン)を持つロジウム(I)錯体を用いると、(S)-フェニルアラニンが純度98.7%(R体混入は1.3%のみ)で得られます。Knowlesはこの発見により2001年ノーベル化学賞を受賞しました。

まとめ:4つのアミノ酸合成法
① α-ブロモ酸法:HVZ反応 + NH3(SN2)
② アミドマロン酸法:マロン酸エステル合成の応用、RX付加 + 加水分解・脱炭酸
③ 還元的アミノ化:α-ケト酸 + NH3 → イミン → NaBH4還元
④ 不斉合成:Z-エナミド酸 + キラルRh触媒(DiPAMP)/H2 → S体選択的
①〜③はラセミ体、④のみエナンチオ選択的に天然型(S体)が得られる。

26.4 ペプチドとタンパク質

タンパク質・ペプチドは、個々のアミノ酸(残基、residue)がアミド結合(ペプチド結合)で連結された重合体です。一方のアミノ酸のアミノ基が他方のアミノ酸のカルボキシル基とアミド結合を形成し、これが連続することで鎖が伸びます。慣例として、アミノ酸50個未満の鎖をペプチド、それ以上をタンパク質と呼びます。

ペプチドの命名と配列の方向性

アラニンとセリンから生じるジペプチドには2種類あります。アラニンのカルボキシルとセリンのアミノが結合すればアラニルセリン(Ala-Ser, A-S)、逆向きならばセリルアラニン(Ser-Ala, S-A)です。

ペプチドはN末端アミノ酸(遊離の−NH3+基を持つ)を左、C末端アミノ酸(遊離の−CO2基を持つ)を右に書くのが慣例です。−N–CH–CO−の繰り返し構造をタンパク質の主鎖(backbone)と呼びます。

注意:ペプチド結合の平面性
ペプチド結合のアミド窒素は、孤立電子対がカルボニル基と共鳴して非局在化しているため非塩基性です(第24章のアミドの性質を参照)。窒素のp軌道とカルボニルのp軌道の重なりはC–N結合に部分的な二重結合性を与え、結合周りの回転を制限します。その結果アミド結合は平面構造を取り、N−HはC=Oに対して180°の配置になります。

ジスルフィド結合

2つのシステイン残基間でチオール(−SH)が酸化されるとジスルフィド結合(−S−S−)が形成されます(第18章で学んだチオール↔ジスルフィドの酸化還元の応用)。異なる鎖間のジスルフィド結合は鎖どうしを連結し、同一鎖内のジスルフィド結合はループを形成します。インスリンは合計51残基からなる2本の鎖が2つのジスルフィド架橋で連結された構造です。

26.5 ペプチドのアミノ酸分析

タンパク質・ペプチドの構造決定には3つの問いに答える必要があります:①どのアミノ酸が含まれるか、②それぞれどれだけの量か、③ペプチド鎖中の配列順序はどうか。最初の2つはアミノ酸分析装置によって明らかにされます。

分析の手順は次の通りです:

  1. すべてのジスルフィド結合を還元する
  2. システイン残基の−SH基をヨード酢酸とのSN2反応でキャップする
  3. 6M HClで110°C・24時間加熱し、アミド結合をすべて加水分解する
  4. HPLCまたはイオン交換クロマトグラフィーで構成アミノ酸を分離する
  5. ニンヒドリンと反応させ、生じる紫色の強度を分光測定して定量する

この手法は1950年代にWilliam SteinとStanford Mooreが確立し、両者は1972年ノーベル化学賞を共同受賞しました。約200残基のタンパク質であれば、約100ピコモル(2〜3μg)の試料で分析が可能です。

ニンヒドリン反応の化学
ニンヒドリンはα-アミノ酸のアミノ基と反応してイミンを形成し、続く脱炭酸・加水分解を経て、最終的に強い紫色を呈するアニオンを生成します(プロリンは例外的に異なる色を示す)。この発色反応は指紋検出にも応用されています。

26.6 ペプチドのシーケンシング:Edman分解

アミノ酸の種類と量が分かったら、次に鎖中の配列順序を決定します。現代では質量分析(ESI-MSやMALDI-TOF、第12章参照)が主流ですが、化学的手法であるEdman分解も重要です。

Edman分解は、ペプチド鎖のN末端から1残基ずつ切り出して同定する手法です。自動化されたタンパク質シーケンサーでは最大50回程度の繰り返しサイクルが可能で、1〜5ピコモル(0.1μg未満)という極少量の試料からも配列情報を得られます。

Edman分解の機構

  1. ペプチドをフェニルイソチオシアナート(PITC、C6H5−N=C=S)と処理:N末端アミノ酸の−NH2基がPITCに求核付加し、N-フェニルチオ尿素誘導体が生成
  2. トリフルオロ酢酸で処理:酸触媒による環化を経て四面体中間体が生じ、鎖が短くなったペプチドを脱離させながらアニリノチアゾリノン(ATZ)誘導体が生成
  3. 水性酸でATZが転位し、フェニルチオヒダントイン(PTH)誘導体(最終生成物)に変換
  4. PTH誘導体を既知の20種のPTH標準物質の溶出時間と比較して、N末端アミノ酸を同定
  5. 鎖が1残基短くなったペプチドに対してサイクルを繰り返す
ポイント:大きなタンパク質はどう配列決定するか
Edman分解は副生成物の蓄積により大きなタンパク質には不向きです。そこで、まずタンパク質を部分加水分解で複数の小さな断片に切断し、各断片を個別にシーケンシングしてから、断片の重複部分を手がかりに全体配列を再構築します。トリプシンはアルギニン・リシン(塩基性アミノ酸)のカルボキシル側を選択的に切断し、キモトリプシンはフェニルアラニン・チロシン・トリプトファン(芳香族側鎖)のカルボキシル側を切断します。この特異性の違いを利用して断片化のパターンを変え、配列の重複領域を特定します。この方法で400残基を超えるタンパク質鎖も配列決定されています。

26.7 ペプチド合成

ペプチド合成の核心は、特定の順序で複数のアミド結合を選択的に形成する点にあります。単純なアミドはアミンとカルボン酸をカルボジイミド(DCCまたはEDC、第21章)で処理すれば得られますが、複数のアミノ基・カルボキシル基が混在するペプチド合成では保護基戦略(第17章)が不可欠です。

カルボキシル基の保護

カルボキシル基はメチルエステルまたはベンジルエステルに変換して保護します。メチルエステルは希NaOHでの穏和な加水分解で、ベンジルエステルは触媒的水素化分解(RCO2CH2Ph + H2 → RCO2H + PhCH3)でも除去できます。

アミノ基の保護:BocとFmoc

保護基 正式名称 導入試薬 除去条件
Boc(tert-ブチルオキシカルボニル) tert-butyloxycarbonyl ジ-tert-ブチルジカーボネート(求核アシル置換) 強酸(CF3CO2H)で短時間処理
Fmoc(フルオレニルメチルオキシカルボニル) fluorenylmethyloxycarbonyl フルオレニルメチルオキシカルボニルクロリド ピペリジン(20%溶液、DMF中)

ジペプチド合成の5段階(Ala-Leuの例)

  1. アラニンのアミノ基をBoc保護する
  2. ロイシンのカルボキシル基をメチルエステルとして保護する
  3. DCCを用いて2つの保護アミノ酸を縮合する(Boc-Ala-Leu-OCH3
  4. 酸処理(CF3CO2H)でBoc基を除去する(Ala-Leu-OCH3
  5. 塩基性加水分解(H2O/NaOH)でメチルエステルを除去する(Ala-Leu完成)

これらの段階を繰り返すことで、一度に1残基ずつ鎖を伸長したり、2つのペプチド鎖を連結したりできます。ヒトインスリン(51残基、2本の鎖、2つのジスルフィド架橋)の完全合成もこの方法論の延長で達成されました。インスリンの立体構造は、英国の化学者Dorothy Crowfoot HodgkinがX線結晶構造解析で決定し、1964年ノーベル化学賞を受賞しています。

26.8 自動化ペプチド合成:Merrifield固相合成法

1残基ずつ溶液中で合成・精製を繰り返す方法は長く煩雑な工程になります。R. Bruce Merrifield(1984年ノーベル化学賞)が開発した固相合成法(solid-phase method)は、成長中のペプチド鎖をポリマー樹脂の小さなビーズに共有結合させたまま反応を進める点が革新的です。

固相合成の原理

オリジナルの手法では、ベンゼン環の約100個に1個程度がクロロメチル(−CH2Cl)基を持つように調整されたポリスチレン樹脂が使われました。Boc保護したC末端アミノ酸を、エステル結合(SN2反応)でこの樹脂に結合させてから合成を開始します。

繰り返しサイクル(4段階):

  1. Boc保護アミノ酸をエステル結合で樹脂に結合させる
  2. トリフルオロ酢酸でBoc基を除去する
  3. 次のBoc保護アミノ酸をDCCでカップリングする(過剰試薬は樹脂を洗浄して除去)
  4. 脱保護・カップリング・洗浄のサイクルを必要な回数だけ繰り返す

最後に無水フッ化水素酸(HF)で処理すると、最終のBoc基が除去されるとともに樹脂とのエステル結合が切断され、遊離のペプチドが得られます。

固相合成法の利点とその後の改良
固相合成の最大の利点は、ペプチド中間体を最終段階まで不溶性ポリマーから取り出さずに済むため、各段階の洗浄・精製による機械的損失が最小限に抑えられることです。現在ではWang樹脂(Fmoc保護基と併用)が一般的で、PAM樹脂(Boc保護基と併用)はあまり使われません。ロボット式ペプチド合成装置により、20残基程度のペプチドが数時間で日常的に合成できるようになっています。

26.9 タンパク質の構造

タンパク質はその三次元形状から線維状タンパク質(fibrous protein)球状タンパク質(globular protein)に分類されます。コラーゲン(腱・結合組織)やミオシン(筋組織)などの線維状タンパク質はポリペプチド鎖が並んで長い繊維を形成し、丈夫で水に不溶なため構造材料として機能します。球状タンパク質は密にコイル状に折れ曲がった球形をとり、水溶性で細胞内を移動できます。3000種以上の既知の酵素の多くは球状タンパク質です。

タンパク質の構造は4つの階層で記述されます:

構造の階層 内容 決定法
一次構造 アミノ酸配列そのもの シーケンシング(Edman分解・質量分析)
二次構造 主鎖の局所的な規則配列(αヘリックス・βシート) NMR・X線結晶構造解析
三次構造 タンパク質全体が折れ曲がった全体的な三次元形状 NMR・X線結晶構造解析
四次構造 複数のタンパク質分子が集合してできる大きな複合体 NMR・X線結晶構造解析

主要な二次構造:αヘリックスとβシート

αヘリックスは、主鎖が右巻きらせん状に巻いた構造です。1巻きあたり3.6残基、らせん間距離は540 pm(5.4Å)で、4残基離れたアミドN−H基とC=O基の間の水素結合(N−H···O距離2.8Å)によって安定化されます。ほぼすべての球状タンパク質がヘリックス領域を含み、ミオグロビン(153残基の単一鎖)はその代表例です。

βシート(β-pleated sheet)はヘリックスとは対照的に主鎖が完全に伸びた構造で、水素結合は隣接する鎖の間で形成されます。隣接鎖が同方向に並ぶ平行型と逆方向に並ぶ逆平行型があり、逆平行型の方がより一般的でエネルギー的にやや有利です。コンカナバリンA(237残基×2鎖)は逆平行βシートが豊富な例です。

三次構造を決める力

三次構造は、サイズの大小を問わずすべての分子に働く安定化力によって決まります:

  • 親水性相互作用:酸性・塩基性アミノ酸の極性側鎖はタンパク質表面に集まり水と相互作用する
  • 疎水性相互作用:中性・無極性側鎖はタンパク質内部の炭化水素的な環境に集まり、水性媒体から遠ざかる
  • ジスルフィド架橋:システイン残基間の共有結合
  • 水素結合:近接するアミノ酸残基間
  • 塩橋(salt bridge):側鎖の正負荷電部位間のイオン的引力
注意:変性(denaturation)と一次構造は保たれる
温度やpHのわずかな変化でも、弱い分子間力で維持されている三次構造は壊れ、球状から無秩序なループ状鎖へと変性します。重要なのは、変性が起きても一次構造(アミノ酸配列)は変化しない点です。卵白を加熱するとアルブミンが変性・凝固して溶解度が急減するのはこの例です。多くの酵素は変性すると触媒活性を完全に失いますが、一部では変性が可逆的で、構造と活性が自然に回復するケースも知られています。

26.10 酵素と補酵素

酵素(enzyme)は生体内反応の触媒として働く、通常は大きなタンパク質です。すべての触媒と同様、酵素は反応の平衡定数を変えず、熱力学的に不利な反応を可能にすることもできません。酵素の働きは活性化エネルギーを下げることに限られますが、その効果は驚異的で、百万倍の速度上昇は日常的であり、多糖を加水分解するグリコシダーゼ酵素は反応速度を1017倍以上にまで上げ、数百万年かかる反応をミリ秒単位に短縮します。

酵素は通常、単一の化合物(基質、substrate)に対して高い特異性を示します。例えばアミラーゼはデンプンの加水分解のみを触媒し、セルロースなど他の多糖には作用しません(一方パパインのように、幅広い基質に作用する酵素も存在します)。

酵素反応は次の経路で進行します:

E + S ↔ E·S ↔ E·P ↔ E + P

E·S複合体がE·Pに変換される速度定数はターンオーバー数と呼ばれ、単位時間あたり1分子の酵素が変換する基質分子数を表します。典型値は1秒あたり約103ですが、炭酸脱水酵素は60万にも達します。

酵素の6分類

クラス 代表的な小分類 触媒する反応
酸化還元酵素(oxidoreductase) 脱水素酵素・酸化酵素・還元酵素 二重結合の導入・酸化・還元
転移酵素(transferase) キナーゼ・トランスアミナーゼ リン酸基・アミノ基の転移
加水分解酵素(hydrolase) リパーゼ・ヌクレアーゼ・プロテアーゼ エステル・リン酸・アミドの加水分解
脱離酵素(lyase) 脱炭酸酵素・脱水酵素 CO2やH2Oの脱離・付加
異性化酵素(isomerase) エピメラーゼ キラリティー中心の異性化
合成酵素(ligase) カルボキシラーゼ・シンテターゼ CO2付加・新規結合形成(ATP加水分解共役)

酵素の系統名は基質名+反応クラスの2部構成で「-アーゼ(-ase)」で終わります(例:ヘキソースキナーゼ=ATPからヘキソースへリン酸基を転移する転移酵素)。

補酵素(コエンザイム)

多くの酵素はタンパク質部分に加えて、非タンパク質性の小さな補因子(cofactor)を含みます。補因子には無機イオン(Zn2+など)と、補酵素(coenzyme)と呼ばれる小さな有機分子があります。補酵素自体は触媒ではなく、反応の中で化学変化を受け、元の状態に戻るには別の反応段階を要する反応物です。

多くの補酵素はビタミンに由来します:

補酵素 由来ビタミン 主な役割
コエンザイムA(CoA) パントテン酸(ビタミンB5 アシル基の転移
NAD+ ナイアシン 酸化還元反応
FAD リボフラビン(ビタミンB2 酸化還元反応
テトラヒドロ葉酸 葉酸 C1単位の転移
ピリドキサールリン酸 ピリドキシン(ビタミンB6 アミノ酸代謝
チアミン二リン酸 チアミン(ビタミンB1 脱炭酸反応

26.11 酵素はどう働くか:クエン酸シンターゼの例

酵素は、基質と他の反応物を結合させ反応に必要な配向で保持し、特定段階を触媒する酸性・塩基性の官能基を提供し、反応の遷移状態を安定化することで触媒作用を発揮します。重要なのは、酵素が基質そのものを強く結合する能力ではなく、遷移状態を基質や生成物よりも最大1012倍も強く結合・安定化する能力にあります。

例として、アセチルCoAとオキサロ酢酸からクエン酸を生成するクエン酸シンターゼ(citrate synthase)のアルドール型付加反応を見ます。この反応はクエン酸サイクル(第29章で詳述)の第一段階です。

オキサロ酢酸 + アセチルCoA  →  クエン酸 + HSCoA

クエン酸シンターゼは433残基の球状タンパク質で、深い溝(クレフト)がオキサロ酢酸と結合すると構造が閉じ、近傍に新たな溝が開いてアセチルCoAと結合します。第二の溝は274番ヒスチジン375番アスパラギン酸を含む官能基群で構成され、2つの基質を反応に適した配向・近接距離で保持します。

反応機構(アルドール型付加)

  1. アスパラギン酸残基の側鎖カルボキシラートが塩基として働き、アセチルCoAの酸性なαプロトンを脱プロトン化。同時にヒスチジン側鎖のN−Hがカルボニル酸素にプロトンを供与し、エノールを生成
  2. (ステップ1でプロトンを供与した)最初のヒスチジンが今度はエノールの水酸基プロトンを脱プロトン化し、これがオキサロ酢酸のケトンカルボニルに求核付加(アルドール型反応)。同時に第二のヒスチジン残基がオキサロ酢酸のカルボニル酸素にプロトンを供与し、(S)-シトリルCoAが生成
  3. シトリルCoAのチオエステル基が求核アシル置換反応(第21章)で加水分解され、クエン酸コエンザイムAが放出される
まとめ:酵素触媒の本質
酵素の触媒能力は、(1)幾何学的な精密配置による基質の保持、(2)疎水性ポケットによる特殊な微小環境の創出、(3)遷移状態の選択的安定化、という3つの要因の組み合わせから生まれます。クエン酸シンターゼの例では、アスパラギン酸とヒスチジンの酸塩基触媒作用が、有機化学の基本反応(エノール化・アルドール付加・求核アシル置換)を生体内で精密に組織化しています。

X線結晶構造解析・NMRで決定されたタンパク質の立体構造データは、Protein Data Bank(PDB、rcsb.org)などのオンラインデータベースで無料公開されています。クエン酸シンターゼ(PDBコード:5CTS)のように、構造を検索・ダウンロードして分子可視化ソフトで確認することができます。

まとめ:第26章 アミノ酸・ペプチド・タンパク質

第26章 概念整理
構造:α-アミノ酸は生理的pHでツヴィッターイオンとして存在。20種は中性(15)・酸性(2)・塩基性(3)に分類。グリシン以外はキラルでL配置(システインのみR配置)。
等電点:Henderson-Hasselbalch式でpHごとの存在比を計算。pIは関連するpKaの平均値(中性側鎖はpKa1・pKa2平均、酸性は低い2値平均、塩基性は高い2値平均)。
合成:α-ブロモ酸+NH3、アミドマロン酸合成、α-ケト酸の還元的アミノ化(いずれもラセミ体)、不斉合成(キラルRh触媒、エナンチオ選択的)。
ペプチド:N末端を左・C末端を右に表記。ペプチド結合は平面構造で回転が制限される。ジスルフィド結合がシステイン間で形成。
配列決定:アミノ酸分析(ニンヒドリン反応で定量)→ Edman分解(PITC処理でPTH誘導体を1残基ずつ同定)。トリプシン・キモトリプシンによる部分分解で大きなタンパク質も解析可能。
合成戦略:Boc/Fmoc保護基 + DCCカップリング(5段階)。Merrifield固相合成法で効率化。
高次構造:一次(配列)・二次(αヘリックス/βシート)・三次(全体形状)・四次(複合体)。親水性/疎水性相互作用・ジスルフィド・水素結合・塩橋が安定化。
酵素:6分類(酸化還元・転移・加水分解・脱離・異性化・合成)。補酵素はビタミン由来。触媒能の本質は遷移状態の安定化。

次章へのつながり

第26章ではアミノ酸からタンパク質までの構造・合成・機能を学びました。生体分子パートは次章以降も続き、脂質・核酸など、生命を構成するさらに多様な分子群の化学を扱っていきます。タンパク質の酸塩基化学(Henderson-Hasselbalch式)・保護基戦略(Boc/Fmoc)・求核アシル置換(DCCカップリング・チオエステル加水分解)は、これまでの章で学んだ反応の集大成といえる内容です。

院試頻出ポイント:第26章
① ツヴィッターイオンの構造と両性的な酸塩基挙動
② Henderson-Hasselbalch式を用いた等電点(pI)の計算(中性・酸性・塩基性側鎖での違い)
③ アミノ酸の4つの合成法(特にアミドマロン酸合成のメカニズム)
④ Edman分解の反応機構とPTH誘導体生成までの流れ
⑤ Boc/Fmocによるペプチド合成の5段階とMerrifield固相合成法の利点
⑥ αヘリックス・βシートの水素結合パターンの違い
⑦ 酵素の6分類と補酵素の対応関係
⑧ クエン酸シンターゼの反応機構(エノール化・アルドール付加・チオエステル加水分解)