Contents
  1. はじめに:アルコールとフェノール——有機化学の十字路
  2. 17.1 アルコールとフェノールの命名
  3. 17.2 アルコール・フェノールの性質
  4. 17.3 アルコールの合成:これまでのまとめ
  5. 17.4 カルボニル化合物の還元によるアルコール合成
  6. 17.5 Grignard 反応によるアルコール合成
  7. 17.6 アルコールの反応
  8. 17.7 アルコールの酸化
  9. 17.8 アルコールの保護
  10. 17.9 フェノールとその用途
  11. 17.10 フェノールの反応
  12. 17.11 アルコール・フェノールのスペクトル解析
  13. まとめ——第17章の全体像
  14. 第18章へ——エーテルとエポキシド

はじめに:アルコールとフェノール——有機化学の十字路

アルコール(R-OH)とフェノール(Ar-OH)は、水(H-OH)の水素原子1つを有機基で置き換えた化合物です。この小さな構造的変化が、溶解性・酸性・反応性に劇的な違いをもたらします。

メタノール(CH3OH)は年間約1.73億トンが工業生産され、ホルムアルデヒドや酢酸の原料として、また溶剤として使われています。エタノール(CH3CH2OH)は穀物の発酵で9000年以上前から製造されており、現在は主に自動車燃料として年間約8800万トンが生産されています。フェノール自体はコールタール由来の消毒剤として知られ、レスベラトロル(赤ワインに含まれるポリフェノール)は抗がん・抗関節炎作用で研究が続いています。

第17章のゴール
① アルコール・フェノールをIUPAC規則で命名できる
② 水素結合が沸点・水溶性に与える影響を説明できる
③ NaBH4 と LiAlH4 の還元選択性を使い分けられる
④ Grignard試薬を用いて1°・2°・3°アルコールを合成できる
⑤ アルコールをハロゲン化物・トシラート・アルケン・エステルに変換できる
⑥ Dess-Martin試薬・KMnO4を使ったアルコールの酸化を説明できる
⑦ シリルエーテルによる保護・脱保護の手順を示せる
⑧ フェノールの酸性・EAS反応性・キノン化学を説明できる
⑨ IR・NMR・質量スペクトルでアルコール・フェノールを同定できる

17.1 アルコールとフェノールの命名

アルコールの分類と IUPAC 命名

アルコールはヒドロキシ基(-OH)が結合した炭素の置換度によって分類します。

分類 構造
第一級(1°) -OH 炭素に有機基1個 CH3CH2OH(エタノール)
第二級(2°) -OH 炭素に有機基2個 CH3CHOHCH3(2-プロパノール)
第三級(3°) -OH 炭素に有機基3個 (CH3)3COH(tert-ブタノール)

IUPAC 命名規則(3ステップ):

規則1: -OH を含む最長鎖を選び、アルカン名の語尾 -e を -ol に置換
        例: pentane → pentan-2-ol(旧: 2-pentanol)

規則2: -OH に近い方の端から番号を振る

規則3: 置換基をアルファベット順に並べ、-OH の位置を明示
        例: 2-メチル-2-ペンタノール / cis-4-クロロシクロヘキサノール

よく用いられる慣用名も IUPAC で認められています:ベンジルアルコール(phenylmethanol)、アリルアルコール(2-propen-1-ol)、tert-ブチルアルコール(2-methyl-2-propanol)、エチレングリコール(1,2-ethanediol)、グリセロール(1,2,3-propanetriol)。

フェノールの命名

フェノールは「-benzene」の代わりに「-phenol」を親名として用います。

ヒドロキシベンゼン = フェノール(phenol)
3-メチルフェノール = m-クレゾール(m-cresol)
2,4-ジニトロフェノール(2,4-dinitrophenol)
命名のコツ
「-ol」の前の -e は母音に続く場合は省略:pentanol(pentaneol ではなく)・cyclohexanol
ただし「-diol」の前は省略しない:cyclohexanediol(-d- は母音でないため)

17.2 アルコール・フェノールの性質

水素結合と沸点

酸素原子は sp3 混成で、R-O-H の結合角は約108.5°(水と同様)。酸素の大きな電気陰性度のため O-H は強く分極しており、分子間水素結合を形成します。

化合物 分子量 沸点 (°C) 水素結合
1-プロパノール 60 97 あり
ブタン 58 −0.5 なし
クロロエタン 65 12.5 弱い

分子量が近くても、水素結合のある 1-プロパノールの沸点が約100°C 高いことがわかります。

酸性(pKa

アルコールとフェノールは弱酸として水に解離します:

ROH  + H2O  ⇌  RO(-)  + H3O(+)   (アルコキシドイオン)
ArOH + H2O  ⇌  ArO(-) + H3O(+)   (フェノキシドイオン)
化合物 pKa 酸性の強さ
(CH3)3COH(tert-ブタノール) 18 最も弱い
CH3CH2OH(エタノール) 16
H2O 15.74
CF3CH2OH(トリフルオロエタノール) 12.43
フェノール 9.89
p-ニトロフェノール 7.15 最も強い

酸性を決める要因

溶媒和効果

アルコキシドイオンの酸素が溶媒分子に囲まれやすいほど安定。嵩高い tert-ブトキシドは溶媒和されにくく不安定 → tert-ブタノールは最弱酸

誘起効果

電子求引基(-F, -CF3, -NO2)はアルコキシドの負電荷を分散させて安定化 → 電子求引基の数・距離が大きいほど酸性増大

共鳴効果(フェノール)

フェノキシドイオンの負電荷は芳香環に非局在化(5種の共鳴構造)→ アルコールより約106 倍酸性が強い

アルコールは弱塩基や NaOH とはほとんど反応しませんが、Na金属・NaH・NaNH2・Grignard試薬などの強塩基とは反応してアルコキシドを生成します:

2 (CH3)3COH + 2 K  →  2 (CH3)3CO(-) K(+) + H2↑  (カリウム tert-ブトキシド)
CH3OH + NaH       →  CH3O(-) Na(+) + H2↑         (ナトリウムメトキシド)
CH3CH2OH + NaNH2  →  CH3CH2O(-) Na(+) + NH3       (ナトリウムエトキシド)

フェノールは pKa ≈ 10 で、NaOH 水溶液には溶解してナトリウムフェノキシドを生成します(アルコールは NaOH には溶けない)。

17.3 アルコールの合成:これまでのまとめ

マクマリー第17章の時点で、アルコール合成のルートは多岐にわたります。

アルコールを与える主な反応(既習)
・アルケンへの水付加(酸触媒・マルコフニコフ則)→ 2°・3° アルコール
・アルケンへの水素化ホウ素添加(ヒドロホウ素化-酸化)→ 逆マルコフニコフ、1° アルコール
・エポキシドの開環(酸または塩基触媒)→ 1,2-ジオール
・アルケンのヒドロキシル化(OsO4/H2O2)→ シン-ジオール
・カルボニル化合物の還元(NaBH4・LiAlH4)→ 本章で詳述
・Grignard 反応 → 本章で詳述

17.4 カルボニル化合物の還元によるアルコール合成

反応の概要

カルボニル化合物(アルデヒド・ケトン・カルボン酸・エステル)はヒドリド還元剤によってアルコールに変換されます。還元剤から C=O に H(ヒドリドイオン)が求核攻撃してアルコキシドイオン中間体を経由し、その後プロトン化してアルコールを与えます。

     O                      OH
     ||       H(-) 付加       |
  R-C-R'   ─────────→    R-CH-R'
  (カルボニル)    ↓ H3O(+)   (アルコール)

NaBH4 と LiAlH4 の選択性

比較項目 NaBH4 LiAlH4
反応性 穏和(選択的) 強力
溶媒 メタノール・エタノール・水 無水エーテル(プロトン性溶媒不可)
アルデヒド → 1°アルコール
ケトン → 2°アルコール
エステル → 1°アルコール(×2) 遅い(実用上 ×)
カルボン酸 → 1°アルコール ×
選択性の使い方
エステルと共存するアルデヒドやケトンだけを還元したい場合 → NaBH4 を選ぶ。
カルボン酸やエステルまで含めてすべて還元したい場合 → LiAlH4 を選ぶ。
LiAlH4 は水と激しく反応するため、無水条件・エーテル溶媒が必須。

生体内の還元——NADH・NADPH

生体内ではアルデヒドやケトンの還元を NADH または NADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が担います。構造は実験室試薬より複雑ですが、機構は同じ——コエンザイムがヒドリドイオンを供与してアルコキシドアニオンを生成し、酸でプロトン化してアルコールを与えます。脂肪酸生合成の一段階、アセトアセチル ACP → β-ヒドロキシブチリル ACP の還元がその典型例です。

17.5 Grignard 反応によるアルコール合成

Grignard 試薬とカルボニル化合物の反応

Grignard 試薬(RMgX)はカルボアニオン(:R)として振る舞い、C=O に求核付加してアルコキシドを与え、H3O+ で後処理するとアルコールが得られます。

カルボニル化合物 生成アルコール 例(収率)
ホルムアルデヒド(H2C=O) 第一級アルコール シクロヘキシルMgBr + H2C=O → シクロヘキシルメタノール (65%)
アルデヒド(RCHO) 第二級アルコール PhMgBr + 3-メチルブタナール → 3-メチル-1-フェニル-1-ブタノール (73%)
ケトン(R2C=O) 第三級アルコール EtMgBr + シクロヘキサノン → 1-エチルシクロヘキサノール (89%)
エステル(RCO2R’) 第三級アルコール(RMgX が2当量付加) CH3MgBr + ペンタン酸エチル → 2-メチル-2-ヘキサノール (85%)

Grignard 反応の制限

Grignard 試薬(RMgX)は非常に強塩基であるため、プロトン性官能基(-OH, -COOH, -NH2, -SH)と共存できません——これらの官能基が RMgX をプロトン化してしまうからです。また、同分子内にカルボニル・ニトロ基など反応性の高い官能基がある場合も自己反応します。

Grignard 試薬を使えない場合
アルコール・カルボン酸・アミン・チオールを含むアルキルハライドからは Grignard 試薬を調製できません。この問題を回避するにはシリルエーテルによる保護(17.8節)を使います。

逆合成による切断(院試頻出)

目標: 3°アルコール  2-フェニル-2-ブタノール
       (Ph, CH3, CH2CH3 が付いた C-OH)

切断A: PhMgBr      + CH3CH2-CO-CH3  (2-ブタノン)
切断B: CH3MgBr     + Ph-CO-CH2CH3   (プロピオフェノン)
切断C: CH3CH2MgBr  + Ph-CO-CH3      (アセトフェノン)

→ 同じ目標アルコールに対して複数の合成ルートが存在する!

17.6 アルコールの反応

① アルキルハライドへの変換

3°アルコール + HX:SN1 機構(カルボカチオン経由)。0°C でも反応が進む。

(CH3)3COH + HCl (0°C) → (CH3)3CCl + H2O   (S_N1、立体化学が失われる)

1°・2°アルコール + SOCl2 または PBr3:SN2 機構(立体反転)。

R-OH + SOCl2 →[Et3N]  R-Cl + SO2 + HCl   (クロロ硫酸エステル中間体経由)
R-OH + PBr3   →        R-Br + BrPO(OH)    (ジブロモりん酸エステル中間体経由)

② トシラートへの変換

アルコールを p-トルエンスルホニルクロリド(TsCl)でトシル化すると、O-H 結合だけが切れて C-O 結合は保持されます。生成したトシラート(ROTs)はアルキルハライドと同様に SN1・SN2 反応を受けます。

立体化学の使い分け
アルコール → ハライド化(2回の反転)→ SN2 → 同じ立体化学の生成物
アルコール → トシラート(反転なし)→ SN2 → 逆の立体化学の生成物
複雑な分子合成で立体化学を制御する際に使い分ける。

③ アルケンへの脱水

3°アルコールは H2SO4/H2O/THF(50°C)で容易に脱水します(E1・Zaitsev則)。1°・2°アルコールの脱水には POCl3/ピリジンが有効で、E2 機構でアルケンを与えます。

3°: (CH3)2C(OH)CH2CH3 →[H2SO4, 50°C]    (CH3)2C=CHCH3 + H2O  (Zaitsev 則)
2°: シクロヘキサノール + POCl3/ピリジン  →  シクロヘキセン
1°: 脱水は困難。通常 E2 条件で強塩基を使う方が良い

生体内では、シキミ酸経路における 5-デヒドロキナ酸 → 5-デヒドロシキミ酸の脱水がこの反応の生物的対応です。

④ エステルへの変換

アルコールとカルボン酸は酸触媒存在下で縮合してエステルを与えます。実験室では収率を上げるためカルボン酸を先に酸塩化物(カルボン酸クロリド)に変換することが多いです:

安息香酸 + SOCl2 → ベンゾイルクロリド
ベンゾイルクロリド + CH3OH → 安息香酸メチル + HCl

17.7 アルコールの酸化

酸化の概要

アルコールの酸化は還元の逆反応で、カルボニル化合物を与えます。3°アルコールは通常の酸化剤とは反応しません(α炭素に水素がないため)。

基質 生成物 推奨試薬
1°アルコール アルデヒド Dess-Martin periodinane / CH2Cl2
1°アルコール カルボン酸 KMnO4/H2O(塩基性、加熱)
2°アルコール ケトン Dess-Martin periodinane または KMnO4
3°アルコール 反応しない

Dess-Martin Periodinane(DMP)

Dess-Martin periodinane(DMP)はジクロロメタン中で使用し、温和な条件で酸化を行えます。かつて使われていたクロム系試薬(CrO3、PCC、K2Cr2O7)は毒性・爆発危険性があるため、現在は DMP が好まれます。

ゲラニオール        + DMP/CH2Cl2  →  ゲラニアール (84%)         [1° → アルデヒド]
4-tBu-シクロヘキサノール + DMP  →  4-tBu-シクロヘキサノン (91%)  [2° → ケトン]

KMnO4 による酸化

1°アルコールを KMnO4/H2O(塩基性)で加熱するとカルボン酸が得られます(アルデヒドは条件下でさらに酸化される)。

1-デカノール + KMnO4/H2O  →  デカン酸 (93%)

酸化の機構(E2 類似)

Dess-Martin 酸化では、まずアルコールが DMP のヨウ素(I(V))と置換反応してペリオジナン中間体を形成し、次に I(III) を脱離基として E2 様に β-H が引き抜かれてカルボニル化合物が生じます。

生体内のアルコール酸化
生体内ではアルコールの酸化を NAD+ が担います(NADH を生成)。例:sn-グリセロール-3-リン酸 → ジヒドロキシアセトンリン酸(脂質代謝)。エタノールもまず NAD+/アルコール脱水素酵素でアセトアルデヒドに酸化された後、さらにアセテートに酸化されます。

17.8 アルコールの保護

なぜ保護基が必要か

複雑な分子を合成するとき、ある官能基への操作が別の官能基と干渉することがあります。典型例:アルコールを含むアルキルハライドからは Grignard 試薬を作れない(-OH が RMgX をプロトン化してしまう)。

シリルエーテルによる保護

アルコールをクロロトリアルキルシラン(Cl-SiR3)と塩基(トリエチルアミン)の存在下で反応させると、トリアルキルシリルエーテル(R-O-SiR3)が得られます。

ROH + (CH3)3SiCl →[Et3N]  RO-Si(CH3)3 + Et3NH(+) Cl(-)
                            (TMS エーテル)

例: シクロヘキサノール + TMSCl → シクロヘキシル TMS エーテル (94%)

よく使われる保護基:TMS(トリメチルシリル:最も単純・脱保護容易)と TBS/TBDMS(tert-ブチルジメチルシリル:より安定・選択的脱保護に有用)。

なぜ Si で SN2 が起きるか? Si は C よりも大きく(C–Si 結合 195 pm vs C–C 結合 154 pm)、3つのアルキル基があっても立体障害が小さいため、第三級 Si 中心でも SN2 様反応が進行します。

脱保護

シリルエーテルは酸(稀 HCl・酢酸)またはフッ化物イオン(Bu4N+F、TBAF)で加水分解し、元のアルコールを再生します。Si–F 結合は非常に強いため、フッ化物は特に効果的な脱保護剤です。

保護のフロー(3-ブロモ-1-プロパノールを Grignard 反応に使う例):
1. 保護:     HOCH2CH2CH2Br + TMSCl  →  TMSO-CH2CH2CH2Br
2a. Grignard 調製: TMSO-CH2CH2CH2Br + Mg  →  TMSO-CH2CH2CH2MgBr
2b. Grignard 反応: + CH3CHO  →  TMSO-CH2CH2CH2-CH(OH)-CH3
3. 脱保護:   + Bu4N(+)F(-)  →  HO-CH2CH2CH2-CH(OH)-CH3 + TMSF

17.9 フェノールとその用途

クメン法によるフェノールの工業合成

フェノール(年間約1.32億トン生産)の主要な工業合成法はクメン(イソプロピルベンゼン)の酸化分解です:

クメン + O2(空気)→ クメンヒドロペルオキシド(ラジカル機構)
クメンヒドロペルオキシド + H(+) → フェノール + アセトン

機構:ヒドロペルオキシ基のプロトン化 → フェニル基が C→O 移動(1,2-アリール転位)→ 水の脱離でカルボカチオン → ヘミアセタール中間体 → フェノール + アセトン。フェノールとアセトンが同時に得られる効率的なプロセスです(ベークライト樹脂・合板接着剤の原料)。

フェノール誘導体の用途

化合物 用途 合成法
ペンタクロロフェノール 木材防腐剤 フェノール + 過剰 Cl2
2,4-D(2,4-ジクロロフェノキシ酢酸) 除草剤 2,4-ジクロロフェノール由来
ヘキサクロロフェン 病院用防腐消毒剤 2,4,5-トリクロロフェノール由来
BHT(ブチルヒドロキシトルエン) 食品保存料 p-クレゾール + 2-メチルプロペン(Friedel-Crafts)
BHA(ブチルヒドロキシアニソール) 食品保存料 p-メトキシフェノールのアルキル化

17.10 フェノールの反応

求電子芳香族置換(EAS)

-OH 基は強力な活性化・オルト/パラ配向基です(酸素の孤立電子対が芳香環に電子を供与)。このためフェノールはベンゼンより非常に高い EAS 反応性を示します。

フェノール + Br2(水溶液)→ 2,4,6-トリブロモフェノール(即座に白色沈殿)
(ベンゼンは触媒なしでは Br2 と反応しない!)

フェノールは EAS におけるハロゲン化・ニトロ化・スルホン化・Friedel-Crafts アルキル化いずれも容易に起こります。

フェノールの酸化——キノン

フェノールはアルコールと異なり、α炭素に水素がないため通常の酸化は起こりません。代わりに Fremy 塩((KSO3)2NO)などで酸化するとキノン(2,5-シクロヘキサジエン-1,4-ジオン)が得られます:

フェノール → [Fremy 塩] → ベンゾキノン (79%)

ベンゾキノン + NaBH4(または SnCl2)→ ヒドロキノン  (還元)
ヒドロキノン + 酸化剤               → ベンゾキノン  (酸化)
↑ 可逆的レドックス反応

ユビキノン(コエンザイム Q)——生化学との接続

ユビキノン(CoQ)はミトコンドリア呼吸鎖における電子伝達体で、キノン/ヒドロキノンの可逆的レドックスサイクルを利用します:

ステップ1: NADH + H(+) + ユビキノン   → NAD(+) + ユビヒドロキノン
ステップ2: ユビヒドロキノン + 1/2 O2  → ユビキノン + H2O
─────────────────────────────────────────
正味:       NADH + 1/2 O2 + H(+)       → NAD(+) + H2O + エネルギー
院試ポイント:ユビキノンの構造
ユビキノン(CoQn)はベンゾキノン環にメトキシ基と「(CH2CH=C(CH3)CH2)nH」の長いイソプレノイド側鎖を持ちます。ヒトの主要な CoQ は CoQ10(n=10)で、自然界には n=1〜10 が存在し、「ubiquitous(どこにでもある)」に由来して ubiquinone(ユビキノン)と呼ばれます。

17.11 アルコール・フェノールのスペクトル解析

IR スペクトル

吸収 波数 (cm−1) 特徴
O–H 伸縮(水素結合あり) 3300〜3400 幅広く強い吸収(アルコール・フェノール)
O–H 伸縮(水素結合なし) 3600 付近 シャープな吸収(希薄・気相)
C–O 伸縮 1050 付近 強い吸収(アルコール)
芳香環(フェノール) 1500・1600 通常の芳香環吸収
D2O による O–H の確認
NMR サンプルに重水(D2O)を数滴加えると、O–H プロトンが重水素と交換され、O–H 吸収が消失します。これを利用して「消えるシグナル = O–H(または N–H)」を同定できます。

1H NMR スペクトル

O–H プロトンは 3.4〜4.5 δ(アルコール)、3〜8 δ(フェノール)に現れます。-CH2O- プロトンは 3.4〜4.5 δ(酸素に隣接した炭素上)です。通常、O–H プロトンは隣接 C–H とのスピン結合が観測されない——少量の酸性不純物によるプロトン交換が速いためです。DMSO 溶媒では交換が遅くなり、O–H のスピン結合が観測される場合があります。

質量スペクトル

アルコールは質量スペクトルで2種類の特徴的な開裂を示します:

α開裂(alpha cleavage)

O–H に最も近い C–C 結合が切断され、共鳴安定化された酸素含有カチオン([CH2OH]+ = m/z 31 など)が生じる

脱水(dehydration)

M+• から H2O(18)が脱落し、アルケンのラジカルカチオン [M−18]+• が観測される

例(1-ブタノール, M+=74)

m/z = 56:脱水 [M−18]+
m/z = 31:α開裂 [CH2OH]+

まとめ——第17章の全体像

第17章 キーコンセプト整理

■ 命名・分類
・1°/2°/3°の区別、IUPAC 規則(-ol 接尾)、フェノール(-phenol 親名)

■ 性質
・水素結合 → 沸点上昇・水溶性
・酸性(pKa): tBuOH(18) < EtOH(16) < H2O(15.7) < フェノール(9.9) < p-NO2-フェノール(7.1)
・フェノールが酸性なのは共鳴による負電荷の非局在化が主因

■ 合成(カルボニル化合物から)
・NaBH4: アルデヒド・ケトンのみ → 1°・2°アルコール
・LiAlH4: カルボン酸・エステルも含め全カルボニル → アルコール
・Grignard: ホルムアルデヒド→1°、アルデヒド→2°、ケトン→3°、エステル→3°(2当量消費)

■ アルコールの反応
・→ ハライド: 3° + HX(SN1)、1°2° + SOCl2/PBr3(SN2)
・→ トシラート(TsCl/ピリジン)→ SN2 で構造反転
・→ アルケン: 3°は H2SO4/加熱(E1)、1°2°は POCl3/ピリジン(E2)
・→ アルデヒド/ケトン: Dess-Martin periodinane(DMP)
・→ カルボン酸: KMnO4/H2O(1°のみ)

■ 保護基
・TMS/TBS エーテル形成 → TBAF(フッ化物)または希酸で脱保護

■ フェノール
・EAS で高反応性(o/p 配向)、NaOH 水溶液に溶解
・酸化 → キノン → ユビキノン(CoQ)として呼吸鎖で機能

■ スペクトル同定
・IR: O–H 3300〜3600 cm−1(幅広)・C–O 1050 cm−1
・NMR: O–H は D2O 添加で消えるシグナル
・MS: α開裂(m/z = 31 など)・脱水([M−18]+

第18章へ——エーテルとエポキシド

第17章でアルコールとフェノールの化学を学びました。次の第18章では、酸素原子が2つの有機基に挟まれたエーテル(R-O-R’)と、三員環に酸素が入ったエポキシドを扱います。エポキシドはアルコールの酸化(mCPBA などのペルオキシ酸)で得られ、求核剤による開環反応は SN2 機構で進行するため anti 開環が立体化学のポイントです。

次章のプレビュー
第18章のキーワード:エーテルの命名・製法(Williamson 合成)、Crown エーテル、エポキシドの合成(mCPBA 酸化)と開環反応の立体化学、保護基としてのシリルエーテルとの比較