ホスフィン(phosphine)は、三価のリン(P)原子に3つの置換基(R)が結合した官能基で、一般式は –PR₃ で表されます。
有機化学では還元剤として、また有機金属化学では金属配位子(リガンド)として極めて重要な役割を担っています。
この記事では、ホスフィンの基本構造、電子的性質、主な合成法、反応性、配位子としての機能、さらにはクロスカップリングやアズール反応など触媒反応への応用について解説します。
Contents
ホスフィンの構造と特徴
基本構造
R₃P(例:PPh₃、PMe₃)
- 三価のリン原子:1つの孤立電子対を持つ
- R = アルキル基、アリール基、水素 など
- 四面体に近いが、Nに比べてPの結合角は小さい(約95–100°)
ホスフィンとアミンの違い
- 同族元素の窒素と類似するが、Pの電子雲は広く、π供与能が低い
- P–R結合は極性が低く、C–Nよりも安定性に劣る
ホスフィンの電子特性と分類
電子供与性(σドナー)とπ受容性(πアクセプター)
- 孤立電子対によるσ供与性 → 金属と配位しやすい
- π受容性(空軌道への電子供与)も一部あり → 配位子設計に利用
立体特性:円錐角(cone angle)
- 置換基の嵩高さにより、配位子の立体的かさばり具合を数値化
- 例:PPh₃(145°)、P(t-Bu)₃(182°)
代表的ホスフィン化合物
- トリフェニルホスフィン(PPh₃):最も基本的な芳香族ホスフィン
- トリメチルホスフィン(PMe₃):強いσドナーで反応性高い
- ビスホスフィン:2つのPR₃基を架橋した配位子(例:DPPP, DPPF)
- キラルホスフィン:不斉合成に用いられる(例:BINAP, (R)-Josiphos)
ホスフィンの合成法
① PCl₃のアルキル化
PCl₃ + 3 R–MgBr → PR₃ + 3 MgBrCl
② アリールリチウムとの反応
PCl₃ + 3 PhLi → PPh₃
③ 工業的には加水素化リン(PH₃)を中間体に使用
- 毒性・爆発性が高く、実験室スケールでは用いられにくい
ホスフィンの反応性
① 酸化反応
PR₃ + O₂ → OP(=O)R₃(ホスフィンオキシド)
- 空気酸化されやすく、取り扱いには不活性雰囲気が必要
② 還元剤としての使用
- アジド → アミン、エポキシド開環、アシル化合物還元 など
- Wittig反応ではホスホニウム塩を形成 → オレフィン合成に利用
③ リン–カルベン類縁体の中間体形成
Ph₃P=CH₂ → Wittig試薬
ホスフィンの配位子としての機能
金属中心との結合
- σ供与性により金属の安定化
- π受容性により金属中心の電子密度調整
配位子チューニングの自由度
- 電子・立体の両面で細かな設計が可能
代表的金属–ホスフィン錯体
- [Rh(PPh₃)₃Cl]:水素化反応触媒
- [Pd(PPh₃)₄]:クロスカップリング反応
ホスフィンの触媒応用例
① スズクロスカップリング(Stille反応)
Ar–SnBu₃ + Ar'–X + Pd(0)/PR₃ → Ar–Ar'
② スズレス反応(Suzuki–Miyaura反応)
Ar–B(OH)₂ + Ar'–X + Pd(0)/ホスフィン → Ar–Ar'
③ ヘック反応
Ar–X + CH₂=CH–R + Pd(0)/ホスフィン → Ar–CH=CH–R
④ 不斉触媒反応
- BINAP触媒を用いた不斉水素化・不斉アルドール反応
ホスフィンの安全性と取扱い
- 空気中で酸化されやすい → 不活性雰囲気下で保管
- 低級ホスフィン(例:PH₃、PMe₃)は悪臭・毒性・可燃性に注意
- ホスフィンオキシドは安定・無毒で廃棄可能
まとめ:ホスフィンは電子制御・反応設計に欠かせない有機リン官能基
- ホスフィン(–PR₃)は三価のリンを中心に持つ有機官能基
- 配位子・還元剤として有機合成・触媒反応に広く応用される
- 電子・立体の設計自由度が高く、官能基選択性や不斉誘導が可能
- 医薬品合成・有機金属化学・材料化学で不可欠な構造単位
次回は「ホスホン酸エステル(–P(=O)(OR)₂)」をテーマに、ホスホン酸との違い、反応性、用途、神経毒性との関係まで解説していきます。
🧭 関連リンク
- 👉 【まとめ記事】官能基シリーズ 一覧はこちら
- 👉 【第17回】ホスホン酸官能基
- 👉 【第19回】ホスホン酸エステル官能基(近日公開)