「生体内の反応は複雑で特殊だ」と思っていませんか。実は、解糖系・クエン酸サイクル・脂肪酸の分解と合成といった代謝経路の中身を分解してみると、そこにあるのは求核アシル置換・アルドール反応・E1cB脱離・共役付加・脱炭酸といった、皮膚いままで学んできた有機反応機構そのものです。酵素という巨大な「触媒」がついているだけで、反応の論理は試験管内の有機化学と完全に同じなのです。
第26〜28章でアミノ酸・タンパク質、脂質、核酸という生体分子を個別に学びました。本章はその総まとめとして、これらの分子が実際にどう分解され(異化・catabolism)、どう合成され(同化・anabolism)、どうエネルギー(ATP)を生み出すのかという代謝経路(metabolic pathway)を、有機反応機構の言葉で読み解きます。マクマリー有機化学の最終章にふさわしく、これまで学んだ反応タイプの総決算ともいえる章です。
29.1 代謝の概観と生体エネルギー
生体内の細胞で起こる多数の反応をまとめて代謝(metabolism)と呼びます。大きな分子を小さな分子へ分解する経路を異化(catabolism)、小さな分子から大きな生体分子を合成する経路を同化(anabolism)と呼びます。異化反応は通常発エルゴン的(exergonic)でエネルギーを放出し、同化反応は通常吸エルゴン的(endergonic)でエネルギーを吸収します。
食物の異化は次の4段階に分けられます。
- 第1段階(消化):口・胃・小腸でバルクの食物がエステル・アセタール(グリコシド)・アミド(ペプチド)結合の加水分解により、脂肪酸・グリセロール、グルコースなどの単糖、アミノ酸へ分解される
- 第2段階:これらの小分子が細胞内でさらに分解され、補酵素A(コエンザイムA)にチオエステル結合したアセチルCoAを生じる
- 第3段階:アセチルCoAがミトコンドリア内のクエン酸サイクルで酸化されCO2になる
- 第4段階:クエン酸サイクルで放出されたエネルギーが電子伝達系で利用され、ADPの酸化的リン酸化によりATPが生成する
脂質・糖質・タンパク質 →[加水分解:消化] → 脂肪酸/グリセロール・単糖・アミノ酸
↓[β酸化・解糖系など]
アセチルCoA →[クエン酸サイクル] → CO2
↓
電子伝達系 → ATP
アセチルCoA中のアセチル基はホスホパンテテインの硫黄原子にチオエステル結合で連結し、ホスホパンテテインはさらにアデノシン3′,5′-二リン酸に連結しています(第21.8節参照)。食物異化の最終結果としてATPは細胞の「エネルギー通貨」と呼ばれます。異化反応はATPを合成するためにエネルギーを「支払い」、同化反応はATPを別の分子へリン酸基を転移することでそのエネルギーを「使う」わけです。
体内でATPがどのように使われるかを理解する鍵は「共役(coupling)」です。第6.7節で学んだように、反応が自発的に起こるには自由エネルギー変化ΔGが負である必要があります。ΔGが正なら、その反応はエネルギー的に不利で自発的には起こりません。
エネルギー的に不利な反応を進行させるには、それをエネルギー的に有利な反応と「共役」させ、2つの反応を合わせた全体の自由エネルギー変化を有利にする必要があります。共役の仕組みを理解するため、反応1が平衡定数が小さくエネルギー的に不利(ΔG > 0)であるために実質的に進行しないとします。
反応1:A + m ↔ B + n ΔG > 0 反応2:n + o → p + q ΔG << 0 全体: A + m + o → B + p + q ΔG < 0(有利)
ここでAとBは生化学的に重要な物質、m・nは酵素の補因子・H2O・その他の小分子です。反応1の生成物nが反応2の反応物として消費される(共通中間体nを介して2反応が「共役」している)ため、反応1でわずかにnが生じるたびに反応2でほぼ完全に消費され、反応1の平衡からnが除かれ続けます。その結果、反応1は反応物Aがなくなるまでnを補充し続けます。つまり有利な反応2が不利な反応1を「駆動」するのです。
具体例として、グルコースのリン酸化によるグルコース6-リン酸の生成を見てみましょう。
グルコース + HOPO32− → グルコース6-リン酸 + H2O ΔG°′ = +13.8 kJ/mol(不利) ATP + H2O → ADP + HOPO32− + H+ ΔG°′ = −30.5 kJ/mol(有利) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 全体:グルコース + ATP → グルコース6-リン酸 + ADP + H+ ΔG°′ = −16.7 kJ/mol(有利)
グルコース単独でのリン酸化はエネルギー的に不利(ΔG°′ = +13.8 kJ/mol)ですが、ATPの加水分解(ΔG°′ = −30.5 kJ/mol)と共役させることで全体として−16.7 kJ/mol(−4.0 kcal/mol)の有利な反応になります。ATPがグルコースのリン酸化反応を「駆動」しているのです。生成したリン酸エステルは元のアルコールよりも求核置換・脱離反応における脱離基としてはるかに反応性が高く、化学的に有用です。
29.2 トリアシルグリセロールの異化:グリセロールの行方
トリアシルグリセロール(中性脂肪)の代謝分解は、胃と小腸での加水分解によりグリセロールと脂肪酸を生じることから始まります。この反応はリパーゼによって触媒され、酵素活性部位はアスパラギン酸・ヒスチジン・セリン残基からなる触媒三残基(catalytic triad)を含み、これらが協同して個々のステップに必要な酸・塩基触媒作用を提供します。加水分解は2回連続の求核アシル置換反応によって達成され、1回目は酵素のセリン残基側鎖の−OH基にアシル基を共有結合させ、2回目は脂肪酸を酵素から解離させます。
トリアシルグリセロールの加水分解で生じた脂肪酸はミトコンドリアへ運ばれアセチルCoAへ分解され、一方グリセロールは肝臓へ運ばれてさらに代謝されます。肝臓ではグリセロールはまずATPとの反応でリン酸化され、続いてNAD+によって酸化されます。生成するジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)は炭水化物の解糖系経路に入ります(29.5節)。
グリセロール →[ATP/リン酸化] → sn-グリセロール3-リン酸 →[NAD+/酸化] → ジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)
グリセロールのC2はプロキラル中心であり、2本の同一な「アーム」を持ちます。酵素触媒反応に典型的なように、グリセロールのリン酸化は選択的であり、pro-R側のアームのみが反応します(事前に予測することはできません)。リン酸化生成物はsn-グリセロール3-リン酸と呼ばれ、sn-は「立体特異的番号付け(stereospecific numbering)」を意味します。
29.3 トリアシルグリセロールの異化:β酸化
トリアシルグリセロールの加水分解で生じた脂肪酸は補酵素Aとチオエステルを形成し、続いてβ酸化経路(β-oxidation pathway)と呼ばれる4段階の反復的な反応で異化されます。経路を1回通過するごとに脂肪酸鎖の末端からアセチル基が1個切り出され、分子全体が最終的に分解されます。生じたアセチル基はそれぞれクエン酸サイクルに入りCO2へさらに分解されます(29.7節)。
ステップ1:二重結合の導入
β酸化経路は、アシルCoAデヒドロゲナーゼ群の1つによって脂肪アシルCoAのC2とC3から2個の水素原子が除去され、α,β-不飽和アシルCoAを生じることから始まります。カルボニル化合物への共役二重結合の導入というこの種の酸化は生化学経路で頻繁に起こり、通常補酵素フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を必要とします。還元されたFADH2が副生成物として生じます。
FAD触媒反応の機構はフラビン補酵素が2電子(極性)経路と1電子(ラジカル)経路の両方をたどりうるため確立が難しいことが多いですが、わかっていることとして:(1)最初のステップはアシルCoAの酸性なα位からpro-R水素が脱離し、チオエステルエノラートイオンを生成すること、(2)β位のpro-R水素がFADへ転移すること、(3)生じるα,β-不飽和アシルCoAはトランス二重結合を持つことが知られています。
ステップ2:水の共役付加
ステップ1で生じたα,β-不飽和アシルCoAは、エノイルCoAヒドラターゼによって触媒される共役付加経路(第19.13節)で水と反応し、β-ヒドロキシアシルCoAを生じます。求核剤としての水が二重結合のβ炭素に付加し、α位がプロトン化されたチオエステルエノラートイオン中間体を生じます。
ステップ3:アルコールの酸化
ステップ2のβ-ヒドロキシアシルCoAは、鎖長に対する基質特異性が異なるL-3-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ群の1つによって触媒される反応でβ-ケトアシルCoAへ酸化されます。29.2節末で触れたsn-グリセロール3-リン酸からジヒドロキシアセトンリン酸への酸化と同様、このアルコール酸化はNAD+を補酵素として要し、副生成物として還元型NADH/H+を生じます。
ステップ4:鎖の切断
β酸化の最終ステップでアセチルCoAが鎖から切り出され、元の分子より2炭素短いアシルCoAが残ります。反応はβ-ケトアシルCoAチオラーゼによって触媒され、機構的にはClaisen縮合反応の逆反応(レトロClaisen反応)です(第23.7節参照)。順方向ではClaisen縮合が2分子のエステルを結合させβ-ケトエステル生成物を与えますが、逆方向ではレトロClaisen反応がβ-ケトエステル(この場合はβ-ケトチオエステル)を開裂させ2分子のエステル(チオエステル)を生じます。
レトロClaisen反応は、酵素上のシステインSH基がβ-ケトアシルCoAのケト基へ求核付加してアルコキシドイオン中間体を生じることで起こります。続いてC2−C3結合が切断され、アセチルCoAエノラートイオンが脱離し即座にプロトン化されます。酵素結合アシル基はその後コエンザイムAとの反応で求核アシル置換を受け、生じた鎖短縮アシルCoAはさらなる分解のためにβ酸化経路に再突入します。
ミリスチン酸(14炭素飽和脂肪酸)の異化を例にとると、β酸化経路の全体像が見えます。1回目の通過でミリストイルCoA(C14)はラウロイルCoA(C12)+アセチルCoAへ、2回目でラウロイルCoAはカプロイルCoA(C10)+アセチルCoAへ、3回目でカプロイルCoAはカプリロイルCoA(C8)へ変換されます。最終通過では前駆体が4炭素であるため2分子のアセチルCoAが生じます。
ミリストイルCoA(C14) →[β酸化×6回] → アセチルCoA × 7分子
ほとんどの脂肪酸は偶数個の炭素原子を持つためβ酸化後に余りは生じません。奇数個の炭素原子を持つ脂肪酸は最終のβ酸化で3炭素のプロピオニルCoAを生じ、これは多段階のラジカル経路でスクシナートへ変換され、スクシナートはクエン酸サイクルに入ります(29.7節)。
29.4 脂肪酸の生合成
一般的な脂肪酸の著しい特徴の一つは偶数個の炭素原子を持つことです(第27.1節の表参照)。これは、すべての脂肪酸がアセチルCoAから2炭素単位を逐次付加することによって生合成されるために起こります。アセチルCoAは主に解糖系経路(29.5節)における炭水化物の代謝分解から生じます。つまり、即時のエネルギー需要を超えて摂取された食事性炭水化物は貯蔵のために脂肪へ変換されるのです。
生化学の一般原則として、ある物質が作られる同化経路はその物質が分解される異化経路の逆ではありません。両方向がエネルギー的に有利であるためには、2つの経路はいくつかの点で異なる必要があります。
細菌では脂肪酸合成の各ステップが個別の酵素によって触媒されますが、脊椎動物では脂肪酸合成はシンタセース(synthase)と呼ばれる巨大な多酵素複合体によって触媒され、経路のすべてのステップを触媒します。実際、18炭素の脂肪酸の場合、シンタセースは42個の個別ステップを触媒します!
| ステップ | 反応 | ポイント |
|---|---|---|
| 1.アシル転移 | アセチルCoAをアセチルACP(アシルキャリアタンパク質)へ変換 | 求核アシル置換。ACPはホスホパンテテインを介しセリン残基に連結 |
| 2.アシル転移 | アセチル基をシンタセース複合体のシステイン残基へ共有結合 | さらなる求核アシル置換。後続の縮合ステップの準備 |
| 3.カルボキシル化 | アセチルCoAをHCO3−・ATPと反応させマロニルCoAを生成 | 補酵素ビオチンがCO2キャリアとして機能。N-カルボキシビオチン経由 |
| 4.アシル転移 | マロニルCoAをマロニルACPへ変換 | 求核アシル置換。アセチル基・マロニル基が共に酵素に結合した状態に |
| 5.縮合 | アセチルシンタセースとマロニルACPのClaisen縮合でアセトアセチルACPを生成 | マロニルACPの脱炭酸でエノラートイオンを生成、続いて求核付加 |
| 6.還元 | ケトンをNADPHで還元しβ-ヒドロキシブチリルACPを生成 | R立体化学が新生キラリティー中心に生じる |
| 7.脱水 | β-ヒドロキシブチリルACPの脱水でクロトニルACPを生成 | E1cB機構。α,β-不飽和チオエステルを生成 |
| 8.還元 | 二重結合をNADPHで還元しブチリルACPを生成 | NADPHからのヒドリドの共役付加。脊椎動物では全体syn付加 |
8段階の効果は、2個の2炭素アセチル基を結合させ4炭素のブチリル基にすることです。ブチリル基をさらにマロニルACPと縮合させると6炭素単位が、さらに繰り返すと2炭素ずつ鎖が伸長し最終的に16炭素のパルミトイルACPが生成します。それ以上の鎖伸長は同様の反応で起こりますが、ACPではなくCoAがキャリアとして働き、複数の個別酵素がシンタセース複合体に代わってステップごとに必要になります。
29.5 炭水化物の異化:解糖系
グルコースは体の主要な短期エネルギー源です。その異化は解糖系(glycolysis)から始まり、グルコースを2当量のピルビン酸(CH3COCO2−)へ分解する10個の酵素触媒反応の連鎖です。発見者にちなみエムデン-マイヤーホフ経路とも呼ばれます。
| ステップ | 反応 | 反応タイプ |
|---|---|---|
| 1 | グルコース → グルコース6-リン酸 | ATPによるリン酸化(ヘキソキナーゼ) |
| 2 | グルコース6-リン酸 → フルクトース6-リン酸 | ケト-エノール互変異性化(共通エンジオール経由) |
| 3 | フルクトース6-リン酸 → フルクトース1,6-ビスリン酸 | ATPによるリン酸化(ホスホフルクトキナーゼ) |
| 4 | フルクトース1,6-ビスリン酸 → GAP + DHAP | レトロアルドール開裂(イミニウムイオン経由) |
| 5 | DHAP → グリセルアルデヒド3-リン酸(GAP) | ケト-エノール互変異性化(共通エンジオール経由) |
| 6 | GAP → 1,3-ビスホスホグリセラート | ヘミチオアセタール経由の酸化(NAD+)+リン酸化 |
| 7 | 1,3-ビスホスホグリセラート → 3-ホスホグリセラート | リン原子への求核置換でATP生成 |
| 8 | 3-ホスホグリセラート → 2-ホスホグリセラート | ホスホリル基転移による異性化 |
| 9 | 2-ホスホグリセラート → ホスホエノールピルビン酸(PEP) | E1cB脱水(エノラーゼ) |
| 10 | PEP → ピルビン酸 | ホスホリル転移でATP生成(ピルビン酸キナーゼ) |
特に重要なステップを見てみましょう。ステップ4のフルクトース1,6-ビスリン酸の開裂はアルドール反応の逆反応(レトロアルドール反応)です。植物・動物で機能するクラスIアルドラーゼは、フルクトース1,6-ビスリン酸が酵素のリジン残基側鎖の−NH2基と反応してプロトン化された酵素結合イミン(生化学ではシッフ塩基と呼ばれる)を形成することで進行します。正電荷を持つイミニウムイオンはケトンカルボニル基よりも優れた電子受容体であるため、レトロアルドール反応が進行し、グリセルアルデヒド3-リン酸とエナミンを生じます。
ステップ9の2-ホスホグリセラートの脱水は典型的なE1cB機構であり、第23.3節で学んだβ-ヒドロキシカルボニル化合物の脱水と同じパターンです。解糖系全体の総括反応式は次の通りです。
グルコース + 2NAD+ + 2ADP + 2Pi → 2 ピルビン酸 + 2NADH + 2ATP + 2H2O + 2H+
29.6 ピルビン酸からアセチルCoAへの変換
グルコースの異化(および複数のアミノ酸の分解)で生じたピルビン酸は、条件と生物種によりさらにいくつかの変換を受けます。酸素がない場合、ピルビン酸はNADHにより還元され乳酸[CH3CH(OH)CO2−]を生じるか、酵母ではエタノールへ発酵されます。哺乳類の典型的な好気条件下では、ピルビン酸は酸化的脱炭酸と呼ばれる過程でアセチルCoAとCO2へ変換されます(カルボニル炭素の酸化状態がケトンからチオエステルへ上昇するため「酸化的」)。
この変換はピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体と呼ばれる酵素・補酵素の複合体によって触媒される多段階反応で起こり、3つの段階で進行します。
チアミン二リン酸の重要な構造要素はチアゾリウム環——硫黄原子と正電荷を持つ窒素原子を含む5員不飽和複素環——です。チアゾリウム環は弱酸性で、NとSの間の環水素のpKaは約18です。そのため塩基によって脱プロトン化されると、Wittig反応で使われるホスホニウムイリドに似たイリドが形成されます。このTPPイリドは求核剤としてピルビン酸のケトンカルボニル基に付加しアルコール付加生成物を生じます。
続くステップ2の脱炭酸は、酢酢酸エステル合成(第22.7節)で見たβ-ケト酸の脱炭酸と類似の機構です。ピルビン酸付加生成物のC=N+結合がβ-ケト酸のC=O結合のように電子を受け入れながらCO2が脱離し、ヒドロキシエチルチアミン二リン酸(HETPP)を生じます。HETPPはエナミン(R3N−C=C)であり求核的であるため、酵素結合ジスルフィドであるリポアミドの硫黄原子へ求核攻撃しSN2型機構でもう一方の硫黄を置換します。
ヘミチオアセタール中間体はTPPイリドを脱離してアセチルジヒドロリポアミドを生成し、これがチオエステルとして補酵素Aと求核アシル置換反応を起こしアセチルCoAとジヒドロリポアミドを生じます。ジヒドロリポアミドはFADによってリポアミドへ再酸化され、生じたFADH2はNAD+によって再酸化されて触媒サイクルが完結します。
29.7 クエン酸サイクル
異化の初期段階により脂質と炭水化物の両方が、補酵素Aにチオエステル結合したアセチル基へ変換されます。アセチルCoAは続いて異化の次の段階——クエン酸サイクル(トリカルボン酸サイクル、TCAサイクル、または1937年にその複雑な仕組みを解明したHans Krebsにちなみクレブスサイクルとも呼ばれる)——に入ります。サイクルの総合的な結果は、8段階の反応連鎖によってアセチル基を2分子のCO2と還元型補酵素へ変換することです。
その名の通り、クエン酸サイクルは最終ステップの生成物(オキサロ酢酸)が最初のステップの反応物になる閉じた環状経路です。サイクルは酸化型補酵素NAD+とFADが利用可能な限り回り続け、還元型補酵素NADHとFADH2は電子伝達系によって再酸化される必要があります。
| ステップ | 反応 | 反応タイプ |
|---|---|---|
| 1 | アセチルCoA + オキサロ酢酸 → クエン酸 | アルドール反応(クエン酸シンターゼ)+求核アシル置換 |
| 2 | クエン酸 → cis-アコニット酸 → イソクエン酸 | E1cB脱水+共役付加(異性化) |
| 3 | イソクエン酸 → α-ケトグルタル酸 | NAD+酸化+β-ケト酸型脱炭酸 |
| 4 | α-ケトグルタル酸 → スクシニルCoA | 酸化的脱炭酸(TPP・リポアミド・FAD・NAD+機構) |
| 5 | スクシニルCoA → スクシナート | アシルリン酸経由・GDPのリン酸化(GTP生成)と共役 |
| 6 | スクシナート → フマル酸 | FAD依存脱水素(β酸化ステップ1と類似) |
| 7 | フマル酸 → (S)-リンゴ酸 | 水の共役付加(フマラーゼ、アンチ付加) |
| 8 | (S)-リンゴ酸 → オキサロ酢酸 | NAD+による酸化(リンゴ酸デヒドロゲナーゼ) |
ステップ1では、アセチルCoAがオキサロ酢酸のカルボニル基へ求核付加するアルドール反応によって(S)-シトリルCoAを生じ、クエン酸シンターゼによって触媒されます(第26.11節参照)。(S)-シトリルCoAは続いて同じ酵素により水との求核アシル置換でクエン酸へ加水分解されます。クエン酸のヒドロキシル基を持つ炭素はプロキラリティー中心で2本の同一なアームを持ち、アセチルCoAの初期アルドール反応がケトンカルボニル基のSi面から特異的に起こるため、クエン酸のpro-Sアームはアセチルc CoA由来、pro-Rアームはオキサロ酢酸由来になります。
ステップ2では、クエン酸(プロキラル第三級アルコール)がその異性体である(2R,3S)-イソクエン酸(キラル第二級アルコール)へ変換されます。この異性化は2段階で起こり、両方ともアコニターゼ酵素によって触媒されます。最初のステップはβ-ヒドロキシ酸のE1cB脱水でcis-アコニット酸を生じる、解糖系ステップ9(フィギュア29.8)と同種の反応です。2番目のステップはC=C結合への水の共役的求核付加です。
ステップ3では、(2R,3S)-イソクエン酸(第二級アルコール)がNAD+によって酸化されケトンであるオキサロスクシナートを生じ、これがCO2を失いα-ケトグルタル酸を生じます。イソクエン酸デヒドロゲナーゼによって触媒され、脱炭酸は酢酢酸エステル合成(第22.7節)と同様のβ-ケト酸の典型的な反応です。
ステップ4のα-ケトグルタル酸からスクシニルCoAへの変換は、フィギュア29.13で見たピルビン酸からアセチルCoAへの変換と同じ多段階過程です。
ステップ5のスクシニルCoAからスクシナートへの変換はスクシニルCoAシンテターゼによって触媒され、GDPのGTPへのリン酸化と共役しています。これは解糖系ステップ6〜8(チオエステルがアシルリン酸へ変換され、続いてリン酸基がADPへ転移される)と類似の総合変換であり、水を介さない実質的な「チオエステルの加水分解」です。
ステップ6では、スクシナートがFAD依存性スクシナートデヒドロゲナーゼによって脱水素されフマル酸を生じます。この過程はβ酸化経路(29.3節)で起こることと類似しており、立体特異的に一方の炭素からpro-S水素、もう一方の炭素からpro-R水素が除去されます。
ステップ7・8は、フマル酸への水の共役的求核付加で(S)-リンゴ酸を生じる反応(フマラーゼ触媒、ステップ2のcis-アコニット酸への水の付加と機構的に類似)と、NAD+による(S)-リンゴ酸の酸化でオキサロ酢酸を生じる反応(リンゴ酸デヒドロゲナーゼ触媒)です。クエン酸サイクルはここで出発点に戻り、再び回転する準備が整います。総合的な結果は次の式で表されます。
アセチルCoA + 3NAD+ + FAD + GDP + Pi + 2H2O → 2CO2 + HSCoA + 3NADH + 2H+ + FADH2 + GTP
29.8 炭水化物の生合成:糖新生
グルコースは食物が豊富な時の体の主要な燃料ですが、絶食時や長時間の運動時にはグルコース貯蔵が枯渇しえます。多くの組織はその後脂質をアセチルCoAの供給源として代謝し始めますが、脳は異なります。脳はほぼ完全にグルコースに依存して燃料を得ており、血液中の継続的な供給を必要とします。グルコースの供給がわずかな時間でも途絶えると不可逆的な損傷が生じることがあります。したがって、単純な前駆体からグルコースを合成する経路が決定的に重要です。
高等生物はアセチルCoAからグルコースを合成することができず、代わりに乳酸・グリセロール・アラニンのいずれかの3炭素前駆体を用います。これらはすべて容易にピルビン酸へ変換されます。
ピルビン酸はその後糖新生(gluconeogenesis)の出発点となります。糖新生は生物がグルコースを作る11段階の生合成経路です。糖新生経路は、グルコースを分解する解糖系経路の単純な逆ではありません。脂肪酸の異化・同化経路(29.3節・29.4節)と同様、炭水化物の異化・同化経路も両方がエネルギー的に有利になるよういくつかの点で異なります。
総合的な反応式は次の通りです。
2 ピルビン酸 + 4ATP + 2GTP + 2NADH + 2H+ + 4H2O → グルコース + 4ADP + 2GDP + 2NAD+ + 6Pi
解糖系がグルコース1分子あたり2ATPを生成するのに対し、糖新生はグルコース1分子の合成に4ATP+2GTP(合計6個の高エネルギーリン酸結合)を消費します。この非対称性は、異化(エネルギー回収)と同化(エネルギー投資)という代謝の基本的な性質を反映しています。
29.9 タンパク質の異化:脱アミノ
タンパク質の異化は脂質や炭水化物の異化よりはるかに複雑です。20種類のα-アミノ酸それぞれが独自の経路で分解されるためです。しかし一般的な考え方として、(1)α-アミノ基がまず脱アミノ過程によりアンモニアとして除去され、(2)アンモニアが尿素へ変換され、(3)残ったアミノ酸の炭素骨格(通常α-ケト酸)がクエン酸サイクルに入る化合物へ変換されます。
α-アミノ酸 →[脱アミノ] → α-ケト酸(クエン酸サイクルへ) + アンモニア →[尿素回路] → 尿素
脱アミノは通常トランスアミナーゼ反応(transamination)によって達成され、アミノ酸の−NH2基がα-ケトグルタル酸のケト基と交換され、新しいα-ケト酸とグルタミン酸が形成されます。全体の過程は2部分からなり、アミノトランスフェラーゼによって触媒され、補酵素ピリドキサルリン酸(PLP、ビタミンB6誘導体)の関与を必要とします。
トランスアミネーションの最初の部分の機構は、α-アミノ酸とPLPの反応から始まります。PLPは酵素のリジン残基側鎖の−NH2基とPLPのアルデヒド基の間のイミン結合によって酵素に共有結合しています。PLP-アミノ酸イミンの脱プロトン化/再プロトン化によりイミンのC=N結合が互変異性化し、互変異性化したイミンの加水分解によりα-ケト酸とピリドキサミンリン酸(PMP)が生じます。
PLPとα-アミノ酸がPMPとα-ケト酸に変換された後、触媒サイクルを完結させるためPMPはPLPへ戻る必要があります。この変換はもう一つのトランスアミネーション反応によって起こり、今度はPMPとα-ケト酸(通常α-ケトグルタル酸)の間で起こります。生成物はPLPとグルタミン酸であり、機構は先述の図の正確な逆です。
29.10 生物有機化学についての結論
これまでの節では非常に多数の反応を駆け足で見てきました。すべてを追うには相当な労力と、以前の章を見返すための多くのページめくりが必要だったことでしょう。
さまざまな代謝経路を検討した後に得られる主要な結論は、おそらく生体反応の機構と実験室反応の機構との間の驚くべき類似性です。ビタミンB12生合成のステップを見ても、本書全体で見てきたのと同じ種類の反応——求核置換・脱離・アルドール反応・求核アシル置換など——が見られます。もちろんいくつかの複雑さはありますが、有機化学の基本機構は、実験室の小さな分子であれ生物の大きな分子であれ変わらないのです。
まとめ:第29章 代謝経路の有機化学
本章のまとめ:マクマリー有機化学を通じて
第29章は本書全体の総まとめにふさわしい内容でした。第19〜24章で学んだカルボニル化学(求核付加・求核アシル置換・アルドール反応・Claisen縮合・E1cB脱離)、第25〜28章で学んだ生体分子(糖質・アミノ酸・脂質・核酸)の知識が、すべてここで一つに収束します。代謝経路を「未知の複雑な生命現象」ではなく「見慣れた反応機構の組み合わせ」として読めるようになったなら、有機化学という学問の威力を実感できたはずです。
