サイトアイコン 化学に関する情報を発信

「代謝経路の有機化学」完全解説|β酸化・解糖系・クエン酸サイクル・糖新生・脱アミノを徹底整理

「生体内の反応は複雑で特殊だ」と思っていませんか。実は、解糖系・クエン酸サイクル・脂肪酸の分解と合成といった代謝経路の中身を分解してみると、そこにあるのは求核アシル置換・アルドール反応・E1cB脱離・共役付加・脱炭酸といった、皮膚いままで学んできた有機反応機構そのものです。酵素という巨大な「触媒」がついているだけで、反応の論理は試験管内の有機化学と完全に同じなのです。

第26〜28章でアミノ酸・タンパク質、脂質、核酸という生体分子を個別に学びました。本章はその総まとめとして、これらの分子が実際にどう分解され(異化・catabolism)、どう合成され(同化・anabolism)、どうエネルギー(ATP)を生み出すのかという代謝経路(metabolic pathway)を、有機反応機構の言葉で読み解きます。マクマリー有機化学の最終章にふさわしく、これまで学んだ反応タイプの総決算ともいえる章です。

第29章のゴール
① 異化(catabolism)と同化(anabolism)の違いと、ATP/ADP共役反応の原理を説明できる
② 脂肪酸のβ酸化4段階(脱水素・水和・酸化・レトロClaisen型開裂)を反応機構で書ける
③ 脂肪酸生合成がβ酸化の単純な逆ではなく異なる経路をたどる理由を説明できる
④ 解糖系10ステップを構成する反応タイプ(リン酸化・異性化・アルドール開裂・酸化など)を分類できる
⑤ ピルビン酸からアセチルCoAへの変換における補酵素TPP・リポアミド・FAD・NAD⁺の役割を説明できる
⑥ クエン酸サイクル8段階の反応機構(アルドール・E1cB脱水・酸化的脱炭酸など)を説明できる
⑦ 糖新生が解糖系の単純な逆反応ではない理由(2つの不可逆ステップの回避)を説明できる
⑧ アミノ酸の脱アミノ(トランスアミナーゼ・ピリドキサルリン酸PLP機構)を説明できる

29.1 代謝の概観と生体エネルギー

生体内の細胞で起こる多数の反応をまとめて代謝(metabolism)と呼びます。大きな分子を小さな分子へ分解する経路を異化(catabolism)、小さな分子から大きな生体分子を合成する経路を同化(anabolism)と呼びます。異化反応は通常発エルゴン的(exergonic)でエネルギーを放出し、同化反応は通常吸エルゴン的(endergonic)でエネルギーを吸収します。

食物の異化は次の4段階に分けられます。

脂質・糖質・タンパク質 →[加水分解:消化] → 脂肪酸/グリセロール・単糖・アミノ酸
                              ↓[β酸化・解糖系など]
                          アセチルCoA →[クエン酸サイクル] → CO2
                                              ↓
                                       電子伝達系 → ATP

アセチルCoA中のアセチル基はホスホパンテテインの硫黄原子にチオエステル結合で連結し、ホスホパンテテインはさらにアデノシン3′,5′-二リン酸に連結しています(第21.8節参照)。食物異化の最終結果としてATPは細胞の「エネルギー通貨」と呼ばれます。異化反応はATPを合成するためにエネルギーを「支払い」、同化反応はATPを別の分子へリン酸基を転移することでそのエネルギーを「使う」わけです。

ATPとADPの構造:リン酸無水物
ATP(アデノシン三リン酸)とADP(アデノシン二リン酸)はいずれもリン酸無水物であり、カルボン酸無水物のR−C(=O)−O−C(=O)−R’結合に対応するP−O−P結合を持っています。カルボン酸無水物がアルコールと反応してC−O結合の開裂とエステル形成を起こすのと同様に、リン酸無水物はアルコールと反応してP−O結合の開裂とリン酸エステル(ROPO32−)の形成を起こします。これは実質的にリン原子への求核アシル置換反応です。ATPによるリン酸化反応には通常、リン酸の酸素原子とルイス酸・塩基複合体を形成し負電荷を中和するための二価金属カチオン(通常Mg2+)が酵素内に必要です。

体内でATPがどのように使われるかを理解する鍵は「共役(coupling)」です。第6.7節で学んだように、反応が自発的に起こるには自由エネルギー変化ΔGが負である必要があります。ΔGが正なら、その反応はエネルギー的に不利で自発的には起こりません。

エネルギー的に不利な反応を進行させるには、それをエネルギー的に有利な反応と「共役」させ、2つの反応を合わせた全体の自由エネルギー変化を有利にする必要があります。共役の仕組みを理解するため、反応1が平衡定数が小さくエネルギー的に不利(ΔG > 0)であるために実質的に進行しないとします。

反応1:A + m ↔ B + n  ΔG > 0
反応2:n + o → p + q  ΔG << 0
全体: A + m + o → B + p + q  ΔG < 0(有利)

ここでAとBは生化学的に重要な物質、m・nは酵素の補因子・H2O・その他の小分子です。反応1の生成物nが反応2の反応物として消費される(共通中間体nを介して2反応が「共役」している)ため、反応1でわずかにnが生じるたびに反応2でほぼ完全に消費され、反応1の平衡からnが除かれ続けます。その結果、反応1は反応物Aがなくなるまでnを補充し続けます。つまり有利な反応2が不利な反応1を「駆動」するのです。

具体例として、グルコースのリン酸化によるグルコース6-リン酸の生成を見てみましょう。

グルコース + HOPO32− → グルコース6-リン酸 + H2O  ΔG°′ = +13.8 kJ/mol(不利)
ATP + H2O → ADP + HOPO32− + H+  ΔG°′ = −30.5 kJ/mol(有利)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
全体:グルコース + ATP → グルコース6-リン酸 + ADP + H+  ΔG°′ = −16.7 kJ/mol(有利)

グルコース単独でのリン酸化はエネルギー的に不利(ΔG°′ = +13.8 kJ/mol)ですが、ATPの加水分解(ΔG°′ = −30.5 kJ/mol)と共役させることで全体として−16.7 kJ/mol(−4.0 kcal/mol)の有利な反応になります。ATPがグルコースのリン酸化反応を「駆動」しているのです。生成したリン酸エステルは元のアルコールよりも求核置換・脱離反応における脱離基としてはるかに反応性が高く、化学的に有用です。

覚え方:共役反応は「合算のΔGが負になればOK」
個々の反応のΔGが正であっても問題ありません。共通中間体を介して2つの反応を足し合わせたときの全体ΔGが負であれば、生体内では反応は進行します。ATPの加水分解(ΔG°′ = −30.5 kJ/mol)は非常に強力な「エネルギー源」として、多数の不利な生合成反応を駆動する万能ドライバーの役割を果たしています。

29.2 トリアシルグリセロールの異化:グリセロールの行方

トリアシルグリセロール(中性脂肪)の代謝分解は、胃と小腸での加水分解によりグリセロールと脂肪酸を生じることから始まります。この反応はリパーゼによって触媒され、酵素活性部位はアスパラギン酸・ヒスチジン・セリン残基からなる触媒三残基(catalytic triad)を含み、これらが協同して個々のステップに必要な酸・塩基触媒作用を提供します。加水分解は2回連続の求核アシル置換反応によって達成され、1回目は酵素のセリン残基側鎖の−OH基にアシル基を共有結合させ、2回目は脂肪酸を酵素から解離させます。

まとめ:リパーゼの触媒三残基機構
① ヒスチジンが塩基としてセリンの−OHを脱プロトン化(アスパラギン酸のカルボキシラートがヒスチジンカチオンを安定化)
② 脱プロトン化したセリンがトリアシルグリセロールのカルボニル基に付加し四面体中間体を形成
③ 中間体がジアシルグリセロールを脱離基として放出し、アシル化酵素(アシルエンザイム)を生成
④ ヒスチジンが水を脱プロトン化し、生じた水酸化物イオンがアシル基に付加して2回目の四面体中間体を形成
⑤ 中間体がセリンを脱離基として放出し、遊離の脂肪酸を生成して酵素は元の状態に戻る
この一連の流れは「求核アシル置換×2」というシンプルな反応の組み合わせです。

トリアシルグリセロールの加水分解で生じた脂肪酸はミトコンドリアへ運ばれアセチルCoAへ分解され、一方グリセロールは肝臓へ運ばれてさらに代謝されます。肝臓ではグリセロールはまずATPとの反応でリン酸化され、続いてNAD+によって酸化されます。生成するジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)は炭水化物の解糖系経路に入ります(29.5節)。

グリセロール →[ATP/リン酸化] → sn-グリセロール3-リン酸 →[NAD+/酸化] → ジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)

グリセロールのC2はプロキラル中心であり、2本の同一な「アーム」を持ちます。酵素触媒反応に典型的なように、グリセロールのリン酸化は選択的であり、pro-R側のアームのみが反応します(事前に予測することはできません)。リン酸化生成物はsn-グリセロール3-リン酸と呼ばれ、sn-は「立体特異的番号付け(stereospecific numbering)」を意味します。

29.3 トリアシルグリセロールの異化:β酸化

トリアシルグリセロールの加水分解で生じた脂肪酸は補酵素Aとチオエステルを形成し、続いてβ酸化経路(β-oxidation pathway)と呼ばれる4段階の反復的な反応で異化されます。経路を1回通過するごとに脂肪酸鎖の末端からアセチル基が1個切り出され、分子全体が最終的に分解されます。生じたアセチル基はそれぞれクエン酸サイクルに入りCO2へさらに分解されます(29.7節)。

ポイント:β酸化4段階の反応タイプ
脱水素:FADにより脂肪アシルCoAのC2・C3から水素を除去しα,β-不飽和アシルCoAを生成
共役付加(水和):エノイルCoAヒドラターゼにより二重結合へ水が共役付加しβ-ヒドロキシアシルCoAを生成
酸化:NAD+によりアルコールが酸化されβ-ケトチオエステルを生成
レトロClaisen型開裂(鎖切断):補酵素Aの求核付加に続くレトロClaisen縮合反応により、アセチルCoAと2炭素短縮されたアシルCoAが生成
この4段階は「脱水素 → 水和 → 酸化 → レトロClaisen開裂」という順序を覚えれば再現できます。

ステップ1:二重結合の導入

β酸化経路は、アシルCoAデヒドロゲナーゼ群の1つによって脂肪アシルCoAのC2とC3から2個の水素原子が除去され、α,β-不飽和アシルCoAを生じることから始まります。カルボニル化合物への共役二重結合の導入というこの種の酸化は生化学経路で頻繁に起こり、通常補酵素フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を必要とします。還元されたFADH2が副生成物として生じます。

FAD触媒反応の機構はフラビン補酵素が2電子(極性)経路と1電子(ラジカル)経路の両方をたどりうるため確立が難しいことが多いですが、わかっていることとして:(1)最初のステップはアシルCoAの酸性なα位からpro-R水素が脱離し、チオエステルエノラートイオンを生成すること、(2)β位のpro-R水素がFADへ転移すること、(3)生じるα,β-不飽和アシルCoAはトランス二重結合を持つことが知られています。

ステップ2:水の共役付加

ステップ1で生じたα,β-不飽和アシルCoAは、エノイルCoAヒドラターゼによって触媒される共役付加経路(第19.13節)で水と反応し、β-ヒドロキシアシルCoAを生じます。求核剤としての水が二重結合のβ炭素に付加し、α位がプロトン化されたチオエステルエノラートイオン中間体を生じます。

ステップ3:アルコールの酸化

ステップ2のβ-ヒドロキシアシルCoAは、鎖長に対する基質特異性が異なるL-3-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ群の1つによって触媒される反応でβ-ケトアシルCoAへ酸化されます。29.2節末で触れたsn-グリセロール3-リン酸からジヒドロキシアセトンリン酸への酸化と同様、このアルコール酸化はNAD+を補酵素として要し、副生成物として還元型NADH/H+を生じます。

ステップ4:鎖の切断

β酸化の最終ステップでアセチルCoAが鎖から切り出され、元の分子より2炭素短いアシルCoAが残ります。反応はβ-ケトアシルCoAチオラーゼによって触媒され、機構的にはClaisen縮合反応の逆反応(レトロClaisen反応)です(第23.7節参照)。順方向ではClaisen縮合が2分子のエステルを結合させβ-ケトエステル生成物を与えますが、逆方向ではレトロClaisen反応がβ-ケトエステル(この場合はβ-ケトチオエステル)を開裂させ2分子のエステル(チオエステル)を生じます。

レトロClaisen反応は、酵素上のシステインSH基がβ-ケトアシルCoAのケト基へ求核付加してアルコキシドイオン中間体を生じることで起こります。続いてC2−C3結合が切断され、アセチルCoAエノラートイオンが脱離し即座にプロトン化されます。酵素結合アシル基はその後コエンザイムAとの反応で求核アシル置換を受け、生じた鎖短縮アシルCoAはさらなる分解のためにβ酸化経路に再突入します。

ミリスチン酸(14炭素飽和脂肪酸)の異化を例にとると、β酸化経路の全体像が見えます。1回目の通過でミリストイルCoA(C14)はラウロイルCoA(C12)+アセチルCoAへ、2回目でラウロイルCoAはカプロイルCoA(C10)+アセチルCoAへ、3回目でカプロイルCoAはカプリロイルCoA(C8)へ変換されます。最終通過では前駆体が4炭素であるため2分子のアセチルCoAが生じます。

ミリストイルCoA(C14) →[β酸化×6回] → アセチルCoA × 7分子

ほとんどの脂肪酸は偶数個の炭素原子を持つためβ酸化後に余りは生じません。奇数個の炭素原子を持つ脂肪酸は最終のβ酸化で3炭素のプロピオニルCoAを生じ、これは多段階のラジカル経路でスクシナートへ変換され、スクシナートはクエン酸サイクルに入ります(29.7節)。

注意:β酸化と脂肪酸生合成は単純な逆反応ではない
β酸化(脂肪酸→アセチルCoA)と脂肪酸生合成(アセチルCoA→脂肪酸)は関連していますが、正確には逆反応ではありません。違いはアシル基の運搬体(β酸化はCoA、生合成はACP)、β-ヒドロキシアシル中間体の立体化学、酸化還元補酵素の種類(β酸化は二重結合導入にFAD、生合成は二重結合還元にNADPHを使用)にあります。両方向がエネルギー的に有利であるためには経路が異なる必要があるという、生体内代謝の一般原則の典型例です。

29.4 脂肪酸の生合成

一般的な脂肪酸の著しい特徴の一つは偶数個の炭素原子を持つことです(第27.1節の表参照)。これは、すべての脂肪酸がアセチルCoAから2炭素単位を逐次付加することによって生合成されるために起こります。アセチルCoAは主に解糖系経路(29.5節)における炭水化物の代謝分解から生じます。つまり、即時のエネルギー需要を超えて摂取された食事性炭水化物は貯蔵のために脂肪へ変換されるのです。

生化学の一般原則として、ある物質が作られる同化経路はその物質が分解される異化経路の逆ではありません。両方向がエネルギー的に有利であるためには、2つの経路はいくつかの点で異なる必要があります。

細菌では脂肪酸合成の各ステップが個別の酵素によって触媒されますが、脊椎動物では脂肪酸合成はシンタセース(synthase)と呼ばれる巨大な多酵素複合体によって触媒され、経路のすべてのステップを触媒します。実際、18炭素の脂肪酸の場合、シンタセースは42個の個別ステップを触媒します!

ステップ 反応 ポイント
1.アシル転移 アセチルCoAをアセチルACP(アシルキャリアタンパク質)へ変換 求核アシル置換。ACPはホスホパンテテインを介しセリン残基に連結
2.アシル転移 アセチル基をシンタセース複合体のシステイン残基へ共有結合 さらなる求核アシル置換。後続の縮合ステップの準備
3.カルボキシル化 アセチルCoAをHCO3・ATPと反応させマロニルCoAを生成 補酵素ビオチンがCO2キャリアとして機能。N-カルボキシビオチン経由
4.アシル転移 マロニルCoAをマロニルACPへ変換 求核アシル置換。アセチル基・マロニル基が共に酵素に結合した状態に
5.縮合 アセチルシンタセースとマロニルACPのClaisen縮合でアセトアセチルACPを生成 マロニルACPの脱炭酸でエノラートイオンを生成、続いて求核付加
6.還元 ケトンをNADPHで還元しβ-ヒドロキシブチリルACPを生成 R立体化学が新生キラリティー中心に生じる
7.脱水 β-ヒドロキシブチリルACPの脱水でクロトニルACPを生成 E1cB機構。α,β-不飽和チオエステルを生成
8.還元 二重結合をNADPHで還元しブチリルACPを生成 NADPHからのヒドリドの共役付加。脊椎動物では全体syn付加

8段階の効果は、2個の2炭素アセチル基を結合させ4炭素のブチリル基にすることです。ブチリル基をさらにマロニルACPと縮合させると6炭素単位が、さらに繰り返すと2炭素ずつ鎖が伸長し最終的に16炭素のパルミトイルACPが生成します。それ以上の鎖伸長は同様の反応で起こりますが、ACPではなくCoAがキャリアとして働き、複数の個別酵素がシンタセース複合体に代わってステップごとに必要になります。

覚え方:脂肪酸生合成は「アルドール縮合の繰り返し」
脂肪酸生合成の本質は、Claisen縮合(ステップ5)→還元(ステップ6)→脱水(ステップ7)→還元(ステップ8)という4段階の繰り返しで炭素鎖を2個ずつ伸ばすことです。この「縮合→還元→脱水→還元」のパターンは、β酸化の「脱水素→水和→酸化→開裂」のパターンと対称的でありながら、補酵素の使い分け(NADPH vs FAD/NAD+)と運搬体の違い(ACP vs CoA)によって両方向ともエネルギー的に有利になっています。

29.5 炭水化物の異化:解糖系

グルコースは体の主要な短期エネルギー源です。その異化は解糖系(glycolysis)から始まり、グルコースを2当量のピルビン酸(CH3COCO2)へ分解する10個の酵素触媒反応の連鎖です。発見者にちなみエムデン-マイヤーホフ経路とも呼ばれます。

ステップ 反応 反応タイプ
1 グルコース → グルコース6-リン酸 ATPによるリン酸化(ヘキソキナーゼ)
2 グルコース6-リン酸 → フルクトース6-リン酸 ケト-エノール互変異性化(共通エンジオール経由)
3 フルクトース6-リン酸 → フルクトース1,6-ビスリン酸 ATPによるリン酸化(ホスホフルクトキナーゼ)
4 フルクトース1,6-ビスリン酸 → GAP + DHAP レトロアルドール開裂(イミニウムイオン経由)
5 DHAP → グリセルアルデヒド3-リン酸(GAP) ケト-エノール互変異性化(共通エンジオール経由)
6 GAP → 1,3-ビスホスホグリセラート ヘミチオアセタール経由の酸化(NAD+)+リン酸化
7 1,3-ビスホスホグリセラート → 3-ホスホグリセラート リン原子への求核置換でATP生成
8 3-ホスホグリセラート → 2-ホスホグリセラート ホスホリル基転移による異性化
9 2-ホスホグリセラート → ホスホエノールピルビン酸(PEP) E1cB脱水(エノラーゼ)
10 PEP → ピルビン酸 ホスホリル転移でATP生成(ピルビン酸キナーゼ)

特に重要なステップを見てみましょう。ステップ4のフルクトース1,6-ビスリン酸の開裂はアルドール反応の逆反応(レトロアルドール反応)です。植物・動物で機能するクラスIアルドラーゼは、フルクトース1,6-ビスリン酸が酵素のリジン残基側鎖の−NH2基と反応してプロトン化された酵素結合イミン(生化学ではシッフ塩基と呼ばれる)を形成することで進行します。正電荷を持つイミニウムイオンはケトンカルボニル基よりも優れた電子受容体であるため、レトロアルドール反応が進行し、グリセルアルデヒド3-リン酸とエナミンを生じます。

ステップ9の2-ホスホグリセラートの脱水は典型的なE1cB機構であり、第23.3節で学んだβ-ヒドロキシカルボニル化合物の脱水と同じパターンです。解糖系全体の総括反応式は次の通りです。

グルコース + 2NAD+ + 2ADP + 2Pi
   → 2 ピルビン酸 + 2NADH + 2ATP + 2H2O + 2H+
まとめ:解糖系10ステップに登場する反応タイプ
解糖系の10ステップは、リン酸化(ステップ1・3)、ケト-エノール互変異性化(ステップ2・5)、レトロアルドール開裂(ステップ4)、酸化+リン酸化(ステップ6)、求核置換によるATP生成(ステップ7・10)、ホスホリル転移異性化(ステップ8)、E1cB脱水(ステップ9)という、これまで学んだ反応タイプの組み合わせにすぎません。

29.6 ピルビン酸からアセチルCoAへの変換

グルコースの異化(および複数のアミノ酸の分解)で生じたピルビン酸は、条件と生物種によりさらにいくつかの変換を受けます。酸素がない場合、ピルビン酸はNADHにより還元され乳酸[CH3CH(OH)CO2]を生じるか、酵母ではエタノールへ発酵されます。哺乳類の典型的な好気条件下では、ピルビン酸は酸化的脱炭酸と呼ばれる過程でアセチルCoAとCO2へ変換されます(カルボニル炭素の酸化状態がケトンからチオエステルへ上昇するため「酸化的」)。

この変換はピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体と呼ばれる酵素・補酵素の複合体によって触媒される多段階反応で起こり、3つの段階で進行します。

ポイント:ピルビン酸→アセチルCoA変換の5ステップと4つの補酵素
TPP付加:チアミン二リン酸(TPP、ビタミンB1誘導体)のイリドがWittig試薬のように求核的にピルビンのケトン基へ付加
脱炭酸:β-ケト酸の脱炭酸と同様の機構でCO2が脱離しヒドロキシエチルTPP(HETPP)を生成
リポアミドとの反応:エナミンであるHETPPがリポアミドのジスルフィド結合へSN2型置換で求核攻撃しヘミチオアセタールを生成
TPPイリドの脱離:ヘミチオアセタールがTPPイリドを脱離してアセチルジヒドロリポアミドを生成
アシル転移:補酵素Aとの求核アシル置換でアセチルCoA+ジヒドロリポアミドを生成。ジヒドロリポアミドはFADで再酸化、生じたFADH2はNAD+で再酸化され触媒回路が完結する
4つの補酵素(TPP・リポアミド・FAD・NAD+)が次々にバトンを受け渡す様子をセットで覚えましょう。

チアミン二リン酸の重要な構造要素はチアゾリウム環——硫黄原子と正電荷を持つ窒素原子を含む5員不飽和複素環——です。チアゾリウム環は弱酸性で、NとSの間の環水素のpKaは約18です。そのため塩基によって脱プロトン化されると、Wittig反応で使われるホスホニウムイリドに似たイリドが形成されます。このTPPイリドは求核剤としてピルビン酸のケトンカルボニル基に付加しアルコール付加生成物を生じます。

続くステップ2の脱炭酸は、酢酢酸エステル合成(第22.7節)で見たβ-ケト酸の脱炭酸と類似の機構です。ピルビン酸付加生成物のC=N+結合がβ-ケト酸のC=O結合のように電子を受け入れながらCO2が脱離し、ヒドロキシエチルチアミン二リン酸(HETPP)を生じます。HETPPはエナミン(R3N−C=C)であり求核的であるため、酵素結合ジスルフィドであるリポアミドの硫黄原子へ求核攻撃しSN2型機構でもう一方の硫黄を置換します。

ヘミチオアセタール中間体はTPPイリドを脱離してアセチルジヒドロリポアミドを生成し、これがチオエステルとして補酵素Aと求核アシル置換反応を起こしアセチルCoAとジヒドロリポアミドを生じます。ジヒドロリポアミドはFADによってリポアミドへ再酸化され、生じたFADH2はNAD+によって再酸化されて触媒サイクルが完結します。

注意:α-ケトグルタル酸の脱炭酸も全く同じ機構
クエン酸サイクルのステップ4(α-ケトグルタル酸→スクシニルCoA)は、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換と本質的に同じ多段階機構をたどります。α-ケト酸がCO2を失い、TPP・リポアミド・FAD・NAD+を介してチオエステルへ酸化される、という同じパターンが繰り返されます。両者を別々に覚えるのではなく「α-ケト酸の酸化的脱炭酸」という1つの反応タイプとして理解しましょう。

29.7 クエン酸サイクル

異化の初期段階により脂質と炭水化物の両方が、補酵素Aにチオエステル結合したアセチル基へ変換されます。アセチルCoAは続いて異化の次の段階——クエン酸サイクル(トリカルボン酸サイクル、TCAサイクル、または1937年にその複雑な仕組みを解明したHans Krebsにちなみクレブスサイクルとも呼ばれる)——に入ります。サイクルの総合的な結果は、8段階の反応連鎖によってアセチル基を2分子のCO2と還元型補酵素へ変換することです。

その名の通り、クエン酸サイクルは最終ステップの生成物(オキサロ酢酸)が最初のステップの反応物になる閉じた環状経路です。サイクルは酸化型補酵素NAD+とFADが利用可能な限り回り続け、還元型補酵素NADHとFADH2は電子伝達系によって再酸化される必要があります。

ステップ 反応 反応タイプ
1 アセチルCoA + オキサロ酢酸 → クエン酸 アルドール反応(クエン酸シンターゼ)+求核アシル置換
2 クエン酸 → cis-アコニット酸 → イソクエン酸 E1cB脱水+共役付加(異性化)
3 イソクエン酸 → α-ケトグルタル酸 NAD+酸化+β-ケト酸型脱炭酸
4 α-ケトグルタル酸 → スクシニルCoA 酸化的脱炭酸(TPP・リポアミド・FAD・NAD+機構)
5 スクシニルCoA → スクシナート アシルリン酸経由・GDPのリン酸化(GTP生成)と共役
6 スクシナート → フマル酸 FAD依存脱水素(β酸化ステップ1と類似)
7 フマル酸 → (S)-リンゴ酸 水の共役付加(フマラーゼ、アンチ付加)
8 (S)-リンゴ酸 → オキサロ酢酸 NAD+による酸化(リンゴ酸デヒドロゲナーゼ)

ステップ1では、アセチルCoAがオキサロ酢酸のカルボニル基へ求核付加するアルドール反応によって(S)-シトリルCoAを生じ、クエン酸シンターゼによって触媒されます(第26.11節参照)。(S)-シトリルCoAは続いて同じ酵素により水との求核アシル置換でクエン酸へ加水分解されます。クエン酸のヒドロキシル基を持つ炭素はプロキラリティー中心で2本の同一なアームを持ち、アセチルCoAの初期アルドール反応がケトンカルボニル基のSi面から特異的に起こるため、クエン酸のpro-Sアームはアセチルc CoA由来、pro-Rアームはオキサロ酢酸由来になります。

ステップ2では、クエン酸(プロキラル第三級アルコール)がその異性体である(2R,3S)-イソクエン酸(キラル第二級アルコール)へ変換されます。この異性化は2段階で起こり、両方ともアコニターゼ酵素によって触媒されます。最初のステップはβ-ヒドロキシ酸のE1cB脱水でcis-アコニット酸を生じる、解糖系ステップ9(フィギュア29.8)と同種の反応です。2番目のステップはC=C結合への水の共役的求核付加です。

ステップ3では、(2R,3S)-イソクエン酸(第二級アルコール)がNAD+によって酸化されケトンであるオキサロスクシナートを生じ、これがCO2を失いα-ケトグルタル酸を生じます。イソクエン酸デヒドロゲナーゼによって触媒され、脱炭酸は酢酢酸エステル合成(第22.7節)と同様のβ-ケト酸の典型的な反応です。

ステップ4のα-ケトグルタル酸からスクシニルCoAへの変換は、フィギュア29.13で見たピルビン酸からアセチルCoAへの変換と同じ多段階過程です。

ステップ5のスクシニルCoAからスクシナートへの変換はスクシニルCoAシンテターゼによって触媒され、GDPのGTPへのリン酸化と共役しています。これは解糖系ステップ6〜8(チオエステルがアシルリン酸へ変換され、続いてリン酸基がADPへ転移される)と類似の総合変換であり、水を介さない実質的な「チオエステルの加水分解」です。

ステップ6では、スクシナートがFAD依存性スクシナートデヒドロゲナーゼによって脱水素されフマル酸を生じます。この過程はβ酸化経路(29.3節)で起こることと類似しており、立体特異的に一方の炭素からpro-S水素、もう一方の炭素からpro-R水素が除去されます。

ステップ7・8は、フマル酸への水の共役的求核付加で(S)-リンゴ酸を生じる反応(フマラーゼ触媒、ステップ2のcis-アコニット酸への水の付加と機構的に類似)と、NAD+による(S)-リンゴ酸の酸化でオキサロ酢酸を生じる反応(リンゴ酸デヒドロゲナーゼ触媒)です。クエン酸サイクルはここで出発点に戻り、再び回転する準備が整います。総合的な結果は次の式で表されます。

アセチルCoA + 3NAD+ + FAD + GDP + Pi + 2H2O
   → 2CO2 + HSCoA + 3NADH + 2H+ + FADH2 + GTP
まとめ:クエン酸サイクル8段階を反応タイプで整理
クエン酸サイクルは「アルドール(ステップ1)→ E1cB脱水+共役付加(ステップ2)→ NAD+酸化+脱炭酸(ステップ3)→ 酸化的脱炭酸(ステップ4)→ アシルリン酸経由のリン酸化共役(ステップ5)→ FAD脱水素(ステップ6)→ 水の共役付加(ステップ7)→ NAD+酸化(ステップ8)」という、見慣れた反応タイプの組み合わせです。1サイクルで3NADH・1FADH2・1GTPが生成し、電子伝達系を通じて大量のATPに変換されます。

29.8 炭水化物の生合成:糖新生

グルコースは食物が豊富な時の体の主要な燃料ですが、絶食時や長時間の運動時にはグルコース貯蔵が枯渇しえます。多くの組織はその後脂質をアセチルCoAの供給源として代謝し始めますが、脳は異なります。脳はほぼ完全にグルコースに依存して燃料を得ており、血液中の継続的な供給を必要とします。グルコースの供給がわずかな時間でも途絶えると不可逆的な損傷が生じることがあります。したがって、単純な前駆体からグルコースを合成する経路が決定的に重要です。

高等生物はアセチルCoAからグルコースを合成することができず、代わりに乳酸・グリセロール・アラニンのいずれかの3炭素前駆体を用います。これらはすべて容易にピルビン酸へ変換されます。

ピルビン酸はその後糖新生(gluconeogenesis)の出発点となります。糖新生は生物がグルコースを作る11段階の生合成経路です。糖新生経路は、グルコースを分解する解糖系経路の単純な逆ではありません。脂肪酸の異化・同化経路(29.3節・29.4節)と同様、炭水化物の異化・同化経路も両方がエネルギー的に有利になるよういくつかの点で異なります。

注意:糖新生で「逆反応」にならない2つのステップ
糖新生11ステップのうち大部分は解糖系の機構的な逆反応ですが、3つのステップは明確に異なります。
ステップ1〜2:ピルビン酸からホスホエノールピルビン酸への変換は、解糖系ステップ10の単純な逆ではなく、ビオチン依存性のカルボキシル化(ピルビン酸→オキサロ酢酸)と脱炭酸+GTPによるリン酸化という2段階の迂回経路をとります。このオキサロ酢酸の脱炭酸は、クエン酸サイクルステップ3(イソクエン酸→α-ケトグルタル酸)と同じレトロアルドール機構で進行します。これはホスホエノールピルビン酸が高エネルギーでありADPからのリン酸化では合成できないためです。
ステップ9・11:フルクトース1,6-ビスリン酸→フルクトース6-リン酸、グルコース6-リン酸→グルコースの脱リン酸化は、ATPを生成する解糖系の逆(ADPへのリン酸基転移)ではなく、直接の加水分解(ホスファターゼ触媒)で進行します。ATPが高エネルギーすぎてこの逆方向のリン酸化反応がエネルギー的に不利だからです。
この「迂回」こそが、異化と同化が単純な逆反応ではなく別経路をとる理由を示す好例です。

総合的な反応式は次の通りです。

2 ピルビン酸 + 4ATP + 2GTP + 2NADH + 2H+ + 4H2O
   → グルコース + 4ADP + 2GDP + 2NAD+ + 6Pi

解糖系がグルコース1分子あたり2ATPを生成するのに対し、糖新生はグルコース1分子の合成に4ATP+2GTP(合計6個の高エネルギーリン酸結合)を消費します。この非対称性は、異化(エネルギー回収)と同化(エネルギー投資)という代謝の基本的な性質を反映しています。

29.9 タンパク質の異化:脱アミノ

タンパク質の異化は脂質や炭水化物の異化よりはるかに複雑です。20種類のα-アミノ酸それぞれが独自の経路で分解されるためです。しかし一般的な考え方として、(1)α-アミノ基がまず脱アミノ過程によりアンモニアとして除去され、(2)アンモニアが尿素へ変換され、(3)残ったアミノ酸の炭素骨格(通常α-ケト酸)がクエン酸サイクルに入る化合物へ変換されます。

α-アミノ酸 →[脱アミノ] → α-ケト酸(クエン酸サイクルへ) + アンモニア →[尿素回路] → 尿素

脱アミノは通常トランスアミナーゼ反応(transamination)によって達成され、アミノ酸の−NH2基がα-ケトグルタル酸のケト基と交換され、新しいα-ケト酸とグルタミン酸が形成されます。全体の過程は2部分からなり、アミノトランスフェラーゼによって触媒され、補酵素ピリドキサルリン酸(PLP、ビタミンB6誘導体)の関与を必要とします。

ポイント:PLP依存トランスアミナーゼの機構(4段階)
トランスイミネーション:酵素のリジン残基と結合したPLP-酵素イミンに、アミノ酸の−NH2基が求核付加し、PLP-アミノ酸イミン+遊離酵素(リジンのアミノ基が脱離基)を生成
互変異性化:酵素の塩基性リジン残基がアミノ酸の酸性α位を脱プロトン化し、PLPピリジン環が電子受容体として働き、C=N結合のα-ケト酸イミン互変異性体が生成
加水分解:α-ケト酸イミンへの水の求核付加でα-ケト酸+ピリドキサミンリン酸(PMP)を生成
PLPの再生:PMPがα-ケトグルタル酸と逆の機構で反応し、PLP-酵素イミン+グルタミン酸を再生して触媒回路が完結
このサイクルはアミンとケトンの間のイミン形成・加水分解(第19.8節)の繰り返しにすぎません。

トランスアミネーションの最初の部分の機構は、α-アミノ酸とPLPの反応から始まります。PLPは酵素のリジン残基側鎖の−NH2基とPLPのアルデヒド基の間のイミン結合によって酵素に共有結合しています。PLP-アミノ酸イミンの脱プロトン化/再プロトン化によりイミンのC=N結合が互変異性化し、互変異性化したイミンの加水分解によりα-ケト酸とピリドキサミンリン酸(PMP)が生じます。

PLPとα-アミノ酸がPMPとα-ケト酸に変換された後、触媒サイクルを完結させるためPMPはPLPへ戻る必要があります。この変換はもう一つのトランスアミネーション反応によって起こり、今度はPMPとα-ケト酸(通常α-ケトグルタル酸)の間で起こります。生成物はPLPとグルタミン酸であり、機構は先述の図の正確な逆です。

豆知識:トランスアミナーゼ反応はWittig反応・アルドール反応と同じ「カルボニル化学」
PLP依存トランスアミナーゼの機構を見ると、イミン形成(求核付加)→脱プロトン化/再プロトン化(互変異性化)→加水分解(イミンの逆反応)という、第19章で学んだカルボニル化合物の反応パターンがそのまま使われています。さらにα-ケト酸の脱炭酸(29.6節)が酢酢酸エステル合成のβ-ケト酸脱炭酸と同じ機構であったように、生体内の反応は驚くほど少数の「型」の組み合わせで構成されています。

29.10 生物有機化学についての結論

これまでの節では非常に多数の反応を駆け足で見てきました。すべてを追うには相当な労力と、以前の章を見返すための多くのページめくりが必要だったことでしょう。

さまざまな代謝経路を検討した後に得られる主要な結論は、おそらく生体反応の機構と実験室反応の機構との間の驚くべき類似性です。ビタミンB12生合成のステップを見ても、本書全体で見てきたのと同じ種類の反応——求核置換・脱離・アルドール反応・求核アシル置換など——が見られます。もちろんいくつかの複雑さはありますが、有機化学の基本機構は、実験室の小さな分子であれ生物の大きな分子であれ変わらないのです。

Chemistry Matters:スタチン系薬とコレステロール生合成の阻害
冠状動脈性心疾患(コレステロールを含む斑が動脈壁に蓄積する病気)は工業国における20歳以上の死因の第1位です。血中コレステロールの約25%は食事由来ですが、残り75%(1日約1グラム)は肝臓で食事性の脂質・炭水化物から生合成されます。
すべてのステロイド(コレステロールを含む)はトリテルペノイドであるラノステロールから生合成され、ラノステロールはイソペンテニル二リン酸を経てアセチルCoAから作られます(第27.5節・27.7節参照)。この経路の速度決定段階は、HMG-CoAレダクターゼによる3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA(HMG-CoA)からメバロン酸への還元です。この酵素の働きを止めれば、コレステロール生合成も止まります。
HMG-CoAレダクターゼを阻害する薬——スタチン——が1994年に導入されてから10年間で、米国における冠状動脈性心疾患の死亡率は33%減少しました。アトルバスタチン(リピトール)・シンバスタチン(ゾコール)・ロスバスタチン(クレストール)などが代表例で、年間売上140億ドル規模の医薬品となっています。生合成経路の機構を深く理解することが、実際に数百万人の命を救う薬の設計に直結した好例です。

まとめ:第29章 代謝経路の有機化学

第29章 概念整理
代謝の基本構造:異化(catabolism、発エルゴン的)と同化(anabolism、吸エルゴン的)。ATP/ADPの共役反応により、エネルギー的に不利な反応を有利な反応で「駆動」する。
脂質代謝:トリアシルグリセロール→(リパーゼ:求核アシル置換×2)→グリセロール+脂肪酸。脂肪酸はβ酸化(脱水素・水和・酸化・レトロClaisen開裂)でアセチルCoAへ。脂肪酸生合成は8段階(縮合・還元・脱水・還元の繰り返し)でβ酸化とは異なる経路。
糖代謝:解糖系10ステップ(リン酸化・互変異性化・レトロアルドール開裂・E1cB脱水など)でグルコース→2ピルビン酸。ピルビン酸→アセチルCoAはTPP・リポアミド・FAD・NAD+を介した酸化的脱炭酸。
クエン酸サイクル:8段階(アルドール・E1cB脱水+共役付加・酸化的脱炭酸×2・FAD脱水素・水の共役付加・NAD+酸化)でアセチルCoA→2CO2+還元型補酵素。
糖新生:ピルビン酸からグルコースを作る11段階。解糖系の単純な逆反応ではなく、2か所で迂回経路(ビオチン依存カルボキシル化、直接加水分解)をとる。
タンパク質代謝:脱アミノはPLP依存トランスアミナーゼ反応(イミン形成・互変異性化・加水分解)でα-ケト酸+グルタミン酸を生成。
結論:生体内反応の機構は実験室の有機反応と本質的に同じであり、有機化学の基本原理がそのまま生命科学の基盤になっている。

本章のまとめ:マクマリー有機化学を通じて

第29章は本書全体の総まとめにふさわしい内容でした。第19〜24章で学んだカルボニル化学(求核付加・求核アシル置換・アルドール反応・Claisen縮合・E1cB脱離)、第25〜28章で学んだ生体分子(糖質・アミノ酸・脂質・核酸)の知識が、すべてここで一つに収束します。代謝経路を「未知の複雑な生命現象」ではなく「見慣れた反応機構の組み合わせ」として読めるようになったなら、有機化学という学問の威力を実感できたはずです。

院試頻出ポイント:第29章
① ATP/ADP共役反応の原理とΔGの計算(グルコースのリン酸化を例にした計算問題)
② β酸化4段階の反応機構(特にレトロClaisen型の鎖切断ステップ)
③ 脂肪酸生合成とβ酸化が「逆反応ではない」理由(補酵素・運搬体の違い)
④ 解糖系のレトロアルドール開裂(ステップ4)とE1cB脱水(ステップ9)の機構
⑤ ピルビン酸→アセチルCoA変換におけるTPPイリドの役割(Wittig反応との類似性)
⑥ クエン酸サイクル8段階の反応タイプと、α-ケトグルタル酸の酸化的脱炭酸の機構
⑦ 糖新生における「迂回経路」2か所(ピルビン酸→PEP、脱リン酸化2段階)の理由
⑧ PLP依存トランスアミナーゼの4段階機構(トランスイミネーション・互変異性化・加水分解・PLP再生)
モバイルバージョンを終了