早稲田大学 生命医科学科の研究室ガイド【B3のための研究室の選び方】

今回は、早稲田大学先進理工学部 生命医科学科のB3に向けて、研究室を紹介する。
生命医科学科は、先進理工学部の中でも「化学」と「医学・生物学」の境界に位置する学科である。扱うテーマは、薬を運ぶナノ粒子から、脳の発達、がんの転移、細菌の生態まで幅広い。
そのぶん、研究室によって日常がまったく違う。ドラフト(ヒュームフード)の前に立つ研究室もあれば、細胞培養室にこもる研究室も、パソコンだけで完結する研究室もある。「生命医科学科だから生物実験」という単純な話ではないことを、まず押さえておきたい。
この記事では、全12研究室を分野ごとに整理し、それぞれが何をやっているのかを説明する。有機化学・高分子化学から進む人が判断しやすいよう、化学の技術がそのまま活きる研究室から順に並べた。
本記事の内容はあくまでも個人的な意見・感想であり、生命医科学科公式のものではない。教員構成・研究テーマは2026年9月時点の公式サイトに基づくが、配属の前には必ず最新の情報を確認してほしい。
研究室見学はできるだけ事前にアポを取ってください
生命医科学科の全体像
生命医科学科は12の研究室で構成されている。化学・生命化学科のように明確な「部門」に分かれてはおらず、各教員がそれぞれのテーマを持つ形に近い。
だからこそ、分野の地図を自分で描いてから見学に行くことが重要になる。この記事では便宜上、次の5グループに整理した。
| グループ | 研究室(指導教員) | 化学系との近さ |
|---|---|---|
| 生体材料・ナノ医療 | 武岡真司/武田直也 | ◎ 非常に近い |
| キラリティ・計算科学 | 朝日透/由良敬 | ○ 近い(朝日研) |
| 微生物・シングルセル解析 | 竹山春子/常田聡/細川正人 | ○ 分析技術で接続 |
| がん・疾患生物学 | 仙波憲太郎/合田亘人/佐藤政充 | △ 生物寄り |
| 神経科学・脳 | 井上貴文/大島登志男 | △ 生物寄り |
生体材料・ナノ医療
有機化学・高分子化学のスキルが最も直接的に活きるのがこのグループ。分子を設計し、合成し、それを医療に応用する——化学系から進むなら第一候補になる。
武岡真司 研究室
生体分子集合技術による薬物運搬ナノ粒子や、電子ナノ絆創膏の構築に取り組み、ナノ医療への応用を目指す研究室。
薬物運搬(ドラッグデリバリー、DDS)は、薬をただ投与するのではなく、必要な場所に必要な量だけ届ける技術である。リポソームやポリマーミセルといった分子が自発的に集まってできる構造を設計し、その中に薬を封じ込める。両親媒性分子の自己組織化という、有機化学・界面化学の知識がそのまま設計指針になる。
「電子ナノ絆創膏」は、極薄のフィルムを皮膚に貼って生体情報を計測するデバイス。材料化学と医工学が交差する領域である。
| 指導教員 | 武岡真司 教授(工学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | DDS・ナノ粒子・分子集合体・ナノ医療 |
| 場所 | TWIns(先端生命医科学センター)2階 オープンラボ奥/新宿区若松町2-2 |
| 連絡先 | TEL・FAX 03-5369-7324 / takeoka[at]waseda.jp |
武田直也 研究室
細胞操作や生体組織構築を実現する高分子バイオマテリアルを創製し、医工学に応用する研究室。
細胞は、置かれた足場の硬さや表面の化学構造によってふるまいを変える。この性質を利用して、材料の側から細胞をコントロールするのがバイオマテリアルの発想である。高分子の合成・表面修飾・物性評価が主要な技術になるため、高分子化学を学んだ人には入りやすい。
再生医療や組織工学が出口にあり、産業応用のイメージも持ちやすい分野。
| 指導教員 | 武田直也 教授(工学博士・MBA) |
|---|---|
| 研究分野 | 高分子バイオマテリアル・細胞工学・再生医療 |
| 場所 | TWIns(早稲田大学先端生命医科学センター)/新宿区若松町2-2 |
| 連絡先 | TEL 03-5369-7323 |
キラリティ・計算科学
朝日透 研究室
キラリティ(左右性)の学際的研究と、精神神経疾患の細胞生物学的研究を行う研究室。
キラリティは有機化学の中心概念のひとつである。右手と左手のように重ね合わせられない鏡像異性体は、化学的性質がほぼ同じでありながら、生体内ではまったく違う作用を示す——この差が薬害を生んだ歴史もある。
この研究室が面白いのは、キラリティを有機化学の枠を超えて、結晶・物性・生命現象まで貫く軸として扱っている点。立体化学に興味を持った人が、その関心をそのまま研究テーマにできる数少ない場所である。
| 指導教員 | 朝日透 教授(理学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | キラリティ・結晶物性・精神神経疾患 |
| 研究班 | 物性科学班・光化学班・生物班・マテリアルズインフォマティクス班・生物応用班の5班 |
| コアタイム | 9:30–18:00(研究室HPのQ&Aに明記) |
| ゼミ | 毎週火曜午後に2時間程度/例年8月にゼミ合宿 |
| 場所 | TWIns 02C213号室/新宿区若松町2-2 |
| 連絡先 | TEL・FAX 03-5369-7327 / tasahi[at]waseda.jp |
| 主な進路 | 博士→大学教員・研究員/修士→製薬・化粧品・商社/学部→地方公務員・コンサルなど(研究室HP記載) |
由良敬 研究室(ジョイントアポイントメント)
計算科学を駆使して、オミックスデータの解析手法を開発し適用する研究室。
オミックスとは、ゲノム・トランスクリプトーム・プロテオームなど「網羅的に測ったデータ」の総称。実験装置ではなく計算機が主戦場になる、完全なドライ系である。
ジョイントアポイントメント(他機関との兼任)である点は、配属前に必ず確認したい。指導体制や在室頻度が専任教員とは異なる可能性があるため、見学時に率直に聞いておくべきポイントになる。
| 指導教員 | 由良敬 教授(理学博士・ジョイントアポイントメント) |
|---|---|
| 研究分野 | バイオインフォマティクス・オミックス解析 |
微生物・シングルセル解析
微生物を扱いながら、分析技術・装置開発の色が濃いグループ。化学系の分析スキル(機器分析・分離)が接続しやすい。
竹山春子 研究室
シングルセル技術を用いて、環境微生物や生体組織をデジタルに解析し、利用につなげる研究室。
従来の微生物研究は、培養できる菌しか扱えなかった。しかし自然界の微生物の大半は培養できない。シングルセル解析は、細胞を1個ずつ取り出してゲノムを読むことで、この壁を越える技術である。
マイクロ流体デバイスやゲノム解析を組み合わせる、技術志向の強い研究室。
| 指導教員 | 竹山春子 教授(工学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | シングルセル解析・環境微生物・ゲノム |
| 場所 | TWIns(早稲田大学先端生命医科学センター)/新宿区若松町2-2 |
| 連絡先 | TEL 03-5369-7326 |
常田聡 研究室
細菌の知られざる生理生態を解明し、その制御技術を開発する研究室。
排水処理やバイオフィルム、環境中の微生物群集といったテーマは、環境工学・応用微生物学の領域。基礎的な生態解明と、産業応用の両輪で進んでいる。
| 指導教員 | 常田聡 教授(工学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | 環境微生物学・微生物生態・制御技術 |
| 場所 | TWIns(早稲田大学先端生命医科学センター)/新宿区若松町2-2 |
細川正人 研究室(任期付)
デジタルバイオ融合科学を掲げ、竹山研究室と連携しながらシングルセル領域の研究を進める研究室。
任期付(テニュアトラック)の准教授である点は確認しておきたい。研究室の体制や、修了までの指導の継続性について、見学時に聞いておくと安心できる。
| 指導教員 | 細川正人 准教授(任期付・工学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | デジタルバイオ・シングルセル技術 |
がん・疾患生物学
分子生物学・細胞生物学の手法が中心。創薬の上流に関心があるなら有力な選択肢になる。
仙波憲太郎 研究室
発がんや転移を制御する遺伝子を探索し、その機能を解明する研究室。
がんが厄介なのは、増えることよりも「転移する」ことにある。どの遺伝子が転移のスイッチを握っているのかを突き止める研究は、そのまま創薬標的の発見につながる。
| 指導教員 | 仙波憲太郎 教授(理学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | がん遺伝子・転移・機能解析 |
合田亘人 研究室
糖尿病・肥満などの生活習慣病に関わる遺伝子を探索し、その病態機能を解明する研究室。
代謝と疾患をつなぐ研究で、モデル動物を使った実験が主要な手法になる。医学部との距離が近いテーマでもある。
| 指導教員 | 合田亘人 教授(医学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | 代謝・生活習慣病・病態解析 |
| 場所 | TWIns(先端生命医科学センター)/新宿区若松町2-2 |
| 連絡先 | TEL 03-5369-7369(内線703-3340) |
佐藤政充 研究室
微小管と染色体動態による細胞分裂の制御機構を解明する研究室。
細胞が分裂するとき、染色体は微小管に引かれて正確に二分される。この精度が崩れることが、がんや発生異常の原因になる。基礎生物学として美しいテーマである。
| 指導教員 | 佐藤政充 教授(理学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | 細胞分裂・微小管・染色体動態 |
| 場所 | TWIns(早稲田大学・東京女子医科大学連携 先端生命医科学センター)/新宿区若松町2-2 |
| 連絡先 | TEL 03-5369-7322 / masasato[at]waseda.jp |
神経科学・脳
井上貴文 研究室
神経細胞の情報処理機構の解明を目指す研究室。
神経細胞がどのように信号を受け取り、統合し、次へ伝えるのか。イメージングや電気生理といった手法で、その仕組みを細胞レベルで追う。
| 指導教員 | 井上貴文 教授(医学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | 神経生理学・イメージング・情報処理 |
大島登志男 研究室
脳の形成・発達過程を、遺伝子やタンパク質の働きとして解明する研究室。
脳がどう作られるかという発生生物学のテーマで、神経発生や神経再生につながる。遺伝子改変動物を用いた解析が中心になる。
| 指導教員 | 大島登志男 教授(医学博士) |
|---|---|
| 研究分野 | 神経発生・脳発達・遺伝子機能 |
| 場所 | 西早稲田キャンパス 理工学部研究棟 |
| 連絡先 | TEL 03-5369-7321 / FAX 03-5369-7302 / ohshima[at]waseda.jp |
研究室見学で必ず聞くべきこと
生命医科学科は研究室ごとの多様性が大きいぶん、見学で確認すべきことも多い。
特にこの学科で効いてくるのが「細胞培養・動物実験の拘束」である。細胞は週末も生きているので、当番制で世話に来る必要がある研究室が存在する。有機合成の研究室とは拘束の質が違うため、生活設計に直結する。
もうひとつ、化学系から進む人は「先輩に化学出身者がいるか」を必ず聞きたい。いれば、その人がどう学び直したかが最良の参考になる。
情報提供のお願い
この記事の研究室情報は、学科および各研究室の公式サイトで確認できる範囲でまとめている。所在地・連絡先・研究テーマはそこから取れるが、B3が本当に知りたいこと——実際の在室時間、ゼミの負荷、研究室の雰囲気、修了生の進路——は、どの公式サイトにも書かれていない。
実際、生命医科学科の研究室でコアタイムを公開しているところはごくわずかだった。
そこでお願いがある。在籍中の方・修了された方で、差し支えない範囲で教えていただける方は、下記のフォームから送っていただけないだろうか。いただいた情報は研究室ごとに整理して、この記事に反映していく。後輩の研究室選びが、それだけ確かなものになる。
よくある質問
化学・生命化学科の生命化学部門は「化学の手法で生命現象を解く」姿勢が強く、ペプチド合成や天然物化学など有機化学の技術が前面に出ます。生命医科学科はより医学・工学寄りで、DDSや再生医療、疾患研究といった応用の出口が明確です。合成をやりたいなら前者、医療応用に関わりたいなら後者が近いでしょう。
活きます。特に武岡研究室(DDS・分子集合体)と武田研究室(高分子バイオマテリアル)は、分子設計と合成が研究の中核なので、有機化学・高分子化学の素養がそのまま武器になります。朝日研究室のキラリティ研究も立体化学の延長線上にあります。
配属自体は可能ですが、分子生物学・細胞生物学の基礎は入る前に一通り押さえておくと立ち上がりが早くなります。見学時に「入る前に読んでおくべき教科書」を聞くと、その研究室の要求水準も同時に分かるのでおすすめです。
避ける理由にはなりません。ただし指導の頻度や体制が専任の先生と異なる場合があるため、見学時に「普段どのくらい在室されるか」「修了まで見ていただけるか」を確認しておくと安心です。聞きにくい質問ではありますが、学生側が確認して当然の事項です。
化学から生命へ進む道は、思っているより開かれている。「化学ができる生命系の人材」は希少で、強い。この記事が最初の地図になれば幸いである。









