1995年12月、Nature に載った論文はわずか2ページだった。著者は4人、所属はすべて東京理科大学の一研究室。報告されていたのは、生成物そのものが自分の生成を触媒し、しかも鏡像異性体の偏りが反応を繰り返すごとに大きくなるという反応である。
この反応は、いまでは発見者の名を取って硤合反応(Soai reaction)と呼ばれている。本人は科研費のエッセイにこう書いた——「本反応が現在では Soai 反応として化学,物理,生物,宇宙科学等多くの分野で引用言及されていることは,研究者冥利に尽きる」。
硤合憲三(そあい・けんそう、Kenso Soai, 1950–)は東京理科大学名誉教授。2026年、アンリ・B・カガンとともに「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒の発見」でノーベル化学賞の受賞が決まった。この記事では反応の中身ではなく人物の歩み——広島の中高生から向山光昭の研究室へ、立体化学の権威エリエルのもとへ、そして私立大学の一研究室が「不斉の起源」という150年来の問いに手を届かせるまでをたどる。
生涯と略歴——広島から東京理科大学へ
硤合憲三は1950年5月3日、広島県安芸郡府中町に生まれた。広島大学附属の小学校・中学校・高等学校で学び、1974年に東京大学理学部化学科を卒業。そのまま大学院理学系研究科に進み、1979年に理学博士の学位を得る。指導教員は向山光昭——向山アルドール反応で知られる、日本の有機合成化学を代表する研究者である。
学位取得後、日本学術振興会奨励研究員を経てアメリカへ渡り、ノースカロライナ大学のアーネスト・L・エリエルのもとで博士研究員を務めた(1979–1981)。エリエルは『Stereochemistry of Carbon Compounds』(1962)の著者で、立体化学という分野そのものを教科書の形にまとめた人物だ。
1981年、東京理科大学講師として帰国。1986年に助教授、1991年に教授となり、以後ここを拠点に研究を続ける。2016年3月に退職し、2017年に名誉教授。定年まで一貫して同じ大学の研究室で不斉合成を掘り続けた経歴であり、大型の国立拠点を渡り歩くタイプの研究者ではない。
受賞歴は、有機合成化学奨励賞(1988年)、井上学術賞・日本化学会学術賞(2000年)、キラリティーメダル(2005年)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2007年)、日本化学会賞(2011年)、紫綬褒章(2012年)、瑞宝中綬章・野依賞(2023年)、日本学士院賞(2025年)と続き、2026年のノーベル化学賞に至る。2005年には九州大学客員教授も務めた。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1950 | 広島県安芸郡府中町に生まれる(5月3日) |
| 1969 | 広島大学附属高等学校を卒業 |
| 1974 | 東京大学理学部化学科を卒業(1976年に修士課程修了) |
| 1979 | 向山光昭のもとで理学博士(東京大学)。日本学術振興会奨励研究員 |
| 1979–81 | ノースカロライナ大学・E·L·エリエル研究室で博士研究員 |
| 1981 | 東京理科大学講師(1986年 助教授、1991年 教授) |
| 1990 | ピリジルアルカノールによる世界初の不斉自己触媒反応を報告 |
| 1995 | ピリミジルアルカノールでeeの増幅を発見(Nature 378, 767) |
| 1996 | 「不斉自己増殖(automultiplication)」として J. Am. Chem. Soc. に報告 |
| 2003 | キラルな出発物質なしで一方の鏡像異性体を優先生成(絶対不斉合成) |
| 2011–12 | 日本化学会賞(2011年)、紫綬褒章(2012年) |
| 2016–17 | 東京理科大学を退職し、名誉教授となる |
| 2026 | ノーベル化学賞の受賞が決まる(アンリ·B·カガンと共同)。東京理科大学栄誉教授 |
2人の師が決めた研究の軸——向山光昭とエリエル
硤合の研究歴を見るとき、20代の終わりに受けた2つの訓練が効いている。
1つは向山光昭の研究室である。向山は新しい反応と新しい試薬を次々に設計した人で、その研究室は「まだ無い反応を作る」ことを日常とする場所だった。硤合が後に取り組んだカルボニル基への求核付加——ケトンの不斉還元、アルデヒドへの有機亜鉛試薬の触媒的不斉付加、イミンへの不斉付加、不飽和ケトンへの不斉共役付加——は、いずれもこの系譜にある。
東京理科大学に移ってからの1980年代は、この4つのテーマを地道に回す時期だった。硤合は奨励研究(現在の若手研究)から一般研究C(現在の基盤C)、重点領域・特定領域研究へと科研費の種目を乗り継ぎながら不斉触媒の設計を積み上げ、1988年に有機合成化学奨励賞を受けている。特別推進研究・基盤研究Sという大型種目に届くのは2000年代に入ってからだ——名前の付く反応に出会うまでに約10年、国から大型研究を託されるまでに20年かかっている。
もう1つはエリエルの研究室だ。エリエルは立体化学の体系化で知られ、その教科書は分子の形と対称性を扱う言語そのものを提供した。キラリティーをどう記述し、どう測るかという訓練が、ここで入っている。
「新しい反応を作る手つき」と「立体化学の目」。この2つが重なったところに、硤合の問いが立つ。不斉触媒と生成物の構造が、よく似ている——ならば、生成物そのものを触媒にできないか。
ただし当時、キラルな化合物が自分自身の生成を触媒する例は1つも知られていなかった。そもそも可能かどうかも分からない、という状態からの出発である。
1990年——「生成物が触媒になる」最初の例
最初の成功は1990年。ピリジン-3-カルバルデヒドにジアルキル亜鉛を付加させる反応で、生成物である3-ピリジルアルカノールが自分と同じ立体配置の生成物を優先的に与えることを示した。キラルな分子が自己増殖した最初の実例である。
ただし、このときのeeは減っていた——ee 86%の触媒から得られた生成物はee 35%。不斉自己触媒ではあっても、偏りを引き継ぐ力が弱い。言い換えれば、この反応を何度繰り返しても世界はラセミ体へ戻っていく。
1995年——Natureの2ページで「増幅」に届く
硤合は基質の構造を系統的に洗い直した。窒素を1個持つピリジン環を、窒素2個のピリミジン環に替える——この変更で状況が反転する。
ピリミジン-5-カルバルデヒド + i-Pr2Zn
↓ 触媒=生成物(5-ピリミジルアルカノールの亜鉛アルコキシド)
5-ピリミジルアルカノール
→ 次の反応の触媒として再投入すると ee が上がっていく
ee 5%の触媒から出発して、生成物のeeは55% → 87% → 90%と段を上がった。増幅はさらに伸びる。基質を2-アルキニルピリミジン-5-カルバルデヒドに替えた2003年の実験では、ee 0.00005%——1,000万分の1の偏りしかない、実質的にラセミ体と区別できない状態——から出発して、3回の操作でee 99.5%超に到達した。
この成果が Nature 第378巻767ページ(1995年)に載った「Asymmetric autocatalysis and amplification of enantiomeric excess of a chiral molecule」である。共著者は当時の助手・柴田高範(のち早稲田大学教授)ら3名。翌1996年には J. Am. Chem. Soc. に「不斉自己増殖(automultiplication)」として続報が出た。
2003年——キラル源なしで片方だけができた
残っていた最後の問いは、偏りの「種」をどこから持ってくるかである。ee 0.00005%の種にも種は要る。キラルな情報を一切与えずに、一方の鏡像異性体が過剰にできるか——これを絶対不斉合成という。
2003年、硤合はそれを示した。キラルな物質を含まない原料だけで反応を行うと、同じ実験37回が18回と19回にほぼ半々で分かれた——勝敗を決めたのは反応初期の統計的なゆらぎである。マクロには等量でも分子の集団には必ず揺らぎがあり、硤合反応はそれを感知して増幅できるほど鋭敏だった。1990年の最初の一歩から13年、着想からは20年以上が経っていた。
キラルな出発物質を使わずにキラリティーを生み出した実験として、これは2026年ノーベル化学賞の受賞理由の核心に位置づけられている。
硤合反応は「極微小キラリティーの検出器」になった
1995年以降の硤合の研究で特徴的なのは、この反応を合成の道具としてではなく測定器として使ったことだ。ごくわずかなキラルな情報を入力として与え、生成物のeeがどちらに振れるかを見る——増幅能力がそのまま感度になる。
キラルな無機結晶:水晶(石英)には右手型・左手型の結晶がある。これを不斉開始剤に使うと、結晶のキラリティーと相関した生成物が再現性よく得られた。無機鉱物のキラリティーと有機化合物の鏡像異性体を結び付けた最初の例である。
円偏光:右円偏光・左円偏光の照射で生じるわずかな偏りを入力に使い、増幅して読み取る。宇宙空間の円偏光が生体分子の偏りの起源になりうるという議論に、実験的な足場を与えた。
同位体によるキラリティー:12C と 13C、H と D のように同位体の違いだけでキラルになっている分子でも不斉源として働くことを示した。立体的・電子的な差がほとんど無い入力でも感知できる、ということである。
通常の分析では「キラルだが差が小さすぎて測れない」で終わる領域を、化学反応で増幅して可視化する。比旋光度やeeの測定の限界の外側を扱える道具が手に入った、という意味がある。
教育者としての硤合——「研究室の仲間のお蔭」
一連の成果はすべて東京理科大学の研究室から出ている。1995年の Nature 論文の共著者は当時の助手と学生たちであり、後年の機構研究・同位体キラリティー研究を担った川崎常臣(現・東京理科大学教授)も、2004年に助手として加わった人物だ。
科研費のエッセイで硤合はこう書いている——「本研究は,研究室の多くの仲間の協力のお蔭で初めて達成できたものである」。ノーベル賞受賞の発表後の言葉も「学生たちのおかげでここまで来られた」だった。
ノースカロライナ大学時代の同僚エウセビオ・フアリスティは受賞に際し「硤合先生は、昔からとても控えめな人でした」と語り、恩師エリエルがすでに世を去っていることを惜しんだ。2022年には川崎常臣・松本有正とともに、30年分の研究を1冊にまとめた専門書『Asymmetric Autocatalysis: The Soai Reaction』を英国王立化学会(RSC)から編著として刊行している。
現代への影響
1. 不斉合成の設計に「触媒=生成物」という選択肢を加えた
通常の不斉触媒は、触媒と生成物が別の化合物であることを前提にする(野依良治のBINAP触媒がその典型だ)。硤合反応はその前提を外し、反応が進むほど触媒が増え、触媒と生成物の分離が要らない系がありうることを示した。ノウルズ・野依・シャープレス(2001年)、リスト・マクミラン(2021年)と続いた不斉触媒の系譜に、「触媒を外から与えない」という枝が足された格好である。
2. ホモキラリティー研究を「思弁」から「実験」に移した
フランクのモデルは40年以上、紙の上のモデルだった。実在する反応がそれを満たしたことで、議論の対象が「原理的に可能か」から「水中・原始地球の条件で何が起こるか」へ動いた。
3. 物理のキラリティーと化学のキラリティーをつないだ
円偏光・結晶面・同位体といった微小な不斉を、有機反応の生成物のeeとして読み出せるようになった。化学・物理・生物・宇宙科学の各分野で引用される理由はここにある。
まとめ
よくある質問
「そあい・けんそう」と読みます。ローマ字表記は Kenso Soai で、発見した反応は国際的に「Soai reaction(硤合反応)」と呼ばれています。1950年5月3日に広島県安芸郡府中町で生まれ、東京理科大学名誉教授を務めています。
生成物そのものが自分の生成を触媒する不斉自己触媒反応です。1990年にピリジン-3-カルバルデヒドへのジアルキル亜鉛付加で世界初の例を報告し、1995年に基質をピリミジン-5-カルバルデヒドに替えることで、反応を繰り返すたびに鏡像体過剰率(ee)が上がる不斉増幅を実現しました。さらに2003年には、キラルな出発物質を一切使わずに一方の鏡像異性体を優先的に得る絶対不斉合成を示しています。
受賞理由が「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒の発見」だからです。アンリ·B·カガンは触媒のeeよりも生成物のeeが高くなる非線形効果を見出した研究者で、硤合はその延長線上にある不斉自己触媒とee増幅を実現しました。受賞理由の背景と不斉合成史のなかでの位置づけは2026年ノーベル化学賞の解説にまとめています。
学位を取ったのは東京大学(1979年・向山光昭研究室)、博士研究員として在籍したのはアメリカのノースカロライナ大学です。研究者としてのキャリアは1981年から2016年まで一貫して東京理科大学にあり、講師・助教授を経て1991年から教授を務めました。2017年から名誉教授、2026年に栄誉教授。不斉自己触媒の発見はすべて東京理科大学の研究室から出ています。
東京理科大学では、2004年に助手として研究室に加わった川崎常臣(現・教授)らが機構研究や同位体キラリティーの研究を進めています。活性種の構造をめぐっては国内外の複数のグループが参加しており、2022年には硤合・川崎・松本有正の編著で専門書『Asymmetric Autocatalysis: The Soai Reaction』(RSC)が刊行されました。機構研究の現在の到達点は硤合反応の解説で扱っています。
向山光昭の研究室で新しい反応を作る手つきを覚え、エリエルのもとで分子の形を見る目を養った研究者が、私立大学の一研究室で「生成物が自分を作る」という反応に30年を費やした——硤合憲三の歩みは、問いを1つに絞り続けることの強さを示している。
他の化学者の歩みは有機化学者列伝まとめページから、反応そのものの機構は硤合反応の解説と有機化学の反応機構まとめから確認できる。

