院試の勉強を始めた人が最初につまずくのが、「英語は何をやればいいのか分からない」という問題である。専門科目なら有機化学・無機化学・物理化学の教科書を回せばいい。だが英語は、どんな形で出るのかが分からないまま参考書を探しに行ってしまう。
これは順番が逆だ。院試の英語は大きく3つの方式に分かれ、方式が違えばやるべきことが完全に別物になる。スコア提出型の研究科を受けるのに専門英語の和訳を練習しても1点にもならないし、逆に筆記型の研究科を受けるのにTOEICの模試を解いても本番の答案は書けない。
最初にやるのは勉強ではなく、「自分が受ける研究科はどの方式か」を募集要項で特定することである。本記事では、その見分け方を募集要項の3か所にしぼって示したうえで、方式別の対策——とくに化学系で差がつく専門英語の読解・和訳——を、実際の英文と答案の形まで落として解説する。
なお本記事の内容は筆者(早稲田大学大学院 先進理工学研究科 応用化学専攻 修士課程修了)の経験と、公開されている一次情報の読み方の整理であり、特定の大学・研究科の公式情報ではない。試験方式・配点・提出書類は年度ごとに変わるため、必ず自分が受ける年度の募集要項で確認してほしい。
院試の英語は3つの方式のどれかに必ず当てはまる
まず全体像を押さえる。院試の英語は、出題の形で次の3つに分類できる。研究科によってはこの組み合わせ(スコア提出+筆記)もあるが、基本はこの3種類の理解で足りる。
方式① TOEIC・TOEFLなどのスコア提出型
外部英語試験のスコアを出願時に提出し、それを英語の得点として換算する方式。願書と一緒に公式のスコア証明書(または認定証のコピー)を出す形が多い。
この方式の最大の特徴は、勝負が試験当日ではなく出願日より前に終わっていることだ。院試本番でどれだけ調子が良くても、提出したスコアは変わらない。逆に言えば、早く動いた人だけが得をする方式である。
事故が起きるのは英語力ではなく手続きのほうで、スコアの有効期限・認められる証明書の種類・証明書が届くまでの日数の3点が落とし穴になる。いずれも募集要項と試験運営団体のサイトに書いてあるので、勉強より先に確認する(具体的な確認手順は後述)。
方式② 大学独自の英語筆記型(専門英語の読解・和訳)
試験当日に、大学が作成した英語の問題を解く方式。化学系の研究科では、一般的な英語の長文読解ではなく、化学の内容を扱った英文が出ることが多い。出題形式としては次が典型である。
- 下線部和訳:英文中の1〜3か所に下線が引かれ、そこを日本語に訳す。最も頻度が高い形。
- 全文和訳:短い段落をまるごと訳す。
- 内容説明:「この実験から何が結論できるか、日本語で説明せよ」のような形。訳すだけでなく、化学として理解しているかを問われる。
- 専門用語の英訳・和訳:単語レベルで対応を答えさせる小問。
- 英作文:短い英文で答える。出題は少ないが、ゼロではない。
この方式は、化学の知識が英語の得点に直結するという点で特殊である。英文の構造が完璧に取れていなくても、書かれている化学が分かっていれば訳せる。逆に英語が得意でも化学の定訳を知らなければ減点される。本記事でいちばん厚く書くのはこの方式の対策である。
方式③ 英語試験なし/面接内で確認
英語の筆記試験を課さず、外部スコアの提出も求めない方式。専門科目と面接(口述試験)だけで選抜する。
ただし「英語が関係ない」とは限らない。英語のアブストラクトや図表を渡されてその場で内容を説明させられる、卒業研究の話の流れで「読んでいる英語論文は何か」を尋ねられる、研究計画の説明で先行研究(英語文献)の位置づけを問われる——といったパターンが実際にある。
つまり方式③は「対策不要」ではなく、「筆記の点にはならないが、話せる状態にしておく必要がある」方式だと考えるのが安全である。
3方式の違いを1枚で比較する
| 比較項目 | ① スコア提出型 | ② 独自筆記型 | ③ 試験なし・面接内 |
|---|---|---|---|
| 得点が決まる時点 | 出願より前(受験日) | 試験当日 | 面接当日(点数化されない場合も) |
| 対策の中身 | 試験形式への習熟・語彙・リスニング | 専門英語の読解・和訳・定訳の暗記 | 自分の研究と関連論文を日本語で説明できる状態 |
| 動き出すべき時期 | 最も早い(証明書の発行待ちがある) | 専門科目と並行(毎日少量) | 面接準備と同時 |
| 最大の落とし穴 | スコアの有効期限・証明書の種類の指定 | 一般英語の参考書をやって的を外す | 「英語は関係ない」と油断する |
自分の研究科がどの方式かは、募集要項の3か所で分かる
方式の特定は、募集要項(学生募集要項・入学試験要項)を3か所だけ読めば終わる。PDFで公開されていることが多いので、ダウンロードして検索機能で「英語」「TOEIC」「TOEFL」の3語を検索するのがいちばん速い。
見る場所①:出願資格の欄
最初に見るのは「出願資格」「出願要件」の欄である。ここに英語の要件が書かれていれば、それは「その条件を満たしていないと出願そのものができない」という意味になる。点数の問題ではなく受験可否の問題なので、最優先で処理する。
見る場所②:提出書類(出願書類)の欄
次に「提出書類」「出願書類」「出願時に提出するもの」の一覧を見る。ここに外部英語試験のスコア証明書が載っていれば、その研究科は方式①(スコア提出型)を採用している。
このとき確認するのはスコアそのものではなく書類としての条件である。
- どの試験が認められているか(TOEIC Listening & Reading、TOEFL iBT、IELTS など)
- いつ受験したものが有効か(有効期間の指定)
- どの形の証明書が必要か(公式認定証の原本/コピー可/大学への直送)。原本提出で返却されない場合、併願先の分の手配が必要になる
見る場所③:試験科目・配点の欄
最後に「選抜方法」「試験科目」「配点」の表を見る。ここが方式の最終判定になる。
- 科目に「英語」「外国語」がある → 方式②(独自筆記型)。当日に英語の試験がある。
- 科目に英語がなく、提出書類にスコアがある → 方式①。
- 科目に英語がなく、提出書類にもスコアがない → 方式③。面接の配点が大きくなっていることが多いので、面接欄を読み込む。
- 科目に「英語」があり、かつ「外部試験のスコアで代替できる」と書かれている → ①と②の選択制。どちらが有利かを早めに判断する。
配点欄には、「英語の試験時間」も書かれていることが多い。試験時間と辞書の使用可否は対策の中身を大きく変えるので、ここで必ずメモする。
確認チェックリスト(併願先ごとに1枚つくる)
□ 研究科名・専攻名( )/ 受験年度( ) □ 募集要項のPDFを保存したか □ 「英語」「TOEIC」「TOEFL」で全文検索したか □ 出願資格の欄に英語の要件があるか → ある / ない □ 提出書類にスコア証明書があるか → ある / ない □ 試験科目に英語(外国語)があるか → ある / ない □ 判定した方式 → ① / ② / ③ / ①②選択 □ (①の場合)有効期間の指定 ( ) □ (①の場合)必要な証明書の形式 ( ) □ (②の場合)試験時間 ( 分) □ (②の場合)辞書の持ち込み → 可 / 不可 / 電子辞書のみ可 □ (③の場合)面接の配点・時間 ( ) □ 過去問の入手方法(窓口・郵送・Web) ( )
このチェックリストは、志望先が複数あるなら必ず志望先ごとに作る。外部院試では併願が前提になることが多く、方式が違う2つを同時に受けるケースが珍しくない。出願から当日までの全体の段取りは外部院試の完全ガイドでまとめているので、スケジュールの組み方はそちらを参照してほしい。
方式①の対策:スコア提出型は「期限の管理」が本体
方式①の対策は、英語の勉強そのものよりも日程の逆算が本体になる。理由は単純で、提出しなければ0点扱いになるからだ。
「何点あれば通るか」を本記事では書かない理由
検索すると「院試の英語はTOEIC○○点あれば大丈夫」という話が出てくる。本記事ではこの種の数値を書かない。研究科ごとに換算方法が違い(満点換算か素点比例かで意味がまったく変わる)、換算表を公表していない研究科が多く、合格者のスコア分布も公表されていないのが普通だからである。出回っている数字は出典をたどれないものが多い。
一方で、平均スコアの客観的なデータは公式に存在する。TOEICを運営する国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC)は、毎年「TOEIC Program DATA & ANALYSIS」として受験者データを公開している。自分の位置を知りたいなら、まとめ記事の数字ではなくこの一次資料を自分で見るのが正しい。
→ IIBC 公式データ(TOEIC Program DATA & ANALYSIS)
逆算すべき4つの日付
方式①で事故が起きるのは、ほぼ例外なく日付の読み違いである。確認すべき日付は4つで、すべて公式サイト(試験の運営団体と、受ける研究科)に載っている。
- 出願締切日(研究科の募集要項)。消印有効か必着かまで見る。
- スコア有効期間の開始日(募集要項)。「締切日から○年以内に受験したもの」という形で書かれる。これより前に受けたスコアは使えない。
- 公式証明書の発行・到着にかかる期間(試験の運営団体の公式サイト)。受験日=スコアが手に入る日ではない。
- 試験の申込締切日(運営団体)。試験日の数週間前に締め切られるのが普通で、ここを逃すと次の回まで待つことになる。
この4つを紙に書いて並べると、「いつまでに受け終わっていないといけないか」が一意に決まる。そこから遡って、使える受験回が何回あるかを数える。スコア提出型を受けるなら、受験回を2回は確保するのが安全である(1回目を本番、2回目を保険にする)。
方式②の対策:専門英語の和訳は「構文」と「定訳」で決まる
ここからが本題である。化学系の院試で出る英語筆記は、受験英語の長文読解とは質が違う。文章のテーマが化学に固定されているため、出てくる構文の種類も語彙も強く偏る。この偏りを押さえることが、そのまま得点になる。やるべきことは2つしかない——論文・教科書に特有の6構文を訳し方のパターンとして固定することと、化学の用語をカタカナに逃げず定訳で書けるようにすることである。
頻出構文①:実験記述の受動態は「〜した」で訳す
英語の論文の実験項(Experimental Section)は、ほぼ全文が受動態で書かれている。これをそのまま「〜された」と訳すと、日本語として不自然な答案になる。
原文 The mixture was stirred at room temperature for 12 h,
and the solvent was removed under reduced pressure.
直訳 混合物は室温で12時間撹拌され、溶媒は減圧下で除去された。
答案 混合物を室温で12時間撹拌し、溶媒を減圧下で留去した。
ポイントは、受動態の主語を「〜を」に回し、能動の形で訳すこと。実験項の受動態は「誰がやったか」を省くための書き方で、受け身の意味を強調しているわけではない。日本語の実験記録も「撹拌した」「留去した」と書く。同じ理屈で remove the solvent は「除去した」より「留去した」、work-up は「仕上げ」より「後処理」が自然になる。
頻出構文②:分詞構文は「理由」で訳すと通る
文頭や文末の分詞構文は、学校英語では「〜しながら」と訳すよう教わる。だが化学の英文では、圧倒的に多いのは理由・原因の分詞構文である。
原文 Being a poor leaving group, the hydroxyl group must be
activated prior to substitution.
直訳 貧弱な脱離基でありながら、水酸基は置換に先立って
活性化されなければならない。
答案 水酸基は脱離基として不十分であるため、置換に先立って
活性化しておく必要がある。
もう一つ、文末に来る thereby + -ing / thus + -ing は「その結果〜」と訳す型である。これは機構の説明で非常によく出る。
原文 Protonation of the alcohol converts it into a better leaving
group, thereby allowing the substitution to proceed.
答案 アルコールをプロトン化すると、より優れた脱離基に変換され、
その結果として置換が進行できるようになる。
頻出構文③:無生物主語は「〜すると」の形に組み替える
化学の英文では、主語が人間ではなく「結果」「データ」「試薬の使用」になる。直訳すると答案が硬くなる。
原文 The use of a bulky base favors formation of the less
substituted alkene.
直訳 かさ高い塩基の使用は、置換基の少ないアルケンの生成を好む。
答案 かさ高い塩基を用いると、置換基の少ないアルケンが優先して
生成する。
原文 This result suggests that the reaction proceeds through a
concerted mechanism.
答案 この結果から、反応が協奏的機構で進行することが示唆される。
型として覚えるなら、「無生物主語+他動詞」は『主語を条件節に、目的語を主語に』である。A favors B →「Aを用いるとBが優先する」、A suggests that S V →「Aから、SVであることが示唆される」、A allows B to V →「AによってBがVできるようになる」。
頻出構文④:仮定法は「機構の否定」で出る
仮定法は、化学の論文では「ある機構を否定する論証」に使われる。「もしその機構なら○○が観測されるはずだが、観測されていない」という形だ。院試でも、機構を考えさせる問題文で出てくる。
原文 Had the reaction proceeded via an SN1 pathway,
extensive racemization would have been observed.
答案 もし反応がSN1経路で進行していたのであれば、
大規模なラセミ化が観測されたはずである。
Had + 主語 + 過去分詞 は If ... had + 過去分詞 の倒置である。文頭の Had を見た瞬間に仮定法だと判断できるようにしておく。これを見落とすと、過去の事実を述べた文だと誤読して、論証の向きが逆になる。
原文 If the intermediate were planar, the two enantiomers would be
formed in equal amounts.
答案 中間体が平面であるとすれば、2つのエナンチオマーは等量で
生成するはずである。
訳すときのコツは、「〜はずである」を入れること。仮定法であることを日本語側で示さないと、事実の記述と区別がつかない答案になる。
頻出構文⑤:長い名詞句は「名詞を動詞に開く」
化学の英文で最も読みにくいのが、動作を名詞にして前置詞で連結した長い名詞句である。
原文 the rate-determining loss of the leaving group from the
protonated substrate
直訳 プロトン化された基質からの脱離基の律速的な喪失
答案 プロトン化された基質から脱離基が失われる律速段階
原文 attack of the nucleophile on the carbon bearing the leaving
group
答案 脱離基が結合した炭素に対する求核剤の攻撃
処理の手順は決まっている。(1)名詞化された動作語(loss, attack, formation, cleavage, addition)を動詞に戻す →(2)of の後ろをその動詞の主語か目的語に割り振る →(3)残りの前置詞句を修飾語として前に出す。この3手を機械的にやれば、どれだけ長い名詞句でも日本語になる。
あわせて bearing / containing / attached to の現在分詞による後置修飾も頻出である。the carbon bearing the leaving group=「脱離基が結合した炭素」のように、「〜をもつ/〜が結合した」で前に回す。
頻出構文⑥:対比と整合性の表現
機構の議論は「AではこうだがBではこう」「このデータは機構Xと整合する」という形で進む。この型の表現は、知っていれば一瞬で、知らないと手が止まる。
原文 Whereas primary halides react by an SN2 mechanism,
tertiary halides react by an SN1 mechanism.
答案 第一級ハロゲン化物はSN2機構で反応するのに対し、
第三級ハロゲン化物はSN1機構で反応する。
原文 The reaction is much faster in DMSO than in ethanol, consistent
with a bimolecular process.
答案 反応はエタノール中よりもDMSO中で大幅に速く、これは二分子的
過程と矛盾しない。
consistent with は「〜と一致する/〜と矛盾しない」。be attributed to は「〜に起因すると考えられる」。rationalize は「合理的に説明する」。in line with は「〜と一致する」。この4つは論証の骨格を担う語なので、確実に押さえる。
訳しにくい語は「定訳」で訳す(カタカナに逃げない)
専門英語の和訳で最も多い減点は、専門用語をカタカナで書いてしまうことである。採点者は化学の教員で、日本語の専門用語を使う人たちだ。「ローンペア」「リービンググループ」と書けば、その語の日本語を知らないと判断される。
一方で、カタカナが定訳になっている語も実際にある(ラセミ化、キレート、エナンチオマーなど)。重要なのは「カタカナを避ける」ことではなく、「その語の正式な日本語表記がどれか」を知っていることである。
化学系の院試で定訳が問われる22語
| 英語 | 定訳(答案で書くべき日本語) | 注意点 |
|---|---|---|
| leaving group | 脱離基 | 「離脱基」は誤り。「リービンググループ」も不可 |
| lone pair | 孤立電子対 | 「非共有電子対」も可。「ローンペア」は口語で答案不可 |
| steric hindrance | 立体障害 | 形容詞 steric は「立体的な」「立体〜」 |
| bulky / hindered base | かさ高い塩基 | 「バルキーな」は答案で使わない |
| ring strain | 環ひずみ | 「環の緊張」は不可。torsional strain=ねじれひずみ |
| electron-withdrawing group | 電子求引基 | 「求引」の字を間違えやすい(「吸引」ではない) |
| electron-donating group | 電子供与基 | 「電子放出基」は不可 |
| retention of configuration | 立体配置の保持 | configuration は「配置」、conformation は「配座」 |
| inversion of configuration | 立体配置の反転 | 「逆転」でも通るが「反転」が一般的 |
| concerted | 協奏的 | 「同時的」ではなく「協奏的」。対語は stepwise=段階的 |
| regioselectivity | 位置選択性 | 「レジオ選択性」は答案で避ける |
| stereospecific | 立体特異的 | stereoselective=立体選択的と区別して訳す |
| neighboring group participation | 隣接基関与 | 「近隣基の参加」は不可 |
| hydride shift | ヒドリド移動 | 「ハイドライドシフト」ではなく「ヒドリド移動」 |
| protecting group / deprotection | 保護基 / 脱保護 | 「プロテクティンググループ」は不可 |
| work-up | 後処理 | 「ワークアップ」は研究室の口語。答案では後処理 |
| yield | 収率(動詞なら「〜を与える」) | 名詞の yield は収率、動詞の yield は生成を表す |
| moiety | 部分構造・〜基 | 「モイエティ」は不可。文脈で「骨格」とも訳す |
| backbone | 主鎖(高分子)/骨格 | 高分子なら主鎖、分子構造なら骨格 |
| enantiomeric excess (ee) | 鏡像体過剰率 | 「エナンチオマー過剰率」も使われる。eeのまま残さない |
| equivalents (equiv) | 当量 | 「イクイバレント」は不可。数値はそのまま残す |
| racemization | ラセミ化 | これはカタカナが定訳。無理に漢語訳しない |
この22語は「カタカナに逃げると減点される/逆にカタカナが正しい」の境目にある語を選んである。語彙そのものをもっと増やしたい場合は、有機化学論文に頻出する英単語50選【初級編】から【中級編】・【上級編】へ順に進めるといい。例文つきで並べてあるので、和訳の練習素材としてそのまま使える。
論文英語の定型動詞句(訳が決まっている15表現)
用語と並んでそのまま点になるのが、実験記述と考察で使い回される動詞句である。これらは訳が1対1でほぼ決まっているため、暗記がそのまま得点に変わる。
| 英語表現 | 答案で使う日本語 |
|---|---|
| afford / give / furnish / yield the product | 生成物を与える(生成する) |
| upon treatment with … | …で処理すると |
| be subjected to … | …に供する(…の処理を行う) |
| in the presence of … | …の存在下で |
| in the absence of … | …が存在しない場合には |
| under reflux / at reflux | 加熱還流下で |
| under reduced pressure / in vacuo | 減圧下で |
| proceed via / proceed through … | …を経て進行する |
| be attributed to … | …に起因すると考えられる |
| be consistent with … | …と矛盾しない(…と一致する) |
| rationalize the observation | 観測結果を合理的に説明する |
| account for … | …を説明する(…の原因となる) |
| give rise to … | …を生じさせる |
| be amenable to … | …に適用できる |
| to the best of our knowledge | 我々の知る限りでは |
答案として減点されないための5つのルール
- 訳し漏れをゼロにする。和訳の採点は多くの場合、要素ごとの部分点である。分からない語があっても、周囲の語をすべて訳文に反映させれば点は残る。空白が最大の失点。
- 専門用語は定訳で書く。カタカナ逃げは「知らない」と判定される。
- 化学式・単位・化合物名はそのまま残す。DMSO、THF、12 h、°C は訳さない。無理に「ジメチルスルホキシド」と書き換える必要はない。
- 日本語の主語を補う。英語の無生物主語をそのまま置くと意味が取りにくくなる。「〜すると」に変換して読み手に通る文にする。
- 最後に日本語だけを読み返す。英語を見ずに日本語だけ読んで意味が通らない答案は、必ず減点される。
和訳の練習素材はどこから手に入れるか
方式②の対策で最大の障壁は、練習素材が見つからないことである。市販の「院試英語」の問題集は存在しないか、あっても分野が合わない。だが化学系に限れば、素材は無料で大量に手に入る。
素材①:過去問(最優先)
まず受ける研究科の過去問である。これに勝る素材はない。英語筆記型の研究科は、出題形式(下線部和訳か全文和訳か、分量、辞書の可否)が年度をまたいでほとんど変わらない。形式が分かれば、練習の形も決まる。
入手方法は研究科によって異なり、Webで公開している・事務窓口で閲覧できる・郵送で請求できる、のいずれかである。これも募集要項か研究科のWebサイトに書いてある。研究室訪問の機会があれば、そこで過去問の入手方法を聞くのが最も確実なので、研究室訪問の進め方と合わせて計画を立てたい。
素材②:教科書の英語版(原書)
日本語で内容を理解している教科書の原書を読むのは、和訳の練習として極めて効率が良い。内容が既知なので、純粋に「英語の表現をどう日本語にするか」だけに集中できる。学部の有機化学で定番の原書は次のあたりで、いずれも邦訳が存在するので対応させて読める。
- McMurry, Organic Chemistry(マクマリー『有機化学』の原書)
- Clayden, Greeves, Warren, Organic Chemistry(オックスフォード大学出版。機構の説明が詳しい)
- Vollhardt, Schore, Organic Chemistry: Structure and Function(ボルハルト・ショアー『現代有機化学』の原書)
買い直す必要はない。図書館に原書が置いてあることが多いので、該当章だけコピーすれば足りる。章の内容を日本語で押さえてから原書に当たる順序が効率的で、日本語側の通し学習には大学有機化学の完全攻略ガイドを使ってもらえる。
素材③:オープンアクセス論文
実際の論文の英語に当たるなら、誰でも全文を読めるオープンアクセス誌が適している。有機化学周辺では Beilstein Journal of Organic Chemistry(完全オープンアクセス)、Chemical Science・RSC Advances(英国王立化学会)、ACS Omega・JACS Au(米国化学会)、PubMed Central(PMC)などがある(掲載方針は変わるため各誌のサイトで確認してほしい)。
ただし論文の本文全体を訳すのは院試対策としては重すぎる。使い方を「Abstract だけ」「Scheme の説明文だけ」に限定するのがコツである。
素材④:学会誌のアブストラクト
アブストラクトは購読誌でも無料で読めるのが普通で、つまり有機化学のほぼ全ての雑誌が素材になる。しかも院試対策として理想的な長さと内容を持っている——150〜250語の中に背景・手法・結果・結論が凝縮されているため、院試で出る英文の分量感とほぼ一致し、構文の密度も高い。
重要なのは②で必ず手書きすることである。頭の中で「だいたい分かった」と思うのと、日本語として書き切れるのは別の能力で、院試で問われるのは後者である。読めた気になって終わるのが、この対策で最も多い失敗パターンだ。
参考書はどう選ぶか(書名より基準で選ぶ)
「院試 英語 参考書」で探している人に、本記事では具体的な受験参考書の推薦はしない。院試の英語は方式によってやるべきことが別物で、同じ本が全員に効くことがないからである。代わりに選ぶ基準を示す。
方式①(スコア提出型)の場合
必要なのはその試験の公式教材と、形式に特化した対策本である。基準は3つ——①運営団体が出している公式教材を1冊目にする(問題の作られ方が本番と同じであることに価値がある)、②最新の形式に対応した版を選ぶ(形式改訂で配点構成が変わる)、③化学の専門英語の本は使わない(方式①で問われるのは一般的な英語運用能力で、専門語彙は出題範囲ではない)。
方式②(独自筆記型)の場合
こちらは「参考書を1冊やる」という発想自体があまり機能しない。素材(過去問・原書・アブストラクト)を自分で訳す練習が本体で、本は補助になる。補助として選ぶなら基準は次のとおり。
- 英文と訳例が対で載っているか。訳例がない本では、自分の答案を採点できない。
- 例文が化学・理工系の内容か。文学的・時事的な英文で練習しても、本番の語彙と構文に当たらない。
- 構文の解説があるか。単語帳だけでは和訳の答案は作れない。「この形はこう訳す」の説明が必要。
- 専門用語集を1冊確保する。化学英語の用語集(英和・和英)があると、定訳の確認が速い。学部の図書館に必ず置いてある種類の本なので、まず借りて使い勝手を見るのがいい。
英語で本当に差がつくのか(配点比率で考える)
対策の量を決めるには、英語が合否に効く度合いを知る必要がある。これは感覚ではなく、募集要項の配点表から計算できる。
配点表から比率を出す
配点表は「試験科目」「配点」「備考(選択の仕方)」の列で構成されているのが典型である。やることは割り算1回だ。
【計算の形(数値は説明のための仮の例)】 専門科目 300点 / 英語 100点 / 面接 100点 → 合計 500点 英語の比率 = 100 / 500 = 20% 専門科目で5割(150点)取れた場合、英語で満点を取っても 250/500 → 英語だけでは専門の不足を埋めきれない 専門科目で8割(240点)取れた場合、英語0点でも 240 + 面接 → 専門が強ければ英語の失点は吸収できる
この計算から読み取るべき結論は、「英語は専門科目の代わりにはならないが、専門で並んだときの差になる」ということである。だから優先順位は専門科目が先、英語は毎日少量が原則になる。
時間配分の目安(方式②の場合)
| 時期 | 英語にかける時間 | やること |
|---|---|---|
| 試験の6か月以上前 | 1日15分 | 方式の特定/過去問の入手/アブストラクト和訳の習慣化 |
| 3〜6か月前 | 1日20〜30分 | 6構文の訳し方を固定/定訳の暗記/原書の該当章を訳す |
| 1〜3か月前 | 1日30分+週1回の通し | 過去問を時間を計って解く/自分の訳の癖を修正する |
| 1か月前〜直前 | 1日15分 | 定訳と定型動詞句の総復習のみ(新しい素材を増やさない) |
直前期に英語の分量を増やさないのが要点である。この時期の伸びは専門科目のほうが圧倒的に大きい。英語は「忘れない維持」に切り替える。
本番で英語がボロボロだったときの考え方
試験が終わって、英語が手応えゼロだった——これは珍しいことではない。実際に「院試 英語 ボロボロ」で検索している人は毎年いる。ここは誠実に書く。
まず:合否は総合判定で決まる
院試は複数の科目と面接の合計で判定される。英語1科目の出来だけで結果が決まる仕組みではない。先ほどの配点比率の計算が示すとおり、英語の比重が全体の2割程度であれば、専門科目と面接の出来が結果を左右する。
そして自分の採点は必ず悪いほうにずれる。和訳問題は要素ごとの部分点で採点されるのが普通で、「全然書けなかった」と感じた答案にも訳せた語の分だけ点が入っている。白紙でなければ0点にはならない。
試験が1日で終わっていない場合にやること
英語が初日で専門科目や面接が後に残っているなら、やることは1つだけ——英語の答案について考えるのをやめる。具体的な手順は次の3つになる。
- 自己採点をしない。英語の問題文を見返さない。友人と答案の内容を照合しない。この行動から得られる情報はゼロで、失うのは残りの科目の集中力だけである。
- 残りの科目の配点を見直す。自分が落とした点が全体の何%なのかを数字で確認する。「終わった」という感覚を、計算可能な大きさに戻す。
- いちばん配点の大きい科目の、いちばん出やすい範囲を復習する。挽回の余地は、比重の大きいところにしかない。
面接で英語の出来を聞かれたら
口述試験で「英語はどうでしたか」と聞かれることがある。ここは言い訳をしない、ごまかさないのが正解で、答え方の型は「できなかった事実を認める+その理由を具体的に言う+化学としての理解は示す」である。
- ✗「難しくて全然できませんでした」(情報がなく、印象だけが悪くなる)
- ✗「あまり対策できていなくて…」(準備不足の自己申告になる)
- ○「分析化学の装置に関する語彙が分からず、第2問の後半を訳しきれませんでした。ただ、図から議論されている内容は追えていたと思います」
後者が良いのは、「何が分からなかったかを自分で特定できている」ことを示せるからだ。これは研究者に必要な能力そのものである。
結果が出た後の選択肢
もし結果が思うようにならなかった場合も、取れる道は複数ある。第2次募集・追加募集が実施される研究科があり(実施の有無と時期は研究科のWebサイトに出る)、併願先の結果や内部進学と比べて選び直す余地もある。就職に切り替えるのも後退ではなく選択で、大学院に行く意味そのものを考え直すなら理系は大学院に行くべきかを数字で考えるを読んでから判断するのがいい。いずれも条件は研究科ごとに違うので、必ず公式情報で確認する。
まとめ
もう一度言うと、院試の英語で最初にやることは勉強ではなく、募集要項を開くことである。方式が分からないまま参考書を探している時間が、いちばんの損失になる。
そして方式②(独自筆記型)に当たった化学系の受験生にとっては、これは有利な試験である。英語の試験でありながら、問われているのは化学の理解だからだ。専門科目の勉強がそのまま英語の点になる。この構造を理解していれば、英語は怖い科目ではなくなる。専門科目側の演習をまとめて進めたい場合は、カズ塾の教材ページに反応機構の演習や院試問題の解説をまとめてある。
よくある質問
研究科ごとに換算方法が異なり、合格者のスコア分布は公表されていないため、「何点で通る」という目安を示すことはできない。確認すべきことは2つある。1つは、受ける研究科が募集要項で最低スコアを明示しているかどうか(明示されていればそれが唯一の基準)。もう1つは、国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC)が公開している公式データ(TOEIC Program DATA & ANALYSIS)で自分の相対位置を把握することである。ネット上に出回る「○○点で安全」という数字は出典をたどれないものが多い。
募集要項の3か所を見れば特定できる。①出願資格の欄に英語の要件があるか(あれば受験可否に関わる最優先事項)、②提出書類の欄に外部英語試験のスコア証明書があるか(あればスコア提出型)、③試験科目・配点の欄に「英語」または「外国語」があるか(あれば大学独自の筆記型)。3か所すべてに英語が出てこなければ、英語試験なしの方式であり、面接の配点を確認する。方式は年度で変わるため、必ず自分が受ける年度の募集要項を見ること。
大学独自の英語筆記型では、英文そのものの難易度よりも扱われている化学の内容が理解できるかが決定要因になる。文章は学部の教科書や論文のアブストラクト相当で、実験記述の受動態・分詞構文・無生物主語・長い名詞句といった理工系に特有の構文が集中して出る。逆に言えば、一般的な時事英語や文学的な英文の読解力は求められない。難易度を測りたい場合は、受ける研究科の過去問を1年分だけ時間を計って解いてみるのが最も正確である。
方式によって選ぶ本が変わる。スコア提出型なら、その試験の運営団体が出している公式教材を最新版で選び、化学の専門英語の本は使わない。大学独自の筆記型なら、参考書より「過去問・教科書の原書・論文のアブストラクトを自分で和訳する練習」が本体になり、本は補助である。補助として選ぶなら、英文と訳例が対で載っていること・例文が理工系の内容であること・構文の訳し方の解説があることを基準にする。あわせて化学英語の用語集を1冊確保すると定訳の確認が速い。
定訳のある語をカタカナで書くと減点される可能性が高い。採点するのは日本語の専門用語を使う教員で、カタカナ表記はその語の日本語を知らないと判断される。leaving group は「脱離基」、lone pair は「孤立電子対」、bulky base は「かさ高い塩基」、work-up は「後処理」と書く。ただしラセミ化・キレート・エナンチオマーのようにカタカナが定訳になっている語もあるため、避けるべきなのは「カタカナ」ではなく「正式な日本語表記を知らないまま書くこと」である。
院試は複数の科目と面接の合計で判定されるため、英語1科目の出来だけで結果が決まる仕組みではない。英語の比重は募集要項の配点表から割り算で計算でき、全体の2割程度であれば専門科目と面接の出来が結果を左右する。また和訳問題は要素ごとの部分点で採点されるのが普通で、白紙でなければ0点にはならない。試験が1日で終わっていない場合は、英語の自己採点をやめて、配点の大きい残り科目の復習に時間を使うのが最善である。

