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「エーテルとエポキシド」完全解説|Williamson合成・エポキシド開環・クラウンエーテル・チオールを徹底整理

はじめに:スカンクの臭いとエーテルの静かな実力

スカンクが放つあの強烈で忘れがたい悪臭——その正体は、3-メチル-1-ブタンチオールなどの単純なチオール(R-SH)の混合物です。一方、チオールと一文字違いの「エーテル」は正反対の存在感を持っています。ジエチルエーテルは麻酔薬として医療史を変え、現在も実験室で最もよく使われる溶媒の一つです。

エーテル(R-O-R’)は前章で学んだアルコールと同じく水の誘導体ですが、酸素に2つの有機基が結合している点が異なります。化学的にはほとんど反応せず「不活性な溶媒」として裏方に徹する一方、三員環に押し込められた特殊なエーテルであるエポキシドは、ひずみの効果でまったく異なる高い反応性を示します。エポキシ樹脂・エポキシ接着剤は年間140億ドル規模の市場を持ち、ボーイング787の機体の多くも実はエポキシ系接着剤で結合されています。

この章では、エーテル・エポキシド・クラウンエーテル・チオール・スルフィドという「C-OおよびC-S単結合」を持つ官能基群の化学を一通り学び、次章以降で本格的に扱うカルボニル化学への土台を固めます。

第18章のゴール
① エーテルを命名し、Williamson合成・アルコキシ水銀化で合成できる
② エーテルの酸開裂反応(HBr・HI)の機構をSN1/SN2で説明できる
③ エポキシドの酸触媒・塩基触媒開環反応の位置選択性を予測できる
④ クラウンエーテルによる金属カチオン捕捉のしくみを説明できる
⑤ チオール・スルフィドの合成とジスルフィド・スルホキシド・スルホンへの酸化を説明できる
⑥ S-アデノシルメチオニンなどスルホニウムイオンの生体内での役割を理解する
⑦ エーテル・エポキシドのIR・NMRスペクトルの特徴を把握する

18.1 エーテルの命名と性質

命名法

他の官能基を持たない単純なエーテルは、酸素に結合した2つの有機基の名前を並べて「エーテル」を付けます。

CH3-O-CH(CH3)2   イソプロピルメチルエーテル
CH3CH2-O-C6H5    エチルフェニルエーテル(アルファベット順に列記)

他の官能基が存在する場合は、エーテル部分をアルコキシ置換基として扱います(-OCH3 = メトキシ基など)。

p-ジメトキシベンゼン         (ベンゼン環の1,4位に -OCH3 が2つ)
4-tert-ブトキシ-1-シクロヘキセン (シクロヘキセン環に -OC(CH3)3 基)

構造と物性

アルコールと同様、エーテルもほぼ水と同じ幾何構造を持ちます。R-O-R’ の結合角はジメチルエーテルで約112°(ほぼ正四面体角)で、酸素原子は sp3 混成です。電気陰性な酸素のために弱い双極子モーメントを持ち、対応するアルカンよりわずかに沸点が高くなります。

エーテル 沸点 (°C) 対応する炭化水素 沸点 (°C)
CH3OCH3(ジメチルエーテル) −25 CH3CH2CH3(プロパン) −45
CH3CH2OCH2CH3(ジエチルエーテル) 34.6 ペンタン 36
アニソール(メチルフェニルエーテル) 158 エチルベンゼン 136
注意:エーテルの過酸化物は危険
エーテルは多くの試薬に対して安定ですが、空気中の酸素とゆっくり反応してO–O結合を持つ過酸化物を生じます。ジイソプロピルエーテルやテトラヒドロフラン(THF)のような低分子量エーテルの過酸化物は爆発性が高く、少量でも極めて危険です。実験室で長期保存したエーテルは使用前に過酸化物の有無を確認する必要があります。

18.2 エーテルの合成

① 酸触媒脱水縮合(限定的な方法)

対称な単純エーテルは、硫酸触媒下でアルコールを脱水縮合させて工業的に合成されます。プロトン化されたエタノール分子の酸素原子に、別のエタノール分子の酸素がSN2的に攻撃する機構です。この方法は1°アルコールに限定されます——2°・3°アルコールはE1機構で脱水してアルケンを与えてしまうためです(17.6節)。

② Williamson エーテル合成(最重要)

最も汎用性の高いエーテル合成法はWilliamsonエーテル合成です。アルコキシドイオンが1°アルキルハライドまたはトシラートとSN2反応します。アルコキシドは通常、アルコールを強塩基(NaHなど)と反応させて調製します。

シクロペンタノール --[NaH]--> アルコキシドイオン --[CH3I, THF]--> シクロペンチルメチルエーテル (74%)

銀の弱塩基性を利用する変法として、Ag2O を用いれば金属アルコキシドを予め作らずに遊離アルコールと直接反応させられます。糖類はこの条件でよく反応し、グルコースは過剰のヨードメタンと Ag2O 存在下でペンタエーテルを85%の収率で与えます。

Williamson合成はSN2反応であるため、通常のSN2の制約(11.3節)に従います。1°ハロゲン化物・トシラートが最適で、立体障害が大きい基質ではE2脱離が競合します。非対称エーテルを合成する際は、より立体障害の大きいアルコキシド側と、より立体障害の小さいハロゲン化物側を組み合わせるのが原則です。

推奨: tert-ブトキシドイオン + ヨードメタン        → tert-ブチルメチルエーテル(良好)
非推奨: メトキシドイオン + 2-クロロ-2-メチルプロパン → E2脱離が優勢(2-メチルプロペン生成)

③ アルケンのアルコキシ水銀化

8.4節で学んだヒドロキシ水銀化と同様の機構で、アルケンに対し酢酸水銀(または、より効果的なトリフルオロ酢酸水銀)の存在下でアルコールを反応させると、マルコフニコフ型でアルコールが付加します。続いて NaBH4 による脱水銀化でエーテルが得られます。

スチレン + CH3OH --[(CF3CO2)2Hg]--> 中間体 --[NaBH4]--> 1-メトキシ-1-フェニルエタン (97%)
シクロヘキセン + CH3CH2OH --[(CF3CO2)2Hg → NaBH4]--> シクロヘキシルエチルエーテル (100%)
使い分けのコツ(Worked Example 18.1)
エチルフェニルエーテルの合成では、フェノールが原料に使える(Williamson: NaOH→フェノキシド + CH3CH2Br)か、エチレンがアルケン原料として使える(アルコキシ水銀化: フェノール + H2C=CH2)かのどちらかの戦略で考えます。一方の官能基がアルケン由来ならアルコキシ水銀化、1°・2°ハロゲン化物が使えるならWilliamson合成が適しています。

18.3 エーテルの反応:酸による開裂

エーテルは溶媒として多用されるほど不活性ですが、唯一の一般的反応として強酸による開裂があります。HBr・HI水溶液は有効ですが、HClはエーテルを開裂できません(11.3節で見たようにClの求核性・脱離能のバランスが不十分)。

エチルフェニルエーテル --[HBr, H2O, 還流]--> フェノール + ブロモエタン

機構:SN2かSN1/E1か

エーテルの構造 機構 特徴
1°・2°アルキル基のみ SN2 I/Brが立体障害の小さい側を背面攻撃。選択的に単一の生成物対を与える
3°・ベンジル・アリル基を含む SN1 または E1 安定なカルボカチオン中間体を経由。穏和な温度で速く進行

エチルイソプロピルエーテルをHIで開裂すると、ヨウ化物イオンが立体障害の小さい1°(エチル側)を攻撃するため、イソプロピルアルコールとヨードエタンが選択的に得られます。一方、tert-ブチルシクロヘキシルエーテルはトリフルオロ酢酸処理でE1機構により0°Cでも反応し、シクロヘキサノールと2-メチルプロペンを90%収率で与えます(26.7節で学ぶペプチド合成の保護基脱保護にも応用される反応です)。

Worked Example 18.2:生成物予測
tert-ブチルプロピルエーテル + HBr → 3°アルキル基(tert-ブチル)と1°アルキル基(プロピル)の組み合わせ。3°側はSN1機構でC–O結合が切れるため、2-ブロモ-2-メチルプロパン + 1-プロパノールが得られます(競合するE1脱離でアルケンが生じる可能性もある)。

18.4 環状エーテル:エポキシド

環状エーテルの化学は基本的に鎖状エーテルと同じです。テトラヒドロフラン(THF)や1,4-ジオキサンのような環状エーテルは不活性な溶媒として広く使われ、強酸で開裂する点も鎖状エーテルと共通です。

ただし三員環の環状エーテルであるエポキシド(オキシラン)だけは例外的な反応性を示します。環のひずみが大きいため、エポキシドは酸・塩基どちらでも開環します。

エポキシドの工業合成:エチレンオキシド

最も単純なエポキシドであるエチレンオキシドは、エチレングリコール(自動車の不凍液原料)やポリエステルの製造中間体として、全世界で年間約3700万トンが生産されています。主に300°Cで酸化銀触媒上にエチレンと酸素を反応させる気相酸化法によりますが、この方法は他のエポキシドには応用できません。

H2C=CH2 + 1/2 O2 --[Ag2O触媒, 300°C]--> エチレンオキシド(系統名:1,2-エポキシエタン)

実験室での合成:2つのルート

① ペルオキシ酸酸化

アルケンに m-クロロ過酸化ベンゾイル(mCPBA)などのペルオキシ酸を作用させ、直接エポキシドへ変換する(8.7節既習)

② ハロヒドリン+塩基

アルケンにCl2/H2Oを付加してハロヒドリンを得た後、塩基でHXを脱離。分子内Williamson合成として進行する

使い分け

①は1段階で簡便。②はハロヒドリン経由のため立体化学の制御がしやすい場合に有用

シクロヘプテン + mCPBA --[CH2Cl2]--> 1,2-エポキシシクロヘプタン + m-クロロ安息香酸

シクロヘキセン --[Cl2, H2O]--> trans-2-クロロシクロヘキサノール --[NaOH]--> 1,2-エポキシシクロヘキサン

18.5 エポキシドの開環反応

酸触媒による開環

エポキシドは他のエーテルと同様に酸で開裂しますが、環のひずみのためにはるかに穏和な条件(室温の希薄水溶液)で進行します。これはエポキシドの加水分解により1,2-ジオール(ビシナルグリコール)を与える反応で、プロトン化されたエポキシドへの求核剤の背面(SN2様)攻撃により trans-1,2-ジオールが生成します。

1,2-エポキシシクロヘキサン --[H3O+]--> trans-1,2-シクロヘキサンジオール (86%)

無水のHXを用いれば、エポキシドはtrans-ハロヒドリンに変換されます(X = F, Cl, Br, I)。

位置選択性:SN1とSN2の境界領域

酸触媒開環の位置選択性はエポキシドの構造に依存し、しばしば生成物の混合物を与えます。

両炭素の置換度 攻撃部位 傾向
両方が1°または2° 立体障害の小さい側 SN2様
一方が3° 立体障害の大きい側(3°側) SN1様

例えば1,2-エポキシプロパンはHClと反応して主に1-クロロ-2-プロパノール(90%、less hindered攻撃)を与えますが、2-メチル-1,2-エポキシプロパンは2-クロロ-2-メチル-1-プロパノール(60%、more hindered攻撃)を主生成物とします。

機構はSN1・SN2どちらか一方では説明できません。1,2-エポキシ-1-メチルシクロヘキサンとHBrの反応(FIGURE 18.2)では、生成物は−Brと−OHがtransの単一の立体異性体のみ(SN2的な背面攻撃の証拠)でありながら、Brは立体障害の大きい3°側を攻撃します(SN1的なカルボカチオン性格の証拠)。

よくある誤解:酸触媒開環は単純なSN1ではない
プロトン化されたエポキシドでは正電荷がより置換度の高い炭素に偏って分布するため、求核剤の背面攻撃(SN2的配置)がその置換度の高い炭素で起こります。「SN2の幾何学+SN1的な電荷分布」が共存する遷移状態だと理解しましょう。

塩基触媒による開環

エポキシドは三員環のひずみのため、通常のエーテルでは起こらない塩基・求核剤による開環も可能です。塩基触媒開環は純粋なSN2反応で、置換度に関わらず常に立体障害の小さい炭素を攻撃します。

1,2-エポキシプロパン + エトキシドイオン --[CH3CH2OH]--> 1-エトキシ-2-プロパノール (83%)
(立体障害の小さい1°炭素を攻撃。2°側は攻撃されない)

アミン(RNH2、R2NH)やGrignard試薬(RMgX)も求核剤として使えます。心臓不整脈・高血圧治療薬として世界で最も処方されるβブロッカーの一つメトプロロールの工業合成は、アミンによるエポキシド開環を利用しています。

Grignard試薬とエチレンオキシドの反応は特に有用で、アルキルハライドより炭素数が2つ多い1°アルコールを与える定番の炭素鎖延長法です。

1-ブロモブタン --[Mg]--> ブチルマグネシウムブロミド --[エチレンオキシド → H3O+]--> 1-ヘキサノール (62%)

18.6 クラウンエーテル

クラウンエーテルは1960年代初頭、デュポン社のCharles Pedersenによって発見されたエーテル化合物群です。命名は「x-crown-y」形式に従い、xは環構成原子の総数、yはエーテル酸素原子の数を表します。例えば18-crown-6は18員環で6個のエーテル酸素を持ちます。

クラウンエーテルの重要性は、ポリエーテル空洞の中心に特定の金属カチオンを取り込む能力に由来します。18-crown-6はカリウムイオンと強く結合するため、非極性有機溶媒中の18-crown-6溶液は多くのカリウム塩を溶解できます。たとえば過マンガン酸カリウム(KMnO4)は通常トルエンに溶けませんが、18-crown-6存在下では溶解し、アルケン酸化に有用な試薬溶液になります。

クラウンエーテルによる無機塩の溶解効果は、DMSO・DMF・HMPAのような極性非プロトン性溶媒(11.3節)に塩を溶かす効果と類似しています。どちらの場合も金属カチオンが強く溶媒和され、陰イオンが「裸」の状態になるため、陰イオンのSN2求核性が大幅に向上します。

生体内のクラウンエーテル様分子:イオノフォア
クラウンエーテルは天然には存在しませんが、似たイオン結合特性を持つ「イオノフォア」という化合物群が微生物によって生産されています。例えば抗生物質バリノマイシンはK+イオンに対しNa+の1万倍の選択性で結合し、生体膜を通したイオン輸送を促進します。

18.7 チオールとスルフィド

チオール——アルコールの硫黄版

チオール(メルカプタンとも呼ぶ)はアルコールの硫黄類縁体で、アルコールと同じ命名規則に接尾辞「-チオール」を用います(-SH基自体は「メルカプト基」)。アルコールと同様に弱酸性ですが(CH3SHのpKa ≈ 10.3)、硫黄原子の電気陰性度が低いため水素結合をほとんど形成しません

チオールの最大の特徴は強烈な悪臭です。スカンクの分泌液の主成分は3-メチル-1-ブタンチオールと2-ブテン-1-チオールです。揮発性の高いエタンチオールは、漏洩を検知しやすくするため天然ガスやLPGに添加されています。

チオールはアルキルハライドにヒドロスルフィドイオン(SH)をSN2的に求核置換させて合成しますが、生成したチオールがさらにアルキルハライドと反応してスルフィドを副生しやすいため、過剰のヒドロスルフィドを用いる必要があります。この問題を回避するため、実際にはチオ尿素((NH2)2C=S)を求核剤として使う方法が一般的です。アルキルイソチオウロニウム塩中間体を経て、水性塩基で加水分解するとチオールが得られます。

1-ブロモオクタン + チオ尿素 → アルキルイソチオウロニウム塩 --[H2O, NaOH]--> 1-オクタンチオール (83%) + 尿素

チオール↔ジスルフィドの酸化還元

チオールはBr2やI2で酸化されジスルフィド(R-S-S-R’)を与え、Zn/酸で還元すれば元のチオールに戻ります。この可逆的な酸化還元は生体内で重要な役割を果たします。

2 R-SH --[Br2 または I2]--> R-S-S-R + 2 HX
R-S-S-R --[Zn, H+]--> 2 R-SH
生体内のジスルフィド——タンパク質構造と抗酸化
タンパク質中のシステイン残基間に形成されるジスルフィド「架橋」は、タンパク質の立体構造を安定化する重要な構造要素です(26章で詳述)。また細胞内の抗酸化物質グルタチオン(GSH)は酸化的損傷を防ぎ、自身は酸化されてグルタチオンジスルフィド(GSSG)となります。還元型への再生にはFADH2由来の還元力が使われます。

スルフィド——エーテルの硫黄版

スルフィドはエーテルの硫黄類縁体で、エーテルと同じ命名規則を踏襲します(単純な化合物では「sulfide」、複雑な置換基では「alkylthio」を使用)。チオールを塩基(NaHなど)でチオラートイオン(RS)にした後、1°・2°アルキルハライドとSN2反応させると合成できます——Williamsonエーテル合成と同じ発想です。

スルフィドの特異な反応性

構造はエーテルと似ていますが、化学的性質は大きく異なります。硫黄の価電子は酸素(2p電子)より原子核から遠く緩く保持された3p電子であるため、スルフィドはエーテルよりはるかに強い求核性を持ちます。ジアルキルエーテルとは異なり、ジアルキルスルフィドは1°アルキルハライドとSN2的に速やかに反応してスルホニウムイオン(R3S+)を生じます。

生体内でこの反応の最も重要な例は、アミノ酸メチオニンとATPが反応してS-アデノシルメチオニン(SAM)を生成する反応です(このSN2反応では三リン酸イオンが脱離基になる点が特異)。SAMはノルエピネフリンにメチル基を転移してアドレナリンを生成する反応など、生体内のメチル化反応に広く使われる重要な補因子です。

スルフィドの酸化:スルホキシドとスルホン

スルフィドはエーテルと異なり容易に酸化されます。室温で過酸化水素(H2O2)を作用させるとスルホキシド(R2S=O)が、さらにペルオキシ酸で酸化するとスルホン(R2SO2)が得られます。

メチルフェニルスルフィド --[H2O2, H2O, 25°C]--> メチルフェニルスルホキシド --[CH3CO3H]--> メチルフェニルスルホン

ジメチルスルホキシド(DMSO)はよく使われる極性非プロトン性溶媒ですが、皮膚を浸透して溶解物を一緒に運ぶ性質があるため、取り扱いに注意が必要です。

18.8 エーテルのスペクトル解析

IRスペクトル

エーテルはIRスペクトルによる識別が難しい官能基です。C–O単結合伸縮(1050–1150 cm−1)を示しますが、この範囲には他の多くの吸収が重なるためです。フェニルアルキルエーテルは1050と1250 cm−1付近に2本の強いC–O伸縮吸収を示します。

1H・13C NMRスペクトル

エーテル酸素に隣接した炭素上の水素は、通常のアルカンより低磁場側(3.4–4.5 δ)に現れます。エポキシドのプロトンはやや高磁場の2.5–3.5 δに特徴的なシグナルを示し、ジアステレオトピックなメチレン水素由来の複雑な分裂パターンを示すことがあります。

13C NMRでも酸素隣接の炭素は低磁場シフトを示し、通常50–80 δの範囲に吸収します(例:メチルプロピルエーテルの酸素隣接炭素は58.5・74.8 δ)。

分析法 エーテルの特徴
IR C–O伸縮 1050–1150 cm−1(識別困難)
1H NMR O隣接C–H:3.4–4.5 δ/エポキシドCH:2.5–3.5 δ
13C NMR O隣接C:50–80 δ

カルボニル化学への橋渡し:4つの基本反応パターン

第18章でC–O・C–S単結合の化学が一通り終わり、第19章からはいよいよ有機化学の中心的存在であるカルボニル基(C=O)を5章にわたって学びます。カルボニル化合物はクエン酸(カルボン酸)・アセトアミノフェン(アミド)・ポリエステル素材ダクロン(エステル)など、生体分子・医薬品・合成高分子のいずれにも遍在します。

カルボニル化合物は、アシル基(R-C=O)に結合した置換基の性質によって2グループに分類できます。

アルデヒド・ケトン
アシル基がH・Cに結合——負電荷を安定化できず脱離基になれない|||カルボン酸とその誘導体
アシル基がO・X・S・Nに結合——負電荷を安定化できるため脱離基として働ける(エステル・酸塩化物・アミド・酸無水物)

カルボニル基のC=O結合はアルケンのC=C結合と類似の構造を持ちますが、酸素の高い電気陰性度により強く分極しており、炭素は部分正電荷(電子親和的)・酸素は部分負電荷(求核的)を帯びます。この分極が、これから学ぶすべてのカルボニル反応の出発点です。

カルボニル化合物の反応は、次の4つの基本機構のいずれかに分類されます。

カルボニル化学を貫く4つの機構

① 求核付加反応(第19章)
求核剤がカルボニル炭素に付加し、四面体型アルコキシド中間体を経由。プロトン化でアルコールに、脱水でC=Nu二重結合(イミンなど)になる。NaBH4還元・Grignard反応がこの例。

② 求核アシル置換反応(第21章)
カルボン酸誘導体だけに起こる反応。四面体中間体が単離されず、脱離基を放出して新しいカルボニル化合物を生成(酸塩化物→エステルなど)。

③ α置換反応(第22章)
カルボニル基の隣(α位)の水素が酸性になり、エノールまたはエノラートイオンを経由して電子求引剤に置換される。

④ カルボニル縮合反応(第23章)
2つのカルボニル化合物が反応——一方のエノラートが他方のカルボニル基に求核付加する、①と③の組み合わせ反応。アルドール反応がその代表例。

この4分類の枠組みを頭に入れておくと、次章以降で登場する個々の反応が「どのパターンの応用か」を見抜きやすくなります。

まとめ——第18章の全体像

第18章 キーコンセプト整理

■ エーテルの命名・性質
・R-O-R’、sp3酸素・結合角約112°、対応する炭化水素より沸点がやや高い
・低分子量エーテルは過酸化物形成に注意(爆発性)

■ エーテルの合成
・酸触媒脱水縮合:対称・1°アルコール限定
・Williamson合成:アルコキシド + 1°ハロゲン化物/トシラート(SN2)
・アルコキシ水銀化/脱水銀化:アルケン + アルコール(マルコフニコフ付加)

■ エーテルの反応
・HBr・HIで開裂(HClは不可)。1°2°はSN2、3°/ベンジル/アリルはSN1・E1

■ エポキシド
・合成:ペルオキシ酸(mCPBA)またはハロヒドリン+塩基
・酸触媒開環:穏和な条件で進行。両炭素1°/2°→立体障害小側、一方3°→立体障害大側(SN2幾何+SN1電荷分布)
・塩基触媒開環:純粋なSN2、常に立体障害の小さい炭素を攻撃
・Grignard + エチレンオキシド → 炭素数+2の1°アルコール

■ クラウンエーテル
・x-crown-y命名、特定の金属カチオンを選択的に捕捉(18-crown-6 ↔ K+
・無機塩を非極性溶媒に溶解させ、陰イオンのSN2反応性を向上

■ チオール・スルフィド
・チオール:アルコールの硫黄版。水素結合なし。チオ尿素法で合成、Br2/I2でジスルフィドに酸化
・スルフィド:エーテルの硫黄版だが求核性が強い。1°ハロゲン化物とスルホニウムイオンを形成(SAMが好例)
・スルフィド酸化:H2O2でスルホキシド、ペルオキシ酸でさらにスルホンへ

■ スペクトル同定
・IR:C–O伸縮 1050–1150 cm−1(識別困難)
・NMR:エーテルCH 3.4–4.5 δ、エポキシドCH 2.5–3.5 δ

■ カルボニル化学への接続
・4機構:求核付加/求核アシル置換/α置換/カルボニル縮合——第19–23章で順に展開

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