置換基が1つだけついたベンゼン環の反応性なら、「活性化基か不活性化基か」を覚えていれば即答できます。しかし置換基が2つ以上重なったとき、あるいは異なる種類の不活性化基どうしを比べるときは、単純な二分法では太刀打ちできません。
2023年度の東京大学大学院工学系研究科の入試「化学」第3問では、3組の置換ベンゼンについて求電子置換反応への反応性を順位づける設問が出題されました。それぞれの組が異なる「比較の難しさ」を含んでおり、置換基効果の理解度を段階的に試す構成になっています。1問の中に3つの小さな練習問題が詰まっているような出題です。
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【問題】 次のグループ(i), (ii), (iii)について、化合物①, ②, ③を芳香族求電子 置換反応(EAS)に対する反応性の高さの順に並べよ。最も反応性が高い ものを左側に示せ。 (i) ① ブロモベンゼン ② o-ジブロモベンゼン ③ ベンゼン (ii) ① p-クロロニトロベンゼン ② ニトロベンゼン ③ フェノール (iii) ① ヨードベンゼン ② ベンズアルデヒド ③ o-キシレン
3組とも置換基の種類が異なり、それぞれ別の判断基準が問われています。順番に見ていきましょう。
(i):ハロゲン置換基が増えるとどうなるか
ブロモベンゼンと o-ジブロモベンゼンは、いずれもハロゲン(Br)という特殊な置換基を持っています。ハロゲンは「オルト・パラ配向性だが不活性化」という、配向性と活性化・不活性化が一致しない例外的な置換基です。
【ハロゲンが不活性化なのにオルト・パラ配向性である理由】
誘起効果(−I):Brの強い電気陰性度がベンゼン環全体から
電子密度を引き抜く → 環全体を不活性化
共鳴効果(+M):Brの非共有電子対が環に部分的に流れ込む
→ オルト・パラ位の電子密度を相対的に高める
→ 誘起効果(環全体を不活性化)が共鳴効果(オルト・パラを活性化)
より勝るため、全体としては「弱い不活性化」だが、
反応する位置はオルト・パラに偏る
ハロゲンが1つ(ブロモベンゼン)でもベンゼンより反応性は下がりますが、ハロゲンが2つ(o-ジブロモベンゼン)になると不活性化の効果が積み重なり、さらに反応性が下がります。
(ii):強い活性化基 vs 強い不活性化基の重ね合わせ
このグループでは、強い活性化基(フェノールの −OH)と強い不活性化基(−NO2)、さらにその不活性化基にハロゲンが重なったケースが比較されます。
| 化合物 | 置換基 | 効果 |
|---|---|---|
| フェノール | −OH | 強い活性化(酸素の非共有電子対が環に強く流れ込む) |
| ニトロベンゼン | −NO2 | 強い不活性化(共鳴・誘起効果の両方で電子を強く引き抜く) |
| p-クロロニトロベンゼン | −NO2 + −Cl | 強い不活性化(NO2)+弱い不活性化(Cl)が重なる |
フェノールの −OH は、ハロゲンと違って共鳴効果(電子を環に押し込む効果)が誘起効果(電子を引き抜く効果)を上回るため、全体として強い活性化基として働きます。一方、−NO2 は共鳴・誘起の両方で電子を引き抜くため、強い不活性化基です。p-クロロニトロベンゼンは、この強い不活性化(NO2)にさらにハロゲンの弱い不活性化(Cl)が加わるため、ニトロベンゼン単独よりもさらに反応性が下がります。
(iii):アルキル基 vs ハロゲン vs カルボニル系不活性化基
最後のグループでは、弱い活性化基(アルキル基)、弱い不活性化基(ハロゲン)、強い不活性化基(カルボニル系)という3段階の置換基効果が比較されます。
【置換基効果の強さの序列(概念図)】
強い活性化 −OH, −NH₂, −OR(共鳴で電子供与が誘起効果を圧倒)
↑
弱い活性化 −CH₃, −C₂H₅ などアルキル基(誘起的な電子供与・超共役)
│
───────────(ベンゼン基準)───────────
│
弱い不活性化 −F, −Cl, −Br, −I(誘起効果が共鳴効果を上回る)
↓
強い不活性化 −NO₂, −CHO, −COOH, −CN(共鳴・誘起の両方で電子を引き抜く)
o-キシレン(2つのメチル基)は弱い活性化基が2つ重なっているため、ベンゼンよりも反応性が高くなります。ヨードベンゼンはハロゲンの弱い不活性化を受けますが、ベンズアルデヒドの −CHO(カルボニル基)のような強い不活性化基に比べればはるかに反応性は高く保たれます。
この問題が教えてくれる院試の解き方
この4段階の分類を覚えておけば、本問のように初見の置換基の組み合わせが出てきても、ベンゼンを基準点として相対的な位置づけから順位を組み立てることができます。
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求電子的芳香族置換反応の機構(σ錯体・Wheland中間体)、配向性のルール(オルト・パラ配向性 vs メタ配向性)の理論的な背景については、求電子的芳香族置換(EAS)の基本記事で詳しく解説しています。Friedel–Craftsアシル化を使った合成設計問題は別記事でも取り上げています。
まとめ
よくある質問(FAQ)
はい。Fは電気陰性度が非常に大きく誘起効果による不活性化が強い一方、孤立電子対のp軌道が小さく環のp軌道との重なりが悪いため共鳴効果も弱く、結果として4つのハロゲンの中では最も不活性化が強くなります(ただし配向性自体はオルト・パラのまま)。逆にIは誘起効果が弱く共鳴効果(軌道の重なり)も中程度のため、ハロゲンの中では比較的反応性が高めです。本問の大まかな順位づけには影響しませんが、より細かい比較ではこの違いも問われることがあります。
アルキル基には孤立電子対もπ結合もありませんが、C−H結合の電子(σ結合電子)が隣接するπ系と相互作用する超共役、および誘起的な電子供与によって、環の電子密度をわずかに高めます。この効果は酸素・窒素の非共有電子対による共鳴効果よりはるかに弱いため、「弱い活性化基」という位置づけになります。
基本的な考え方(各置換基の効果を足し算的に重ね合わせる)は同じですが、置換基どうしが立体的に干渉する場合や、置換基の位置関係によって共鳴効果の伝わり方が変わる場合もあるため、置換基が増えるほど慎重な検討が必要になります。まずは2つまでの組み合わせ(本問のような例)を確実に解けるようにしておくことが基礎になります。
置換基の活性化・不活性化の考え方は、芳香環が関わる他の反応(例えば芳香環の酸化還元のしやすさ、酸性度・塩基性度の議論)にも応用できる汎用的な概念です。ただし、配向性(どの位置で反応するか)の議論は求電子置換反応に特有のものなので、反応の種類によって使う部分を切り分けて理解しておくとよいでしょう。
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