アルキルハライドや関連化合物の反応を学んでいると、SN1、SN2、E1、E2 という名前が次々に登場します。
さらに条件によっては E1cB という機構も現れ、どれがどの場面で起こるのか混乱しやすくなります。
しかし、これらの反応は無秩序に並んでいるわけではありません。
反応の本質は、
「まず何が切れるのか」
「中間体はあるのか」
「求核剤や塩基はどの段階で関与するのか」
という点で整理できます。
この章の最後では、E1 と E1cB の違いを中心にしながら、SN1・SN2・E1・E2 を比較し、反応予測の全体像をまとめます。
反応を個別に暗記するのではなく、機構と条件から判断できる状態を目指します。
E1反応とは何か
E1反応は、一分子脱離反応です。
名称の E は elimination、1 は律速段階に基質だけが関与することを示しています。
この反応では、まず脱離基が外れてカルボカチオンが生じます。
次に、塩基が β 水素を引き抜くことで二重結合が形成されます。
したがって、E1反応は二段階機構です。
この流れは SN1反応とよく似ています。
実際、SN1 と E1 は同じようにカルボカチオン中間体を共有することが多く、最初の律速段階も共通です。
違いは、その後に何が起こるかです。
求核剤が攻撃すれば SN1、塩基が β 水素を引き抜けば E1 になります。
E1反応の特徴
E1反応では、カルボカチオンの安定性が非常に重要です。
そのため、一般に三級基質や、アリル位・ベンジル位のように共鳴で安定化された基質で起こりやすくなります。
また、極性プロトン性溶媒はカルボカチオンと脱離基を安定化するため、E1 を助けます。
一方、強い塩基は必須ではありません。
むしろ、弱い塩基や弱い求核剤の条件でも、いったんカルボカチオンができれば脱離は進みます。
E1反応ではカルボカチオン中間体を経由するため、転位が起こりうることも重要です。
さらに、脱離の位置選択は一般にザイツェフ則に従いやすく、より安定なアルケンが主生成物になりやすくなります。
E1cB反応とは何か
E1cB は Elimination Unimolecular conjugate Base の略です。
日本語では、共役塩基中間体を経由する脱離反応と理解すると分かりやすくなります。
この反応では、まず塩基が基質からプロトンを引き抜き、カルバニオン性をもつ中間体、あるいはそれに近い種が生じます。
その後、その中間体から脱離基が外れて二重結合が形成されます。
つまり、E1 では
脱離基が先に外れる
のに対し、
E1cB では水素が先に外れる
という点が本質的な違いです。
この順序の違いによって、必要な条件も適した基質も変わってきます。
E1 と E1cB の違い
E1 と E1cB の最も重要な違いは、最初に生じる中間体の種類です。
E1 ではカルボカチオンが生じます。
E1cB ではカルバニオン性中間体、すなわち共役塩基が生じます。
そのため、E1 はカルボカチオンが安定な基質で起こりやすく、E1cB は逆に、カルバニオンがある程度安定化される基質で起こりやすくなります。
たとえば、カルボニル基に隣接した位置のように、負電荷が共鳴で安定化される場合には E1cB が現れやすくなります。
さらに、E1 は良い脱離基があると進みやすいですが、E1cB は脱離基があまり良くない場合にも起こりえます。
なぜなら、まずプロトンを引き抜いて中間体を作り、その後で脱離を進める道があるからです。
つまり、
E1 は「カチオンが作りやすいか」で決まり、
E1cB は「アニオンが作りやすいか」で決まる、
と整理すると理解しやすくなります。
E1cB が起こりやすい条件
E1cB は、次のような条件で起こりやすくなります。
第一に、引き抜かれる水素が比較的酸性であることです。
第二に、生成する負電荷が共鳴などで安定化されることです。
第三に、脱離基があまり良くなく、普通の E1 や E2 では進みにくいことです。
典型例としては、β-ヒドロキシカルボニル化合物の脱水などが挙げられます。
この場合、まずカルボニル基に隣接した α 水素が塩基によって引き抜かれ、エノラート様の中間体ができます。
その後、ヒドロキシ基が最終的に脱離し、共役した不飽和カルボニル化合物が生じます。
このように、E1cB はアルキルハライドだけでなく、カルボニル化学とも深く結びついた重要機構です。
SN1・SN2・E1・E2 を最初に分ける基準
これら四つの機構を見分けるとき、最初に見るべきなのは基質の構造です。
メチル基質や多くの一級基質では SN2 が有利です。
三級基質では SN2 はほぼ起こらず、SN1・E1・E2 を考えることになります。
二級基質では、条件によって SN2、E2、SN1、E1 が競合しやすくなります。
次に重要なのが、試薬が強い求核剤か、強い塩基か、その両方かという点です。
小さくて強い求核剤なら SN2 に向かいやすく、かさ高い強塩基なら E2 に向かいやすくなります。
弱い求核剤・弱い塩基で、しかもカチオンが安定な基質なら SN1 / E1 が起こりやすくなります。
さらに、溶媒と温度も大切です。
極性非プロトン性溶媒は SN2 を助けやすく、極性プロトン性溶媒は SN1 / E1 を助けやすくなります。
また、加熱すると一般に脱離が有利になりやすいです。
SN2とE2の違い
SN2 と E2 は、どちらも一段階反応であり、速度式は基質と試薬の両方に依存します。
そのため、問題ではしばしば競合関係として現れます。
両者の違いは、試薬が炭素を攻撃するか、水素を引き抜くかにあります。
SN2 では求核剤が反応中心炭素を背面攻撃し、置換が起こります。
E2 では塩基が β 水素を引き抜き、脱離が起こります。
小さくて求核性の高い試薬では SN2 が有利になりやすく、かさ高くて塩基性の強い試薬では E2 が有利になりやすいです。
また、E2 には anti-periplanar という立体要件があるのに対し、SN2 には背面攻撃という立体要件があります。
つまり、SN2 と E2 は
「どちらも一段階だが、立体要件と攻撃対象が違う」
とまとめられます。
SN1とE1の違い
SN1 と E1 は、どちらもカルボカチオン中間体を経由する二段階反応です。
最初の律速段階は脱離基の脱離であり、この段階は共通しています。
その後、求核剤がカチオンを攻撃すれば SN1 になり、塩基が β 水素を引き抜けば E1 になります。
したがって、この二つはしばしば同じ条件下で競合します。
一般に、低温では置換が、高温では脱離が有利になりやすいです。
また、生成するアルケンの安定性が高いほど E1 の生成物は有利になります。
つまり、SN1 と E1 は
「同じ中間体から分岐する反応」
として理解すると整理しやすくなります。
SN1・SN2・E1・E2 を比較するときの最重要ポイント
四つの反応を比較するとき、最も重要なのは
中間体の有無
速度式
基質
試薬
立体化学
の五点です。
SN2 と E2 は中間体をもたない一段階反応です。
SN1 と E1 はカルボカチオン中間体をもつ二段階反応です。
SN2 はメチル・一級で有利です。
SN1 と E1 は三級や共鳴安定化基質で有利です。
E2 は二級・三級で特に重要です。
SN2 では強い求核剤が重要です。
E2 では強塩基が重要です。
SN1 / E1 では極性プロトン性溶媒とカチオン安定性が重要です。
立体化学では、SN2 は立体反転、SN1 はラセミ化傾向、E2 は anti 脱離、E1 は中間体を経由するため比較的立体要件が緩い、という違いがあります。
反応予測のための考え方
実際に問題を解くときには、まず基質の級数を見ます。
次に、試薬が強い求核剤か、強い塩基か、かさ高いかを確認します。
その後、溶媒と温度を見ます。
最後に、基質が立体的・電子的にどの中間体を作りやすいかを考えます。
この順番で考えると、かなり多くの問題が整理できます。
たとえば、三級基質に弱い求核剤と極性プロトン性溶媒なら SN1 / E1 を考えます。
二級基質に強塩基なら E2 を強く疑います。
一級基質に強い求核剤なら SN2 が有力です。
つまり、反応予測は暗記ゲームではなく、
基質
試薬
溶媒
温度
立体要件
を順に確認する作業だと考えるとよいです。
E1cB をどこに位置づけるか
E1cB は、SN1・SN2・E1・E2 の四本柱に比べると登場頻度はやや低いですが、機構論としては非常に重要です。
なぜなら、脱離反応が必ずしも
「脱離基が先に外れる」
か
「塩基が引き抜くのと同時に外れる」
の二択ではないことを示しているからです。
E1cB は、
「まず塩基が引き抜いてアニオンを作り、その後に脱離する」
という第三の道を示しています。
この機構を知っていると、特にカルボニル化学や生体内反応で、通常の E1 / E2 では説明しにくい反応を理解しやすくなります。
そのため、E1cB は頻度よりも概念的な重要性が高い機構だといえます。
この章全体のまとめ
求核置換と脱離の反応は、同じ基質から起こりうる反応を機構で分類して理解するところに本質があります。
SN2 は一段階置換、SN1 はカルボカチオンを経由する置換です。
E2 は一段階脱離、E1 はカルボカチオンを経由する脱離です。
E1cB はカルバニオン性中間体を経由する脱離です。
このように整理すると、それぞれは別々の暗記事項ではなく、
「どの結合が先に切れ、どの中間体が生じるか」
でつながった一つの体系として見えてきます。
ここまで理解できると、今後の有機化学で出会う多くの反応を、ただ覚えるのではなく、機構と条件から説明できるようになります。
それが、この章を学ぶ最大の意義です。
練習問題
解答:E1 ではまず脱離基が外れてカルボカチオン中間体が生じるのに対し、E1cB ではまず塩基がプロトンを引き抜いてカルバニオン性中間体、すなわち共役塩基が生じる点が本質的に異なります。
解答:どちらも最初に脱離基が外れてカルボカチオン中間体を生じるという共通の第一段階をもつためです。
解答:どちらも中間体をもたない一段階反応であり、反応速度が基質と試薬の両方の濃度に依存します。
解答:一般に SN2 反応が最も起こりやすくなります。
次に読むべき記事
- SN2反応の基本:一段階機構と立体反転
- SN1反応の基本:カルボカチオン生成と反応条件
- E2反応の基本:anti脱離とシクロヘキサン配座
- 求核置換反応とは:アルキルハライド反応の出発点
