蜂蜜の甘さ、綿の繊維、木材の硬さ——これらすべての根底にあるのが炭水化物(carbohydrate)です。地球上の生命体の乾燥重量の50%以上をグルコース重合体が占めるといわれ、炭水化物は生命を支えるエネルギーの化学的中継地点です。
本章から4章にわたって生体分子(biomolecule)を扱います。炭水化物はその最初のテーマです。単純な糖の立体化学から環状構造・アノマー・反応性を学び、二糖・多糖へと理解を広げましょう。
25.1 炭水化物の分類
炭水化物は多価ヒドロキシアルデヒドまたは多価ヒドロキシケトンの総称です。歴史的には「炭素の水和物(Cn(H2O)n)」と誤解されていたことから命名されましたが、化学的にはヒドロキシカルボニル化合物です。
炭素数と官能基の種類による分類:
- アルドース(aldose):アルデヒド基を持つ糖。例:D-グルコース(アルドヘキソース)
- ケトース(ketose):ケトン基を持つ糖。例:D-フルクトース(2-ケトヘキソース)
- 炭素数による分類:トリオース(C3)、テトロース(C4)、ペントース(C5)、ヘキソース(C6)など
複雑さによる分類:
加水分解でこれ以上小さな糖になれない。グルコース・フルクトース・ガラクトース・リボースなど
単糖2個がグリコシド結合でつながった糖。スクロース・マルトース・ラクトースなど
多数の単糖がつながった高分子。デンプン・セルロース・グリコーゲンなど
25.2 炭水化物の立体化学:Fischer投影式
炭水化物には多数の不斉炭素が存在するため、立体化学の表示にFischer投影式(Fischer projection)が使われます。
Fischer投影式のルール:
- 不斉炭素を水平・垂直線の交点として表す
- 水平方向の結合(左右):紙面手前に突き出ている
- 垂直方向の結合(上下):紙面奥に向いている
- 最も酸化された炭素(アルデヒド/カルボキシル)を上に置く慣例
| 操作 | 立体配置への影響 |
|---|---|
| 投影式を180°回転(平面内) | 同じ分子(立体変化なし) |
| 1回の置換基交換 | エナンチオマーに変換 |
| 2回の置換基交換 | 同じ分子に戻る |
| 90°回転(平面内) | エナンチオマーに変換 |
25.3 D糖とL糖
D/L命名法はグリセルアルデヒドを基準にした相対的な立体配置の表示法です。
D/L判定法:
- Fischer投影式で最も酸化された基(アルデヒド)を上に置く
- カルボニル基から最も遠い不斉炭素のOH基の向きを確認する
- OHが右向き → D糖
- OHが左向き → L糖
→ カルボニルから最も遠い不斉炭素のOHが右 → D配置
|||
L-グリセルアルデヒド:CHO(上)— CH(OH)(左OH)— CH2OH(下)
→ カルボニルから最も遠い不斉炭素のOHが左 → L配置
自然界に存在する糖のほとんどはD型です。L型の糖(L-フコースなど例外あり)は少数ですが、重要な生理活性を示します。
25.4 アルドースの立体配置
D-アルドースは炭素数に応じて次の数のジアステレオマーを持ちます:
| 炭素数 | 名称 | 不斉炭素数 | D型の種類 |
|---|---|---|---|
| C3 | アルドトリオース | 1 | 1(D-グリセルアルデヒド) |
| C4 | アルドテトロース | 2 | 2(D-エリトロース、D-トレオース) |
| C5 | アルドペントース | 3 | 4(D-リボース、D-アラビノース、D-キシロース、D-リキソース) |
| C6 | アルドヘキソース | 4 | 8(グルコース、マンノース、ガラクトース、アロース、アルトロース、グロース、イドース、タロース) |
8種のD-アルドヘキソースはFischer投影式における各不斉炭素のOH基の向きで区別されます。C2〜C5の4つの不斉炭素の配置の組み合わせにより16種類(24)の立体異性体があり、そのうちD型が8種、L型が8種です。
25.5 単糖の環状構造:アノマー
ヘミアセタールの形成と環化
アルデヒドとアルコールが反応してヘミアセタールを生成することは第19章で学びました。同一分子内にアルデヒドとヒドロキシルが存在すると、分子内ヘミアセタール(環状ヘミアセタール)が形成されます。
グルコース(アルドヘキソース)では、C5のOH基がC1のアルデヒドと反応して6員環のピラノースを形成します。ピラノース(pyranose)の名はピラン(pyran)に由来します。
同様に5員環が形成された場合はフラノース(furanose)といいます(フランに由来)。フルクトースはC5のOH基がC2のケトン基と反応してフラノースを形成しやすいです。
アノマーとアノマー中心
開鎖糖が環化すると、旧カルボニル炭素(C1)が新たな不斉炭素となり、アノマー中心(anomeric center)と呼ばれます。この炭素に由来する2つのジアステレオマーをアノマー(anomer)といい、αアノマーとβアノマーに区別します。
| アノマー | 定義(Fischer投影式との関係) | 椅子型での位置(D-グルコース) |
|---|---|---|
| αアノマー | 新生OH基が最も遠い不斉炭素のOHとcis配置 | C1-OHがアキシアル(下向き) |
| βアノマー | 新生OH基が最も遠い不斉炭素のOHとtrans配置 | C1-OHがエクアトリアル(上向き) |
水溶液中ではαとβは相互変換し(ムタローテーション)、平衡状態ではα-D-グルコピラノース:β-D-グルコピラノース = 37:63の混合物になります。β型がより安定な理由は、すべての置換基がエクアトリアルに配置されるためです(アノマー効果は無視した場合)。
Haworth式と椅子型配座
環状糖の表示方法:
- Haworth式(Haworth projection):6員環を平面六角形として描き、太線部分が手前を表す。Fischer投影式で右向きのOHはHaworth式では環の下、左向きのOHは環の上。D糖ではC6の-CH2OH基が環の上に来る。
- 椅子型配座(chair conformation):シクロヘキサンと同様に椅子型で描く。より実際の構造に近く、アキシアル/エクアトリアル配置の把握に有効。
25.6 単糖の反応
酸化反応
アルドースのアルデヒド基は各種酸化剤で反応します:
| 酸化剤 | 酸化される位置 | 生成物 | 例 |
|---|---|---|---|
| Br2/H2O(温和) | アルデヒド(C1)のみ | アルドン酸(aldonic acid) | D-グルコース → D-グルコン酸 |
| HNO3(温、希薄) | アルデヒド(C1)+末端CH2OH(両末端) | アルダル酸(aldaric acid) | D-グルコース → D-グルカル酸(糖二酸) |
| 酵素(選択的) | 末端CH2OH(C6)のみ | ウロン酸(uronic acid) | D-グルコース → D-グルクロン酸 |
還元糖(reducing sugar)とは、Tollens試薬(Ag+/NH3水)やBenedict試薬(Cu2+/クエン酸Na水)を還元する糖のことです。アルデヒド基を持つアルドースはすべて還元糖です。フルクトース(ケトース)も塩基性条件でアルドースに異性化するため還元糖となります。配糖体(グリコシド)はアセタールであり、塩基条件で加水分解されないため非還元糖です。
還元反応
NaBH4または触媒的水素添加によりアルドースのアルデヒドを還元すると、アルジトール(alditol)(多価アルコール)が得られます。
例:D-グルコース + NaBH4 → D-グルシトール(ソルビトール)
エーテル化・エステル化
単糖のOH基は通常のアルコールと同様に反応します:
- エーテル化:CH3I/Ag2O処理でO-メチル化(メチルエーテル形成)
- エステル化:(CH3CO)2O/ピリジンでアセチル化(酢酸エステル形成)
これらの反応はOH基の数の決定や多糖の結合位置の分析に利用されます。
配糖体(グリコシド)の生成
アルドースを酸触媒存在下でアルコールと反応させると、ヘミアセタールのOHがアルコキシ基に置き換わり、配糖体(glycoside)(アセタール)が生成します。この反応はKoenigs-Knorr反応とも呼ばれます。
グルコース(ヘミアセタール)+ R-OH --HCl/-H₂O--> グルコシド(アセタール)
α型またはβ型
配糖体のアセタール基は酸により加水分解されますが、塩基では安定です。また、ムタローテーションを示さず(アノマー中心が固定されているため)、非還元糖です。
Kiliani-Fischer合成(鎖延長)
Kiliani-Fischer合成は、アルドースの炭素鎖を1つ延長する方法です:
- アルドースにHCNを付加 → シアノヒドリン(2種のジアステレオマーの混合物)
- ニトリルを還元(Pd触媒/H2)→ イミン中間体
- イミンの加水分解 → 2種の鎖延長アルドース
例:D-アラビノース(アルドペントース)→ Kiliani-Fischer合成 → D-グルコース+D-マンノース(アルドヘキソース)
C2の配置だけが異なる2種の糖(エピマー、epimer)が生成することが特徴です。
Wohl分解(鎖短縮)
Wohl分解はKiliani-Fischer合成の逆操作で、アルドースの炭素鎖を1つ短縮します:
- アルデヒドをヒドロキシルアミンで処理 → オキシム
- オキシムを無水酢酸で脱水 → ニトリル(シアノヒドリン)
- 塩基条件でHCNを脱離 → 鎖短縮アルドース
例:D-ガラクトース(アルドヘキソース)→ Wohl分解 → D-リキソース(アルドペントース)
25.7 8種の必須単糖
ヒトが正常に機能するために食事から摂取(または生合成)しなければならない8種の単糖があります。いずれも細胞膜の糖タンパク質・糖脂質の構成成分であり、細胞間認識・免疫・シグナル伝達に関わります。
| 単糖名 | 種類 | 特徴 |
|---|---|---|
| D-グルコース | アルドヘキソース | 主要エネルギー源。血糖成分 |
| D-ガラクトース | アルドヘキソース | C4エピマー(グルコースのC4-OHが逆向き)。ラクトース構成成分 |
| D-マンノース | アルドヘキソース | C2エピマー(グルコースのC2-OHが逆向き)。糖タンパク質に多い |
| D-キシロース | アルドペントース | 植物細胞壁(キシラン)の構成成分 |
| L-フコース | 6-デオキシ-L-ガラクトース | C6のOH基がH(デオキシ糖)。血液型抗原に関与 |
| N-アセチル-D-グルコサミン | 2-アミノ糖誘導体 | C2のOHがNHACに置換。キチン・ヒアルロン酸・ペプチドグリカン構成成分 |
| N-アセチル-D-ガラクトサミン | 2-アミノ糖誘導体 | グリコサミノグリカン(コンドロイチン硫酸など)構成成分 |
| N-アセチルノイラミン酸 | シアル酸(9炭素) | 細胞認識・インフルエンザウイルス感染機構に関与 |
25.8 二糖
二糖(disaccharide)は、2個の単糖がアノマー中心と他の単糖のOH基の間のグリコシド結合(glycoside bond, O-glycoside)で連結された化合物です。
主要な二糖の比較
| 二糖名 | 構成単糖 | グリコシド結合 | 還元糖? | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| マルトース | グルコース + グルコース | α(1→4) | ○(還元糖) | デンプン加水分解の中間体。麦芽糖 |
| セロビオース | グルコース + グルコース | β(1→4) | ○(還元糖) | セルロース加水分解の反復単位 |
| ラクトース | ガラクトース + グルコース | β(1→4) | ○(還元糖) | 乳糖。母乳・牛乳の糖。乳糖不耐症 |
| スクロース | グルコース + フルクトース | α(1→β2) | ×(非還元糖) | 砂糖。両方のアノマー中心が結合に使われる |
25.9 多糖とその合成
多糖(polysaccharide)は多数の単糖がグリコシド結合でつながった高分子です。
セルロース(Cellulose)
- 構成単糖:D-グルコース
- 結合:β(1→4)グリコシド結合
- 構造:直鎖状。隣接鎖が水素結合で平行に積み重なり、繊維状の強固な構造を形成
- 機能:植物細胞壁の主要構成成分。紙・木材・綿の主成分
- 特徴:ヒトはセルラーゼを持たないため消化できない(食物繊維として機能)
デンプン(Starch)
- 構成単糖:D-グルコース
- 結合:α(1→4)グリコシド結合(アミロース)、α(1→6)分岐(アミロペクチン)
α(1→4)直鎖。ヨウ素により青〜黒色を呈する(ヘリックス内部にI3–が包接)。デンプンの約20〜30%
|||
アミロペクチン(Amylopectin)
α(1→4)直鎖に約25〜30グルコースごとにα(1→6)分岐。分岐鎖構造。デンプンの約70〜80%
グリコーゲン(Glycogen)
- 構成単糖:D-グルコース
- 結合:α(1→4)+α(1→6)分岐(アミロペクチンより高度な分岐:約8〜12グルコースごとに分岐)
- 機能:動物のエネルギー貯蔵多糖。肝臓・骨格筋に蓄えられ、血糖調節に関与
| 多糖 | 結合型 | 生物種 | 主な機能 |
|---|---|---|---|
| セルロース | β(1→4) | 植物 | 構造材料(細胞壁) |
| デンプン(アミロース) | α(1→4) | 植物 | エネルギー貯蔵 |
| デンプン(アミロペクチン) | α(1→4)+分岐α(1→6) | 植物 | エネルギー貯蔵 |
| グリコーゲン | α(1→4)+高度分岐α(1→6) | 動物 | エネルギー貯蔵(肝臓・筋肉) |
| キチン | β(1→4)(N-アセチルグルコサミン) | 節足動物・菌類 | 外骨格・細胞壁 |
多糖の化学合成(Koenigs-Knorr反応)
生体外での多糖・オリゴ糖の合成にはKoenigs-Knorr反応が古典的に用いられます。グリコシルブロミド(アノマー中心がブロミド)を、保護基を持つ受容体アルコールとAg2CO3などの銀塩存在下で反応させることでグリコシド結合を形成します。現代では固相合成や酵素合成法も使われます。
25.10 その他の重要な炭水化物
糖タンパク質・糖脂質
生体内の多くのタンパク質は共有結合で糖鎖を持つ糖タンパク質(glycoprotein)です。細胞表面の糖タンパク質は免疫認識・細胞接着・ホルモン受容体として機能します。ABO血液型抗原も赤血球表面の糖タンパク質・糖脂質の糖鎖構造の違いによって決まります。
合成甘味料(Artificial Sweeteners)
天然糖類と比較した合成甘味料の相対甘味度:
| 名称 | 種類 | 相対甘味度(スクロース=1) | 特記 |
|---|---|---|---|
| ラクトース | 天然二糖 | 0.16 | — |
| グルコース | 天然単糖 | 0.75 | — |
| スクロース | 天然二糖 | 1.00(基準) | — |
| フルクトース | 天然単糖 | 1.75 | 蜂蜜の甘さの主体 |
| サッカリン | 合成 | 380 | 金属的後味あり。100年以上の歴史 |
| アスパルテーム | 半合成(ジペプチド) | 180 | フェニルアラニン含有→PKU患者注意 |
| スクラロース | 半合成(塩素化スクロース) | 600 | 加熱安定性高い。製菓用に適す |
| アドバンテーム | 半合成(ジペプチド誘導体) | 20,000 | 最強クラスの甘味 |
まとめ:第25章 炭水化物
次章へのつながり
第26章では生体分子:アミノ酸・ペプチド・タンパク質(Biomolecules: Amino Acids, Peptides, and Proteins)を扱います。タンパク質を構成する20種のアミノ酸の構造・等電点から、ペプチド結合の形成・配列決定(Edman分解)・実験室での合成法(Boc/Fmoc保護基・Merrifield固相合成)、さらに酵素のしくみまでを学びます。炭水化物の知識(特にFischer投影式によるD/L立体配置の表記)はアミノ酸の立体化学にも直結します。
