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「アルカンと立体化学」完全解説|官能基・IUPAC命名法・コンフォメーションを徹底比較

はじめに:この章で学ぶこと

有機化学の世界には2億種類近くの化合物が知られていますが、そのすべてをバラバラに覚えようとするのは不可能です。実は有機化合物は官能基(functional group)によっていくつかの「ファミリー」に分類でき、同じファミリーに属する化合物は似た化学的性質を示します。

第3章では最もシンプルなファミリーであるアルカン(alkane)を通じて、2つの大きなテーマを学びます。ひとつは有機化合物の体系的な命名法(IUPAC命名法)、もうひとつは分子の三次元的な構造(立体化学・コンフォメーション)です。これらは後続のすべての章の基礎となります。

第3章のゴール
官能基の種類と分類 → アルカンの構造・異性体 → アルキル基と炭素の分類 → IUPAC命名法(4ステップ) → アルカンの物性 → コンフォメーション(ニューマン投影式) → ねじれひずみ・立体ひずみ の流れで理解していきましょう。

官能基:有機化合物分類の鍵

官能基(functional group)とは、分子中にあって特徴的な化学反応性を示す原子の集まりです。官能基が同じであれば、分子の大きさや複雑さに関わらず、基本的に同じ種類の反応を起こします。

たとえばエチレン(植物ホルモン)とメンテン(ハッカ油の成分)はサイズが全く異なりますが、どちらも炭素—炭素二重結合(C=C)という官能基を持つため、臭素(Br2)と同じ様式で反応します。

ポイント:官能基が反応性を決める
有機分子の化学反応性は、その分子が含む官能基によってほぼ決まります。分子の「骨格」部分(主にアルキル基)は反応性にあまり寄与しません。

官能基は大きく3つのグループに分類できます。

① 炭素—炭素多重結合を持つ官能基

名称 官能基の特徴 語尾 代表例
アルケン(alkene) C=C 二重結合 -ene エテン(H2C=CH2
アルキン(alkyne) C≡C 三重結合 -yne エチン(HC≡CH)
アレーン(arene) 芳香環(ベンゼン環) ベンゼン(C6H6

② 電気陰性原子に炭素が単結合した官能基

名称 構造の特徴 語尾 代表例
ハロゲン化アルキル C–X(X=F, Cl, Br, I) CH3Cl(クロロメタン)
アルコール(alcohol) C–OH -ol CH3OH(メタノール)
エーテル(ether) C–O–C ether CH3OCH3(ジメチルエーテル)
アミン(amine) C–N -amine CH3NH2(メチルアミン)
チオール(thiol) C–SH -thiol CH3SH(メタンチオール)

③ カルボニル基(C=O)を含む官能基

カルボニル基(carbonyl group, C=O)は有機化合物に最も広く存在する官能基のひとつです。カルボニル炭素(δ+)に何が結合しているかによって、さまざまな官能基になります。

名称 カルボニル炭素への結合 語尾 代表例
アルデヒド(aldehyde) 少なくとも1つの H -al CH3CHO(エタナール)
ケトン(ketone) 2つの C -one CH3COCH3(プロパノン)
カルボン酸(carboxylic acid) –OH -oic acid CH3COOH(エタン酸)
エステル(ester) エーテル型 O(–OR) -oate CH3COOCH3(メチルエタノエート)
アミド(amide) アミン型 N(–NR2 -amide CH3CONH2(エタンアミド)
酸塩化物(acid chloride) –Cl -oyl chloride CH3COCl(エタノイルクロリド)
覚え方のヒント:カルボニル基の「隣に何があるか」で名前が決まる
H → アルデヒド、C → ケトン、O(単結合)→ エステル、OH → カルボン酸、N → アミド、Cl → 酸塩化物。この関係を覚えておけば、カルボニル化合物の名前は迷いません。

アルカンとアルカン異性体

アルカン(alkane)は炭素と水素のみからなる飽和炭化水素で、C–C 単結合と C–H 結合だけを持ちます。一般式は CnH2n+2(n は整数)で表されます。「飽和」とは、これ以上水素を付加できない最大数の水素を含んでいることを意味します。

最も単純なアルカンはメタン(CH4)です。炭素数が増えるにつれて、エタン(C2H6)、プロパン(C3H8)、ブタン(C4H10)……と続きます。

直鎖アルカンの名前(必須暗記)

炭素数 n 名称 分子式 炭素数 n 名称 分子式
1 メタン(methane) CH4 6 ヘキサン(hexane) C6H14
2 エタン(ethane) C2H6 7 ヘプタン(heptane) C7H16
3 プロパン(propane) C3H8 8 オクタン(octane) C8H18
4 ブタン(butane) C4H10 9 ノナン(nonane) C9H20
5 ペンタン(pentane) C5H12 10 デカン(decane) C10H22
メタン〜ブタンは歴史的な名称、ペンタン以降はギリシャ数詞 + ane
5以降:pent(5)、hex(6)、hept(7)、oct(8)、non(9)、dec(10)。これらはギリシャ語の数に由来します。C10以上の名前も後続章で登場するので、今のうちに慣れておきましょう。

構造異性体(constitutional isomers)とは

炭素数が増えると、同じ分子式でも原子の結合の仕方が異なる複数の構造が存在できるようになります。これを構造異性体(constitutional isomers)といいます。

たとえば C4H10 では、4つの炭素が一列に並んだブタン(n-butane)と、分岐したイソブタン(2-メチルプロパン)の2つが存在します。どちらも同じ分子式を持ちますが、原子の接続が異なり、物性も異なる別々の化合物です。

ブタン:      CH3-CH2-CH2-CH3   (直鎖)
イソブタン:       CH3
              CH3-CH-CH3        (分岐)

アルカンの異性体数は炭素数の増加とともに急増します。C7H16 では9種、C10H22 では75種、C20H42 では実に36万種以上にもなります。

注意:「異性体」には種類がある
本章で扱う構造異性体(原子の接続が異なる)は、最も基本的な異性体の概念です。後の章では立体異性体(原子の接続は同じだが空間配置が異なる)も登場します。混同しないようにしましょう。

アルキル基

アルカンから水素原子を1つ取り除いた構造をアルキル基(alkyl group)といいます。アルキル基それ自体は安定な化合物ではなく、より大きな分子の一部として存在します。アルカンの語尾 -ane-yl に変えて命名します。

元のアルカン アルキル基 名称(略号) 構造
メタン(methane) メチル基 methyl(Me) –CH3
エタン(ethane) エチル基 ethyl(Et) –CH2CH3
プロパン(propane) プロピル基 propyl(Pr) –CH2CH2CH3
ブタン(butane) ブチル基 butyl(Bu) –CH2CH2CH2CH3

炭素の分類:1級・2級・3級・4級

炭素原子を「他の何個の炭素と結合しているか」によって分類します。この用語は有機化学全体で頻繁に使われるので確実に習得してください。

1級炭素(primary, 1°)

他の炭素1個と結合。例:CH3CH2– の末端 CH3

2級炭素(secondary, 2°)

他の炭素2個と結合。例:CH3CH2CH3 の中央 CH2

3級炭素(tertiary, 3°)

他の炭素3個と結合。例:イソブタンの中心 CH

さらに他の炭素4個と結合した4級炭素(quaternary, 4°)もあります(水素が付いていないことに注意)。

同様に、水素も「付いている炭素の種類」によって1級・2級・3級水素と呼ばれます。4級水素は存在しません(4級炭素には水素が付かないため)。

R 基という表現
有機化学では「特定しない有機基」を R で表します。R は “Rest of the molecule”(分子の残りの部分)の略で、メチル・エチル・その他あらゆるアルキル基を代表します。
例:1級アルコール = RCH2OH、2級アルコール = R2CHOH、3級アルコール = R3COH

重要な分岐アルキル基(慣用名)

慣用名 構造 IUPAC系統名 備考
イソプロピル(i-Pr) (CH3)2CH– 1-メチルエチル 3炭素・2級
sec-ブチル(s-Bu) CH3CH2CH(CH3)– 1-メチルプロピル 4炭素・2級
イソブチル(i-Bu) (CH3)2CHCH2 2-メチルプロピル 4炭素・1級
tert-ブチル(t-Bu) (CH3)3C– 1,1-ジメチルエチル 4炭素・3級

アルカンの命名法(IUPAC)

IUPAC(国際純正・応用化学連合)による命名法は、有機化合物に一意の名前を与えるための国際標準です。アルカンの命名は次の4ステップで行います。

STEP 1:親炭化水素の特定

分子内の最長連続炭素鎖を見つけ、その名称を親名とします。最長鎖は直線的に書かれていないこともあるため、必ず「角を曲がって」数えることが必要です。

同じ長さの鎖が2本ある場合は、分岐点(置換基)の数が多い方を親鎖とします。

STEP 2:主鎖の番号付け

最初の分岐点に近い端から番号を付けます。つまり最初に出てくる置換基の番号が最小になるように番号を振ります。両端から等距離に分岐がある場合は、次に出てくる分岐がより小さい番号になる側から始めます。

STEP 3:置換基の特定と番号付け

各置換基に、その結合点の番号を割り当てます。同じ炭素に2つの置換基がある場合は、両方に同じ番号を使います。

STEP 4:名前を一語で記述する

置換基をアルファベット順に並べ、ハイフンと数字を用いて記述します。同じ置換基が複数ある場合は di-、tri-、tetra- などの倍数接頭語を使いますが、アルファベット順の並び替えには倍数接頭語を考慮しません(di-, tri- は無視してアルファベット順)。

命名の4ステップまとめ
①最長連続炭素鎖を選ぶ → ②最初の分岐に近い端から番号付け → ③置換基の位置を特定 → ④アルファベット順に置換基を並べて一語で記述

命名の具体例

例1:
CH3CH2CH2CH-CH3   → 最長鎖 = 6炭素(ヘキサン)
        |              3位にメチル基
        CH3            → 3-メチルヘキサン(3-methylhexane)

例2:
CH3-CH-CH2-CH-CH2-CH2-CH2-CH3  → 最長鎖 = 9炭素(ノナン)
    |       |                        3位エチル、4位メチル、7位メチル
    CH3     CH2CH3                   → 3-エチル-4,7-ジメチルノナン
よくある間違い
・最長連続鎖を見落とす(角を曲がって数え忘れる)
・番号を誤った端から振る(置換基の番号が最小にならない側から始めてしまう)
・アルファベット順の際に「di-」「tri-」を含めて順序を決めてしまう(di-、tri- は無視する)

STEP 5(必要な場合のみ):分岐した置換基の命名

置換基自身が分岐している場合は、その置換基を主鎖への結合点から番号付けして命名し、括弧でくくります。例えば、分岐したC4置換基として「(2-メチルプロピル)」のように表記します。

アルカンの物性

アルカンはラテン語の “parum affinis”(ほとんど親和性がない)に由来してパラフィンとも呼ばれ、多くの試薬に対して化学的に不活性です。主要な反応は酸素との燃焼と、ハロゲンとの光照射下での置換(第6章で詳述)です。

沸点・融点の傾向

アルカンの沸点・融点は、炭素数の増加(分子量増加)に伴って規則的に上昇します。これは分子間の分散力(van der Waals 力)が分子量が大きいほど強くなるためです。

また同じ炭素数でも、分岐が多いほど沸点が低下します。分岐があると分子の形がより球に近くなり、表面積が小さくなって分散力が弱まるためです。

化合物 構造 沸点(°C) 備考
ペンタン(pentane) 直鎖 C5 36.1 分岐なし
2-メチルブタン(イソペンタン) 分岐1つ 27.8 分岐1個
2,2-ジメチルプロパン(ネオペンタン) 分岐2つ 9.5 最大分岐
オクタン価とアルカン
ガソリンの「オクタン価」はアルカンの構造と密接に関係しています。直鎖のヘプタン(ノッキングしやすい)のオクタン価 = 0、高分岐の 2,2,4-トリメチルペンタン(イソオクタン)のオクタン価 = 100。高分岐アルカンほどエンジン内での自己着火が起きにくく、燃料として優れています。

エタンのコンフォメーション

ここから立体化学の第一歩として、コンフォメーション(conformation)を学びます。コンフォメーションとは、C–C 単結合周りの回転によって生じる、原子の空間的配置のことです。

σ 結合は円柱対称性を持つため、C–C 単結合周りの回転は基本的に自由ですが、実際には小さな回転障壁が存在します。

ニューマン投影式(Newman projection)

コンフォメーションを表す最も便利な方法がニューマン投影式です。C–C 結合を真正面(end-on)から眺めた図で、次のルールで描きます:

前の炭素:円の中心から伸びる線で表す(3本)|||後ろの炭素:円の縁から伸びる線で表す(3本)

スタッガード配座 vs エクリプスト配座

エタンには無数のコンフォメーションがありますが、特に重要なのは次の2つです。

配座 特徴 エネルギー C–H 結合の関係
スタッガード配座
(staggered conformation)
最安定 最低(基準) 前後の C–H が最大限離れている(60° ずれ)
エクリプスト配座
(eclipsed conformation)
最不安定 +12 kJ/mol 前後の C–H が重なっている(0° ずれ)

エクリプスト配座に存在する余分な 12 kJ/mol のエネルギーをねじれひずみ(torsional strain)といいます。3組の H–H 重なりから生じるので、1組あたり約 4.0 kJ/mol です。ねじれひずみの主な原因は、C–H 結合性軌道と隣接炭素上の C–H 反結合性軌道の間の軌道相互作用です。

ポイント:実際にはスタッガードが優勢
室温では C–C 単結合周りの回転が非常に速く、すべての配座が平衡状態にあります。しかしある瞬間には、エタン分子の約99%がスタッガード配座(またはその近傍)にあり、エクリプスト配座にあるのは約1%に過ぎません。

他のアルカンのコンフォメーション

プロパンのコンフォメーション

プロパンでは H–H 重なりに加えて H–CH3 重なりも生じます。エクリプスト配座のエネルギーは 14 kJ/mol(エタンの 12 kJ/mol より少し高い)で、内訳は:

H-H 重なり ×2:   2 × 4.0 kJ/mol = 8.0 kJ/mol
H-CH3 重なり ×1: 14 - 8 = 6.0 kJ/mol

つまり H–CH3 重なり 1 組のコスト = 6.0 kJ/mol

ブタンのコンフォメーション

ブタン(C4H10)の C2–C3 結合周りの回転が特に重要で、4つの代表的なコンフォメーションがあります。

配座名 二面角(CH3間) 相対エネルギー(kJ/mol) 特徴
アンチ配座(anti) 180° 0(最安定) 2つの CH3 が最大限離れる
ゴーシュ配座(gauche) 60° +3.8 スタッガードだが CH3 同士が近い(立体ひずみ)
エクリプスト配座① 120° +16 CH3–H 重なり×2 + H–H 重なり×1
エクリプスト配座② +19 CH3–CH3 重なり(最不安定)

各相互作用のエネルギーコスト(まとめ)

相互作用の種類 原因 エネルギーコスト(kJ/mol)
H–H エクリプスト ねじれひずみ 4.0
H–CH3 エクリプスト 主にねじれひずみ 6.0
CH3–CH3 エクリプスト ねじれひずみ + 立体ひずみ 11.0
CH3–CH3 ゴーシュ 立体ひずみ(steric strain) 3.8

立体ひずみ(steric strain)とは、原子同士がファンデルワールス半径の和より近づいた際に生じる反発エネルギーです。2つの原子が同じ空間を占めようとすることで生じる、いわば「空間の押し合い」です。

アンチとゴーシュの使い分け
大きな置換基(CH3、OH など)はアンチ配座(180°)にあることで立体的反発が最小になります。より大きな置換基ではこのアンチ優先傾向がさらに強くなります。ただし環状化合物では自由な回転ができず、特別な議論が必要です(第4章で扱います)。
「コンフォメーションが安定」≠「その配座のまま固定」
「アンチ配座が最安定」といっても、室温では C–C 単結合周りの回転が非常に速いため、分子はすべての配座を行き来しています。平衡における分布が安定配座に偏っているということであり、配座が固定されているわけではありません。これがコンフォメーション異性体は通常単離できない理由です。

まとめ:第3章のポイント整理

第3章の核心

1. 官能基:有機化学の反応性を決定する構造単位。C=C、OH、C=O、NH2 など約20種類を覚えておく。

2. アルカン:一般式 CnH2n+2 の飽和炭化水素。直鎖と分岐の2タイプがあり、同じ分子式で異なる構造のものを構造異性体という。

3. アルキル基の分類:1級(1°)・2級(2°)・3級(3°)・4級(4°)の炭素の概念は以後全章で頻出。

4. IUPAC命名法(4ステップ):①最長鎖選択 → ②番号付け(置換基が最小番号) → ③置換基特定 → ④アルファベット順に記述。

5. コンフォメーション:スタッガード > アンチゴーシュ、エクリプスト = 不安定。ニューマン投影式でエネルギーを議論できるようにする。

6. ひずみのエネルギー:H–H 重なり = 4.0 kJ/mol、H–CH3 重なり = 6.0 kJ/mol、CH3–CH3 重なり = 11.0 kJ/mol、CH3–CH3 ゴーシュ = 3.8 kJ/mol。

第4章ではシクロアルカン(環状アルカン)に進みます。環状構造では回転が制限されるため、コンフォメーションの概念がより重要になります。特にシクロヘキサンのイス形・舟形配座は有機化学の中でも最重要トピックのひとつです。本章で学んだニューマン投影式とエネルギーの概念を活かして理解していきましょう。

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