ニトリル(nitrile)は、有機化学において極めて電子的に特異な官能基です。炭素と窒素が三重結合(≡)で結ばれた構造を持ち、–C≡Nと表記されます。
この強いπ結合と極性、また比較的高い安定性から、ニトリルは様々な合成反応の中間体・最終生成物として利用されています。
さらに、加水分解や還元などの反応を通じてカルボン酸やアミンへと変換可能であることから、合成設計の柔軟性を高める重要な官能基です。
Contents
ニトリルの構造と命名法
ニトリルは、炭素と窒素がspハイブリッド軌道で直線状に三重結合した構造を持ちます。窒素は孤立電子対を持ち、強い電子求引性を示します。
IUPAC命名法
- 語尾に「-nitrile」を付ける(例:ethanenitrile)
- 慣用名もよく使われる(acetonitrile、benzonitrileなど)
命名例
- CH₃CN → アセトニトリル(ethanenitrile)
- Ph–CN → ベンゾニトリル(benzonitrile)
芳香族化合物においては、シアン基(–CN)が直接結合したものが多く、特に有機電子材料や農薬原料などで多用されます。
ニトリルの物理的性質
- 高い極性を持ち、水や極性有機溶媒に可溶
- C≡Nの三重結合により直線構造をとる
- 中程度の沸点を持ち、低分子のものは溶媒としても使用可能
代表的な例と沸点
化合物 | 分子式 | 沸点(℃) | 用途 |
---|---|---|---|
アセトニトリル | CH₃CN | 82 | 有機合成用溶媒 |
ベンゾニトリル | C₆H₅CN | 191 | 中間体、材料原料 |
ニトリルの主な合成法
① ハロアルカンのシアン化反応
R–X + NaCN → R–C≡N + NaX
- SN2反応:一次・二次ハロゲン化アルキルに適用可能
- KCNやNaCNなどの無機シアン化物を用いる
② 脱水によるアミドからの変換
R–CONH₂ → R–C≡N + H₂O
- 脱水剤:P₂O₅, SOCl₂, POCl₃ など
③ Sandmeyer反応(芳香族アミンから)
Ar–NH₂ → Ar–N₂⁺ → Ar–CN
芳香族ジアゾニウム塩からCuCN存在下で置換反応が進行
④ スチレンやアルケンのシアノ化
- 過酸化物存在下でのラジカル反応、金属触媒でのシアノ化など
ニトリルの主な化学反応
① 加水分解(酸性または塩基性)
R–C≡N + 2H₂O → R–COOH + NH₃
- 酸条件:H₂SO₄、HClなど
- 塩基条件:NaOH、KOHなど
中間体としてアミド(R–CONH₂)を経由することが多い。
最終的にはカルボン酸とアンモニアが生成します。
② 還元反応
- 触媒還元(H₂ + Pd/C):R–CH₂NH₂
- LiAlH₄:強力な還元剤としてアミン合成に利用
③ グリニャール反応(カルボン酸合成)
R–C≡N + R'MgX → R–C(OMgX)=NR' → 加水分解 → ケトン
④ α位の脱プロトン反応
- α位の水素を強塩基(LDAなど)で除去し、C–C結合形成に利用
ニトリルの応用と重要性
① 医薬品中間体
- 抗うつ薬・抗がん剤・降圧剤などに含まれる構造
- ニトリルは代謝でアミン・カルボン酸へと変化可能
② 高分子材料
- アクリロニトリル(CH₂=CH–CN)はポリアクリロニトリル繊維(PAN)の原料
- 難燃性・高強度・導電性材料として注目
③ 溶媒用途
- アセトニトリルはHPLCなどのクロマト分析用溶媒として定番
④ 農薬・香料
- 殺虫剤や除草剤にニトリル構造を含むものがある
- フルーティーなニトリル芳香族化合物も存在
ニトリルの取り扱い上の注意
- 一部のニトリルは加水分解によりシアン化水素(HCN)を生成する危険性がある
- 有機シアン化合物は適切な換気・保護具の使用が必須
まとめ:ニトリルは高機能・高反応性の「C≡N」官能基
- ニトリルはC≡Nの三重結合により高い極性と反応性を持つ
- SN2反応、脱水、ジアゾ化反応などで合成可能
- 加水分解 → カルボン酸、還元 → アミンなど多様な変換が可能
- 医薬品・繊維・分析・材料など幅広い応用を持つ
次回は、「アゾ基(–N=N–)」をテーマに、構造・発色・合成法・反応性・染料応用などについて詳しく解説します。
🧭 関連リンク
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