カルボン酸(carboxylic acid)は、有機化学における最も基本的かつ汎用性の高い酸性官能基です。
その構造はカルボニル基(C=O)と水酸基(–OH)が同じ炭素に結合していることに由来し、–COOHと略されます。
カルボン酸は強い酸性、水素結合、広範な誘導体への変換性を持ち、有機合成・生体内代謝・材料化学などあらゆる分野で登場します。
本記事では、その全体像を体系的に整理し、理解の定着を図ります。
カルボン酸の構造と命名法
カルボン酸は、炭素原子が1つの二重結合で酸素(=O)、もう1つの単結合で水酸基(–OH)と結合している官能基を持ちます。
一般式は R–COOH(Rはアルキルまたはアリール基)です。
IUPAC命名では、アルカン名の語尾を「-oic acid(英語)」または「-酸(日本語)」に変えます。
–COOHが主官能基として優先的に命名されます。
命名の例
- HCOOH → メタン酸(formic acid)
- CH₃COOH → エタン酸(acetic acid)
- CH₃CH₂COOH → プロパン酸(propionic acid)
芳香族カルボン酸の例として、ベンゼンカルボン酸(安息香酸)やサリチル酸などがあります。
カルボン酸の酸性
カルボン酸は、プロトン(H⁺)を放出してカルボキシラートアニオン(R–COO⁻)を形成します。
この酸性の強さは、アルコール(pKa ~16)と比較して大きく、pKaは4~5程度であり、弱酸に分類されますが水溶液中で明確に酸として働きます。
酸性が強い理由
- 脱プロトン後に形成されるアニオンが共鳴安定化されている(C=OとC–O⁻の共鳴)
- 極性の高いO–H結合が容易に切断される
酸性度に影響を与える因子
- 電子吸引性基(–NO₂, –Clなど)が近くにあると酸性が強くなる
- 電子供与基(–CH₃, –OHなど)は酸性を弱める
カルボン酸の物理的性質
- 極性が高く、水素結合を形成する
- 高い沸点(同じ分子量のアルコールやケトンよりも高い)
- 低分子カルボン酸は水に可溶で、刺激臭がある
カルボン酸分子同士は、水素結合によって二量体を形成することがあります(特に気相中)。
カルボン酸の化学反応
① 酸-塩基反応
塩基と反応してカルボン酸塩を形成
R–COOH + NaOH → R–COO⁻Na⁺ + H₂O
② エステル化(Fischer反応)
アルコールと脱水縮合し、エステルを形成
R–COOH + R'–OH ⇌ R–COOR' + H₂O
酸触媒(H₂SO₄)を用い、平衡反応を右に移動させます。
③ アシル化反応(酸塩化物経由)
カルボン酸 + SOCl₂やPCl₅ → 酸塩化物 → アミド・エステル・ケトンに変換可能
④ 還元反応
- カルボン酸 + LiAlH₄ → アルコール(R–CH₂OH)
- NaBH₄では還元不可(反応性が不十分)
⑤ 脱炭酸反応
加熱によりCO₂を放出して炭化水素に変化
R–COOH → R–H + CO₂
β-カルボン酸やマロン酸誘導体などで顕著
カルボン酸誘導体
カルボン酸は、多様な誘導体へと変換可能です。これにより、有機合成における中間体や出発物質としての応用が広がります。
主な誘導体と変換反応
誘導体 | 構造 | 合成法 |
---|---|---|
酸塩化物 | R–COCl | SOCl₂またはPCl₅との反応 |
エステル | R–COOR’ | アルコールと酸触媒下で反応 |
アミド | R–CONH₂ | 酸塩化物 + アミンまたはカルボン酸 + DCC |
無水物 | (R–CO)₂O | カルボン酸 + 酸塩化物または脱水 |
カルボン酸の合成法
① アルデヒドの酸化
R–CHO + [O] → R–COOH
酸化剤:KMnO₄, CrO₃, HNO₃
② アルコールの酸化
R–CH₂OH → R–COOH
条件:過剰の酸化剤または高温
③ グリニャール反応(CO₂固定)
R–MgX + CO₂ → R–COOH(酸で中和)
④ アルキルベンゼンの酸化
トルエン + KMnO₄ → 安息香酸
カルボン酸の応用と実用例
- 食品:酢酸(CH₃COOH)
- 薬品:アスピリン(サリチル酸の誘導体)
- ポリマー原料:テレフタル酸(PET合成)
- 生体分子:脂肪酸、アミノ酸
まとめ:カルボン酸は多彩な反応性を持つ中核官能基
- カルボン酸は酸性・極性・水素結合に富み、反応性が高い
- エステル化、アミド化、還元など豊富な変換反応を持つ
- 生体・産業・合成化学のあらゆる分野で重要な役割を果たす
次回は、「エステル(–COOR基)」をテーマに、構造、合成法、加水分解、香料応用などを詳しく解説していきます。
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