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【第11章】構造決定の基礎:NMR・IR・MSによるスペクトル解析

有機化学では、化合物を「合成する」だけでなく、「その構造が正しいかを確認する」ことも極めて重要です。
この確認作業を担うのが、構造決定(Structure Determination)という分野です。

本章では、構造決定の三大手法とされる以下の分析法を取り上げます:

それぞれの測定原理、データの読み取り方、具体的な構造推定の流れを、初心者にもわかりやすく整理して解説していきます。

1. NMR(核磁気共鳴分光法)とは?

原理

NMR(Nuclear Magnetic Resonance)は、主に水素原子(¹H)や炭素原子(¹³C)の核スピンが外部磁場により共鳴する現象を利用した分析法です。
それぞれの水素の「化学的環境」がスペクトルとして現れるため、有機化合物の骨格が詳細に分かります。

主な情報

例:エタノール(CH₃CH₂OH)の¹H NMRスペクトル

¹³C NMRでは、炭素ごとの化学シフトを確認できます(積分や分裂は基本的に観測されません)。

2. IR(赤外分光法)とは?

原理

IR(Infrared Spectroscopy)は、赤外線のエネルギーが分子の結合に吸収されて伸縮・曲げ運動を起こすことを利用した分析法です。
特に官能基の同定に優れています。

主な吸収帯(代表例)

波数(cm⁻¹) 官能基 特徴
~3400 –OH(アルコール) 広く丸いピーク
~3300 ≡C–H シャープ
~1700 C=O(カルボニル) 非常に強いピーク
~1600 C=C(芳香環) 中程度のピーク
~2900 C–H(アルカン) 複数の中~弱いピーク

読み取り方

3. MS(質量分析法)とは?

原理

MS(Mass Spectrometry)は、分子をイオン化し、質量ごとに分離・検出する分析法です。
特に分子量の決定構造断片の情報に優れています。

主な情報

例:ブタノール(C₄H₁₀O)のMSスペクトル

注意点

スペクトル解析の実践:3手法の統合

構造決定では、NMR・IR・MSを組み合わせて判断することが重要です。

実践ステップ(例:未知の液体)

  1. MSで分子量を特定: M⁺ピーク = 88 → C₄H₈O₂の可能性
  2. IRで官能基を確認: ~1700 cm⁻¹に強いピーク → C=Oあり
  3. NMRで構造を分析: ¹H NMRで3つのピーク(CH₃、CH₂、COOHの特徴)

以上から、この化合物は酢酸エチル(ethyl acetate)と推定される。

構造決定を学ぶ意義

構造決定は「現実に観測されたもの」から化学的推論を行う、有機化学の探偵的側面です。

まとめ:構造を“読む力”は化学者の基本スキル

次章では、有機化学の最終段階として、これまで学んだ知識を統合した反応設計と戦略的合成の考え方に進んでいきます。

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