ヘテロ原子のキラリティーは、炭素以外の原子(窒素、リン、硫黄など)が不斉中心として機能する場合のキラリティーに関する概念です。以下に、窒素、リン、硫黄に注目して、これらのヘテロ原子がキラリティーを持つ条件やその特徴について説明します。
窒素(N)
キラル窒素化合物
窒素は三価(例えばアミン、アミド)として存在することが多く、キラリティーを持つ場合もあります。ただし、窒素は通常、孤立電子対を持つため、以下の理由でキラリティーが観察されにくいです:
反転(アンブレラフリップ)
三価窒素(例えばアミン)は、孤立電子対を含む4つの異なる置換基が結合した場合でも、窒素原子が容易に反転(アンブレラフリップ)を起こすため、実際にはラセミ化します。このため、窒素のキラリティーは一般に観測されません。
例外
- 四級アンモニウム塩(Quat):
- 四価の窒素(四級アンモニウム塩:NR₄⁺)は、反転が起こらず、安定なキラリティーを示すことができます。この場合、4つの異なる置換基が結合していると、窒素はキラルセンターとして機能します。
リン(P)
キラルリン化合物
リンは五価(例えばリン酸エステル、リン酸塩)として存在することが多く、キラリティーを持つ場合があります。特に以下の場合に注目されます:
- 三価リン(例えばホスフィン:PR₃):
- 三価リンが3つの異なる置換基を持つ場合、キラリティーを示すことができます。三価リンは窒素と異なり、反転が起こりにくいため、安定なキラリティーが観測されます。
- 四価リン(例えばホスホニウム塩:PR₄⁺):
- 四価リンは、四級アンモニウム塩と同様に安定したキラリティーを持つことができます。
例
- キラルホスフィン:
- キラル配位子として有名なBINAP(2,2′-ビス(ジフェニルホスフィノ)-1,1′-ビナフチル)などが例として挙げられます。
硫黄(S)
キラル硫黄化合物
硫黄は六価(例えばスルホン、スルホキシド)や四価(例えばスルホキシド)として存在することが多く、特に以下の場合にキラリティーが観測されます:
- スルホキシド(RS(O)R’):
- 硫黄が四価で、酸素原子と二つの異なる有機基を持つスルホキシドは、キラリティーを持つことができます。スルホキシドのS=O結合は反転を起こしにくいため、安定したキラル中心を形成します。
- スルホン(RS(O)₂R’):
- スルホンは通常、対称的な構造を持つためキラリティーは示しませんが、特定の条件下でキラリティーを持つこともあります。
例
- スルホキシド:
- キラルスルホキシドは、医薬品のキラル誘導体として利用されることがあります。例えば、モスクス香料の成分である(+)-および(-)-Mosconeはスルホキシドのキラル体です。
まとめ
ヘテロ原子のキラリティーは、炭素以外の原子が不斉中心となる場合に観測されます。窒素、リン、硫黄はそれぞれ異なる特性を持ち、異なる条件下でキラリティーを示します。窒素は通常反転によりラセミ化しますが、四級アンモニウム塩では安定なキラリティーが観測されます。リンは三価および四価の状態で安定したキラリティーを示し、硫黄はスルホキシドの形で特に顕著にキラリティーを示します。
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