有機化合物は無数にあります。同じ分子式でも構造が違えば別物——たとえば C4H10 には2種類、C6H14 には5種類の構造があります。これらを世界中の化学者が誤解なく指し示すために作られた「化合物の住所システム」がIUPAC命名法です。名前を見ればどんな骨格にどんな基がどこに付いているかが一意に分かり、逆に名前から構造を書き起こせます。
命名法は暗記科目に見えて、実は数個のルールの組み合わせです。主鎖を選び、番号を振り、置換基を並べる——この手順さえ体に入れば、初見の複雑な分子でも機械的に名前がつけられます。大学入試・院試とも命名は確実に得点したい定番分野です。
この記事は、命名法をこれから学ぶ人から、院試で構造式から正式名称を書かせる問題に備える人までを対象に、IUPAC命名法の基礎を日本一詳しく解説します。命名の5ステップを軸に、迷いなく名前をつけられるようになりましょう。
この記事は官能基の知識を前提に、その官能基を含む分子に名前をつける方法を1テーマに絞って掘り下げる派生解説です。あわせて読むと理解が定着します。
名前は3つの部分でできている
IUPAC名は、基本的に次の3つのパーツからできています。この構造を意識すると、長い名前も分解して読めます。
たとえば「2-メチルプロパン-1-オール」なら、接頭語=2-メチル、語幹=プロパ(炭素3)、語尾=-1-オール(アルコール)、と読み解けます。
語幹——炭素数を表す基本の呼び名
主鎖の炭素数に応じて語幹(parent)が決まります。まずこの数詞を覚えるのが命名の土台です。
| 炭素数 | 語幹 | アルカン名 |
|---|---|---|
| 1 | メタ (meth) | メタン |
| 2 | エタ (eth) | エタン |
| 3 | プロパ (prop) | プロパン |
| 4 | ブタ (but) | ブタン |
| 5 | ペンタ (pent) | ペンタン |
| 6 | ヘキサ (hex) | ヘキサン |
| 7 | ヘプタ (hept) | ヘプタン |
| 8 | オクタ (oct) | オクタン |
| 9 | ノナ (non) | ノナン |
| 10 | デカ (dec) | デカン |
語尾——最優先の官能基が決める
分子中で最も優先順位の高い官能基が、名前の語尾(suffix)になります。同じ炭素骨格でも官能基が違えば語尾が変わります。
| 化合物の種類 | 語尾 | 例 |
|---|---|---|
| アルカン(単結合) | -ane(-アン) | プロパン |
| アルケン(C=C) | -ene(-エン) | プロペン |
| アルキン(C≡C) | -yne(-イン) | プロピン |
| アルコール(−OH) | -ol(-オール) | プロパン-1-オール |
| アルデヒド(−CHO) | -al(-アール) | プロパナール |
| ケトン(C=O) | -one(-オン) | プロパン-2-オン |
| カルボン酸(−COOH) | -oic acid(-酸) | プロパン酸 |
複数の官能基があるときは、カルボン酸 > エステル > アミド > ニトリル > アルデヒド > ケトン > アルコール > アミンのような優先順位で最上位のものが語尾になり、残りは接頭語(ヒドロキシ-・オキソ- など)で表します。
命名の5ステップ
ここが記事の核心です。どんな分子も、次の5ステップで機械的に命名できます。
ステップ1:主鎖(最長の炭素鎖)を選ぶ
最も長く連続した炭素鎖を主鎖にします。枝分かれで曲がっていても、たどれる最長の鎖を選ぶのがコツです。長さが同じ候補が複数あるときは、置換基の数が多くなる鎖を主鎖にします。この主鎖の炭素数が語幹を決めます。
ステップ2:主鎖に番号を振る
主鎖の炭素に端から順に番号をつけます。どちらの端から数えるかは、次の優先順位で決めます。
- まず最優先の官能基(語尾になる基)の位置番号が小さくなるように振る。
- 官能基がなければ、二重結合・三重結合の位置番号が小さくなる方向。
- それも関係なければ、置換基全体の位置番号がなるべく小さくなる方向(最初に違いが出た番号が小さい方=最低位置番号則)。
ステップ3:置換基を特定する
主鎖から枝分かれしている基(置換基)を特定し、名前をつけます。炭素の枝はアルキル基として、-yl(-イル)の語尾で呼びます(メチル基 −CH3、エチル基 −C2H5 など)。ハロゲンはフルオロ-・クロロ-・ブロモ-・ヨード- と呼びます。
ステップ4:位置番号と個数を付ける
各置換基に、付いている炭素の番号を添えます。同じ置換基が複数あるときは、ジ(2)・トリ(3)・テトラ(4)の倍数接頭語をつけ、位置番号をすべて書きます(例:2,3-ジメチル)。
ステップ5:アルファベット順に並べて組み立てる
置換基をアルファベット順(英語名の頭文字順)に並べて接頭語とし、語幹+語尾の前に置きます。このとき、ジ・トリなどの倍数接頭語はアルファベット順の判定に含めません(”ethyl” と “dimethyl” なら e と m で比較し ethyl が先)。数字と数字の間はカンマ、数字と文字の間はハイフンでつなぎます。
命名の実例
例として、次の分子を命名してみます(4-メチルヘキサン-2-オールになる骨格)。
OH CH3
| |
CH3-CH-CH2-CH-CH2-CH3
1 2 3 4 5 6
(1) 主鎖:炭素6個 → ヘキサ
(2) 最優先官能基=OH(アルコール)。OHが小さい番号になるよう左から数える → 2位
(3)(4) 置換基:4位にメチル基
(5) 組み立て:4-メチルヘキサン-2-オール
もし右から数えると OH が5位になり番号が大きくなるので、左から数えるのが正解です。「最優先官能基の番号を最小に」というルールがここで効いています。
環状化合物・慣用名について
環状構造には接頭語 シクロ-(cyclo-)を付けます(シクロヘキサン、シクロヘキセンなど)。また、酢酸(エタン酸)・アセトン(プロパン-2-オン)・トルエン・フェノールなど、IUPACが正式に認めた慣用名も多く使われます。試験では両方が問われるため、対応関係を押さえておきましょう。
大学受験・院試での問われ方
- 構造式→IUPAC名:与えられた構造式に正式名称をつける(最頻出)。
- IUPAC名→構造式:名前から構造を書き起こす(逆方向)。
- 主鎖・番号の誤りを正す:誤った命名を指摘・訂正させる。
- 異性体の命名:同じ分子式の異性体をすべて命名させる。
- 慣用名との対応:慣用名を正式なIUPAC名に直させる。
院試で差がつくのは、最長鎖・最優先官能基・最低位置番号則を正しい優先順位で適用できることです。特に「どちらの端から番号を振るか」で失点しやすいので、官能基→不飽和→置換基の判断順を体に入れておきましょう。
まとめ——命名の5ステップ
IUPAC命名法は、覚えることは多いように見えて、実際は「主鎖を選ぶ・番号を振る・置換基を並べる」という手順の反復です。語幹と語尾の対応表を土台に5ステップを繰り返し練習すれば、どんな複雑な分子でも一意に名前がつけられるようになります。まずは身近な官能基を含む分子から命名してみましょう。
よくある質問
IUPAC命名法とは何ですか?
IUPAC命名法とは、国際純正・応用化学連合(IUPAC)が定めた、有機化合物に世界共通の一意な名前をつけるための規則です。名前は置換基を表す接頭語、主鎖の炭素数を表す語幹、最優先の官能基を表す語尾の3つの部分からできており、名前を見れば構造が分かり、構造から名前を書き起こせます。
主鎖はどうやって選びますか?
最も長く連続した炭素鎖を主鎖に選びます。枝分かれで曲がっていても、たどれる最長の鎖を選びます。二重結合や最優先の官能基がある場合は、それを含む鎖を優先します。最長の候補が複数あるときは、置換基の数が多くなる鎖を主鎖にします。
番号はどちらの端から振りますか?
まず最優先の官能基(語尾になる基)の位置番号が小さくなるように振ります。官能基がなければ二重結合・三重結合の位置番号が小さくなる方向、それも関係なければ置換基全体の位置番号がなるべく小さくなる方向(最初に違いが出た番号が小さい方)に振ります。
置換基はどんな順に並べますか?
置換基は英語名の頭文字によるアルファベット順に並べて接頭語とします。このとき、同じ置換基が複数あることを示すジ・トリ・テトラなどの倍数接頭語は、アルファベット順の判定に含めません。たとえばエチルとジメチルなら e と m で比較し、エチルを先に置きます。
官能基が複数あるときはどう命名しますか?
官能基には優先順位があり、カルボン酸・エステル・アミド・アルデヒド・ケトン・アルコール・アミンなどの順で、最も優先度の高い官能基が語尾になります。残りの官能基は、ヒドロキシ・オキソなどの接頭語として名前の前半で表します。優先度の高い官能基の位置番号が小さくなるように主鎖の番号を振ります。

