サイトアイコン 化学に関する情報を発信

LDA(リチウムジイソプロピルアミド)完全解説|Z選択的エノラート生成・類似塩基との比較

有機合成を学んでいると、必ずと言っていいほど登場する試薬があります。LDA(リチウムジイソプロピルアミド)です。

ケトンをエノラート化したい。でも求核付加も避けたい。反応の位置を正確にコントロールしたい——。そんな場面でLDAは力を発揮します。

ところが、LDAについて調べると「強塩基」とだけ書かれた記事が多く、なぜZ選択的なのかLiHMDSとどう使い分けるのかを体系的に解説したものが意外と少ないです。この記事では、LDAの基礎から院試対策まで一気通貫で解説します。

この記事で学ぶこと
・LDAの構造・特徴・合成法
・なぜLDAは求核性が低く、強い塩基として機能するのか
・キネティックエノラート vs サーモダイナミックエノラート
・なぜLDAはZ-エノラートを与えるか(Ireland模型)
・LiHMDS・KHMDS・LiTMP・nBuLiとの使い分け比較表
・実験での注意点と院試頻出パターン

LDA(リチウムジイソプロピルアミド)とは

LDA(Lithium Diisopropylamide)は、リチウムジイソプロピルアミドの略称で、有機合成化学において最も広く使われる非求核性強塩基のひとつです。

構造は単純で、窒素原子にリチウムと2つのイソプロピル基が結合しています。

     iPr   iPr
       \   /
        N
        |
        Li

  ジイソプロピルアミド(i-Pr2N-)のリチウム塩
  共役酸(ジイソプロピルアミン, i-Pr2NH)の pKa ≈ 36

共役酸であるジイソプロピルアミン(DIPA, (CH3)2CH)2NH)の pKa がおよそ36であることから、LDAはその共役塩基としてpKa 36以下の化合物のプロトンを定量的に引き抜くことができます。

pKaの参考値(THF中)
ケトン(α-H):≈ 20
エステル(α-H):≈ 25
ニトリル(α-H):≈ 25
DMSO:≈ 35
ジイソプロピルアミン(LDAの共役酸):≈ 36

LDAの合成

LDAは研究室で簡単に調製できます。ジイソプロピルアミン(DIPA)にn-ブチルリチウム(nBuLi)を低温下で加えるだけです。

(i-Pr)2NH  +  n-BuLi  →  (i-Pr)2NLi  +  n-BuH
  DIPA                       LDA
(THF, −78°C)

nBuLi(pKa共役酸 ≈ 50)がDIPA(pKa ≈ 36)のN–H結合のプロトンを引き抜き、LDAが定量的に生成します。副生するn-ブタンはガスとして系外に出るため、精製は不要です。

実験のコツ
・DIPAは使用前にCaH2で乾燥・蒸留して活性水素を除く
・nBuLiの添加は−78°Cで行い、発熱を抑制する
・LDAは市販品(THFまたはヘプタン溶液)も利用可能

LDAの3つの特徴

LDAが有機合成で広く使われる理由は、次の3つの特徴に集約されます。

① 強塩基性

共役酸pKa ≈ 36。ケトン・エステル・ニトリルのα-H(pKa 20–25)を定量的に脱プロトン化できる。

② 非求核性

2つのイソプロピル基による立体障害のため、カルボニル炭素への求核攻撃がほぼ起こらない。

③ 有機溶媒可溶
注意:LDAとnBuLiの使い分け
nBuLi(pKa ≈ 50)はさらに強力だが求核性が高い。ケトンにそのまま加えると1,2-付加(カルボニルへの攻撃)が競合する。ケトンのエノラート化にはLDAが適している。

LDAを使った主要反応

1. ケトン・エステルのエノラート生成

LDAの最も重要な用途は、カルボニル化合物の定量的エノラート化です。

      O                    OLi
      ‖                     |
  R—C—CH2—R'  +  LDA  →  R—C=CH—R'  +  DIPA
                THF, −78°C
         (カルボニル化合物)             (エノラートアニオン)

LDAを用いると、基質のα位プロトンが定量的に引き抜かれ、エノラートイオンが生成します。このエノラートは後続の反応(アルキル化・アルドール反応・Wittig反応のエノラート版など)に用いられます。

2. キネティックエノラート vs サーモダイナミックエノラート

非対称ケトン(α位に異なる置換基を持つもの)をエノラート化すると、2種類のエノラートが考えられます。

例)2-メチルシクロヘキサノン

         O                OLi               OLi
         ‖                |                 |
     [環構造]   LDA  →   [1位エノラート]  or  [6位エノラート]
               −78°C      (less subst.)       (more subst.)
                        キネティック体       サーモダイナミック体
条件 塩基 温度 生成物 理由
キネティック制御 LDA(強塩基・不可逆) −78°C 立体的に接近しやすいα-H 側のエノラート(置換基少ない側) 速度論的優先(活性化エネルギーが低い方)
サーモダイナミック制御 NaOEt・K2CO3(弱塩基・可逆) 高温 or 長時間 より安定なエノラート(置換基多い側) 平衡が安定な生成物側に移動
ポイント:LDAは「不可逆的」に塩基として働く
LDAは強すぎる塩基のため、エノラート形成は不可逆。最初に接近しやすい(速度論的に有利な)α-Hが選択的に引き抜かれる。サーモダイナミックエノラートが欲しい場合はLDAではなくNaOEt + 高温などを選ぶ。

3. 位置選択的エノラート生成(LDAの立体的嵩高さの活用)

LDAのイソプロピル基はかさ高く、立体的に空いた側のα-Hを優先的に引き抜きます。これを利用して、複数のα位を持つカルボニル化合物でも位置選択的にエノラートを生成できます。

なぜLDAはZ-エノラートを与えるか(Ireland模型)

LDAを用いてエステルをエノラート化すると、Z(cis)配置のエノラートが優先して生成することが知られています。この選択性はIreland遷移状態モデルで説明されます。

Ireland模型の考え方

脱プロトン化の遷移状態は6員環いす形を取ると仮定されます。

  Z-エノラート優先の遷移状態(いす形6員環)

          R(エステルのOR基)
          |
     O----Li
    /        \
  C            N(LDA)
    \        /
     C———H
          |
          R'(α炭素の置換基)

  → RとR'がどちらも疑似エクアトリアル位に配置
    → ジアキシアル相互作用を回避
    → Z-エノラートを与える遷移状態が有利

ZとEエノラートが生じる遷移状態を比較すると、以下のようになります。

遷移状態 環内の配置 1,3-ジアキシアル相互作用 安定性 生成エノラート
Z遷移状態 OR と R’ が疑似エクアトリアル 小さい 安定(有利) Z-エノラート優先
E遷移状態 OR と R’ のどちらかがアキシアル 大きい 不安定(不利) E-エノラート少量
応用:アルドール反応の立体制御
Z-エノラートをアルドール反応に用いると、Zimmerman-Traxlerモデルによりsyn(Felkin型)アルドール体が優先して生成する。LDAを使ったエノラート化 → アルドールという合成戦略は、天然物全合成でも頻繁に登場する。

類似塩基との比較表

「強くて求核性の低い塩基」はLDAだけではありません。目的に応じた塩基選択が、収率と選択性を左右します。

塩基 略称 共役酸pKa 求核性 Z/E選択性 特徴・用途
リチウムジイソプロピルアミド LDA ≈ 36 Z優先 最も汎用的。ケトン・エステルのエノラート化。キネティック制御。
リチウムビス(トリメチルシリル)アミド LiHMDS ≈ 30 最低 LDAより弱いが嵩高い。エステル・ラクトンの温和な脱プロトン化。感度の高い基質に。
カリウムビス(トリメチルシリル)アミド KHMDS ≈ 26 最低 E優先 K塩のため配位が弱く、E-エノラートを与えやすい。Horner-Wadsworth-Emmons反応との組み合わせに。
リチウムテトラメチルピペリジド LiTMP ≈ 37 最低 E優先 LDAより嵩高く求核性が極めて低い。立体障害の大きな基質のプロトン引き抜きに。
n-ブチルリチウム nBuLi ≈ 50 最強塩基。ただし求核性が高くカルボニルに1,2-付加しやすい。ケトンのエノラート化には原則使わない。
水素化ナトリウム NaH ≈ 35 なし(H2発生) 固体・ヘテロ系。反応が遅い。サーモダイナミック条件でのエノラート化に。
選択のポイント
汎用的なエノラート化 → LDA
感度の高い基質・酸に弱い官能基あり → LiHMDS
E-エノラートが欲しい → KHMDS or LiTMP
立体障害が大きく脱プロトン化が難しい → LiTMP
アレン化・リチオ化など求核反応を狙う → nBuLi

実験上の注意点

LDAは空気・水に対して非常に敏感な試薬です。適切な取り扱いが収率と再現性を左右します。

実験での注意事項
無水・不活性雰囲気(Ar or N2)下で全操作を行う
THFまたはEt2O(乾燥済み)を溶媒として使用する
温度管理:nBuLiの添加は必ず−78°C(ドライアイス/アセトン)で行う。発熱が激しく、高温では副反応が起きる
・LDA調製後は長期保存を避ける(分解・重合が起こりうる)
・市販のLDA溶液(Sigma-Aldrich等)を使う場合も、開封後は速やかに使い切る
DIBAとの混同に注意(DIBALは還元剤、LDAは塩基)

院試・定期試験での頻出パターン

頻出パターン①:適切な塩基を選ぶ問題

問:次の変換に最も適した塩基を選べ。
    (a)LDA (b)NaOH (c)K2CO3 (d)nBuLi

ケトンを定量的にエノラート化し、アルデヒドと反応させたい(アルドール反応)。

→ 正解:(a) LDA
  理由:
  ①不可逆的脱プロトン化でキネティックエノラートを与える
  ②求核性が低くカルボニルへの1,2-付加が起きない
  ③NaOHやK2CO3は弱すぎてケトンの完全エノラート化ができない
  ④nBuLiは求核性が高くカルボニルに1,2-付加する

頻出パターン②:エノラートの位置選択性

問:2-メチルシクロヘキサノンにLDA(−78°C)を作用させた後、
    CH3Iを加えると主にどの位置がアルキル化されるか。

→ C-6位(置換基の少ない側、立体的に空いた側)が主生成物

  理由:
  LDA → キネティック制御
  立体障害の小さいC-6のα-H が速度論的に引き抜かれやすい
  ∴ C-6エノラートが優先 → C-6でアルキル化

頻出パターン③:Z/E選択性を問う問題

問:エチルプロピオナートをLDA(−78°C, THF)でエノラート化すると
    Z-エノラートとE-エノラートのどちらが優先して生成するか。

→ Z-エノラートが優先

  理由:
  Ireland遷移状態モデル(6員環いす形)
  Z遷移状態でOR基とメチル基がともにエクアトリアル位
  → 1,3-ジアキシアル相互作用を回避
  → Z-エノラートが熱力学的・速度論的に有利

まとめ

LDA 完全まとめ

定義:リチウムジイソプロピルアミド。pKa ≈ 36の非求核性強塩基
合成:DIPA + nBuLi → LDA(−78°C, THF中)
3大特徴:①強塩基性 ②非求核性 ③有機溶媒可溶
主な用途:カルボニル化合物の定量的エノラート化(キネティック制御)
Z選択性:Ireland模型(6員環いす形TSでOR・Rがエクアトリアル配置)
使い分け:感度高 → LiHMDS / E-エノラート → KHMDS or LiTMP / 求核も欲しい → nBuLi

よくある質問(FAQ)

Q. LDAとNaHはどう使い分けるのですか?

最大の違いは均一系か否か可逆性です。LDAはTHFに溶ける均一系試薬で、反応が速く不可逆的(キネティック制御)です。NaHは固体のヘテロ系試薬で反応が遅く、平衡(サーモダイナミック)条件を与えやすいです。また、NaHは水素ガスを発生するため、急激な発泡に注意が必要です。

Q. なぜLDAをケトンのエノラート化に使い、nBuLiは使わないのですか?

nBuLi(共役酸pKa ≈ 50)はLDAより強力な塩基ですが、求核性が高いため、ケトンのカルボニル炭素に直接1,2-付加(求核付加)してしまいます。一方、LDAはイソプロピル基の立体障害により求核性が抑制されているため、脱プロトン化(塩基反応)だけが進行します。

Q. −78°Cで操作する必要がありますか?

nBuLiの添加時とエノラート生成時は−78°C推奨です。高温になると、①nBuLiがDIPA以外の溶媒(THF)を攻撃するリチオ化、②生成したエノラートの熱的な再プロトン化や副反応、といったリスクがあります。ただし、市販のLDA溶液を使う場合は−78°CでなくてもLDA添加自体は問題ない場合もあります。

Q. LiHMDSとKHMDSの違いは何ですか?

金属カウンターカチオンの違いです。LiHMDSはリチウム塩、KHMDSはカリウム塩。カリウム塩は配位が弱く(Li+より大きい)、6員環遷移状態が緩んでZ/E選択性が低下し、E-エノラートを与えやすくなります。また、KHMDSはLiHMDSより求核性がさらに低く、感度の高い基質に有利です。

Q. LDAはどこで購入できますか?

Sigma-Aldrich(現Merck)・東京化成工業(TCI)・関東化学などから、THF溶液・ヘプタン溶液として購入できます。濃度(1M, 2Mなど)を確認して使用してください。自作する場合はDIPA(乾燥済み)+ nBuLi(ヘキサン溶液)で調製します。

モバイルバージョンを終了