グルコースには不斉炭素が4つあり、立体異性体は16通り。これを一つひとつ立体的に描いていたら日が暮れます。そこでエミール・フィッシャーが考案したのが、複雑な立体を十字の平面図に押し込める記法——フィッシャー投影式です。ただし、この便利さには「見えない約束事」が隠れていて、そこを知らずに回転させると、配置がひっくり返ってしまいます。
フィッシャー投影式は、糖・アミノ酸・酒石酸など、不斉炭素が連なる分子の立体を扱うときの標準的な表記です。院試や大学入試の立体化学でも、投影式を読んでR/SやD/Lを答えさせる問題が定番。約束事を正しく押さえることが得点に直結します。
この記事は、立体化学の表記に慣れたい人から、院試でフィッシャー投影式を読み書きする人までを対象に、その約束とR/S判定を解説します。まず「十字が何を表すか」から、丁寧に押さえましょう。
この記事は、キラリティー(R/S表記)の理解を前提にすると、判定がスムーズです。あわせて読むと立体表記の全体像がつながります。
フィッシャー投影式の約束——横は手前、縦は奥
フィッシャー投影式は、不斉炭素を十字の交点に置いて描きます。ここに、見た目には表れない立体の約束が込められています。
つまり交点の炭素は、横の2本が手前に、縦の2本が奥に向いた立体をぺたんと平面化したものです。この「横=手前、縦=奥」を忘れると、すべての判定がずれます。
CHO ← 上:最も酸化された炭素(主鎖は縦)
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H —— C —— OH ← 横線は手前(H と OH が手前に出る)
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CH2OH ← 縦線は奥
D/L表記との関係
糖やアミノ酸では、R/Sとは別にD/L表記がよく使われ、フィッシャー投影式と相性がよい約束です。判定は投影式のいちばん下の不斉炭素に注目します。
主鎖を縦にして最も酸化された炭素を上に置いたとき、最下部の不斉炭素で−OH(アミノ酸では−NH2)が右にあればD、左にあればLと決めます。天然の糖の多くはD、天然のアミノ酸の多くはLです。D/Lはあくまで基準物質(グリセルアルデヒド)に由来する相対的な表記で、R/Sとは決め方が異なります。
回転・入れ替えのルール(最重要)
フィッシャー投影式は平面図ですが、勝手に動かすと立体が変わってしまうことがあります。安全な操作と危険な操作を区別しましょう。
| 操作 | 配置は? |
|---|---|
| 紙面内で180°回転 | 保たれる(同じ分子) |
| 紙面内で90°回転 | 反転(鏡像になる) |
| 2つの基を1回入れ替え | 反転(鏡像になる) |
| 入れ替えを2回 | 保たれる(元に戻る) |
投影式のままR/Sを判定するコツ
R/Sは本来「最低順位の基を奥に置いて残り3つの回り方を見る」ものですが、フィッシャー投影式では次の近道が使えます。まずCIP順位で4つの基に順位をつけます。最低順位の基が縦線(奥)にあれば、残り3つが1→2→3と回る向きがそのままR/Sになります(時計回りでR、反時計回りでS)。
最低順位の基が横線(手前)にあるときは、見かけの回り方と実際が逆になるので、読み取った結果を反転させます(時計回りに見えてもS)。この一手間を忘れるとR/Sが逆になります。
よくある質問
横線の結合は紙面から手前に出ている方向、縦線の結合は紙面の奥に引っ込んでいる方向を表します。十字の交点が不斉炭素で、この「横=手前、縦=奥」の約束を前提に立体を平面へ写しています。この約束を無視すると立体配置の判定がずれます。
主鎖を縦にして最も酸化された炭素を上に置き、いちばん下の不斉炭素に注目します。そこで−OH(アミノ酸ではアミノ基)が右にあればD、左にあればLです。天然の糖の多くはD、天然のアミノ酸の多くはLになります。
紙面内での180度回転なら立体配置は保たれ、同じ分子を表します。しかし90度回転させると鏡像(反対の配置)に変わってしまうため避けます。動かすなら180度単位に限る、と覚えておくと安全です。
2つの基を1回入れ替えると鏡像(反対の配置)になり、2回入れ替えると元の配置に戻ります。入れ替え回数が奇数なら反転、偶数なら保持です。この性質を使うと、判定しやすい形に整えてからR/Sを読むことができます。
できます。CIP順位をつけ、最低順位の基が縦線(奥)にあれば、残り3つの回る向きがそのままR/Sになります。最低順位の基が横線(手前)にある場合は見かけと実際が逆になるので、読み取った結果を反転させます。

