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Barton–McCombie脱酸素化を機構から徹底解説

Contents
  1. はじめに——「酸素を消す」ラジカル反応
  2. 反応の全体像
  3. Step 0:アルコールのキサントエステル化(反応前の準備)
  4. ラジカル連鎖機構——4つのステップ
  5. なぜイオン的な還元法では難しいのか
  6. Hunsdiecker反応・Bartonエステル法との区別
  7. 実験条件のコツ
  8. 応用例——糖類・天然物合成における位置選択的脱酸素化
  9. 院試・定期試験の頻出パターン
  10. まとめ
  11. よくある質問(FAQ)

はじめに——「酸素を消す」ラジカル反応

有機合成において、アルコール(C–OH)を単純な炭化水素(C–H)に変換する操作は「脱酸素化(deoxygenation)」と呼ばれます。単純な基質であればトシル化・メシル化してLiAlH4やNaBH4で求核的に置換するイオン的な手法で十分ですが、糖類や天然物のように水酸基・カルボニル基・アセタール・複数の立体中心が密集した多官能基基質では、強い求核剤や塩基性条件が他の官能基を破壊してしまい、イオン的な手法が通用しないことが多々あります。

Barton–McCombie脱酸素化(Barton–McCombie deoxygenation)は、この問題をラジカル連鎖機構によって解決する反応です。アルコールをいったんキサントエステル(チオカルボニル誘導体)に変換し、スズラジカルによるβ-開裂(フラグメンテーション)でC–O結合を切断、最後に水素原子を引き抜いてアルカンを得ます。中性でラジカル的に進行するため、他の官能基への影響が最小限に抑えられる点が最大の利点です。

【最初に区別しておくこと:Barton–McCombie脱酸素化 ≠ Bartonエステル法/Hunsdiecker反応】
「Barton」の名がついたラジカル反応は複数あり、混同しやすいので最初に整理します。Barton–McCombie脱酸素化アルコールを出発物質とし、酸素官能基を完全に除去してアルカン(C–H)を得る反応です。一方、Bartonエステル法Hunsdiecker反応カルボン酸を出発物質とし、脱炭酸(CO2の脱離)を伴ってハロゲン化物やアルカンなどへ変換する反応です。出発物質(アルコール vs カルボン酸)も反応の本質(脱酸素化 vs 脱炭酸)も異なるため、名前の類似だけで混同しないよう注意してください(詳細は後述の比較表を参照)。

  • Barton–McCombie脱酸素化の全体像(アルコール → アルカン、酸素の完全除去)
  • キサントエステル・チオカルボニルイミダゾリドへの変換操作
  • ラジカル連鎖機構の4段階(Bu3Sn•付加・β-開裂・アルキルラジカル生成・H引き抜き)
  • なぜC=Sがラジカルアクセプターとして優れているのか(硫黄の隣接効果)
  • イオン的還元法が使えない理由(多官能基基質での官能基選択性の問題)
  • Hunsdiecker反応・Bartonエステル法との違い(比較表)
  • Bu3SnHの毒性とTTMSSへの代替、AIBNの開始条件
  • 糖類・天然物合成における位置選択的な脱酸素化の応用例
  • 院試頻出パターン3問 + FAQ5問

反応の全体像

Barton–McCombie脱酸素化の全体反応:

         OH                              H
         |                               |
  R—C—R'   →(キサントエステル化)→   R—C—R'
         H                               H
   (2級アルコール)                  (アルカン;酸素が完全に除去)

【ポイント】
・出発物質はアルコール(多くは2級アルコール。1級アルコールでも可)
・酸素官能基を「跡形もなく」除去し、単純なC–Hに変換する
・トシル化→ヒドリド還元のようなイオン的手法が使えない
  多官能基基質(糖類・天然物中間体)で特に威力を発揮する

この反応の本質は「C–OH結合をラジカル的にC–Hへ置き換える」ことです。イオン的な手法(求核置換・E1cb的な脱離経由の還元など)と異なり、カルボカチオンや強塩基性のアニオン中間体を経由しないため、酸・塩基に弱い保護基や他の官能基を保持したまま脱酸素化できます。


Step 0:アルコールのキサントエステル化(反応前の準備)

Barton–McCombie反応はアルコールに直接スズ試薬を作用させるわけではありません。あらかじめアルコールをチオカルボニル基(C=S)を持つ誘導体に変換しておく必要があります。代表的な2つの方法を示します。

方法①:キサントエステル(xanthate ester)への変換

Step a:アルコールを強塩基(NaH等)でアルコキシドに変換
  R–OH + NaH → R–O− Na+ + H2

Step b:アルコキシドに二硫化炭素(CS2)を付加させる
              S
              ‖
  R–O−  +  CS2  →  R–O—C—S−
                    (ジチオカルボナートアニオン)

Step c:ヨウ化メチル(MeI)でS−をメチル化し、
        キサントエステル(O-アルキル S-メチル ジチオカルボナート)を得る
              S                          S
              ‖                          ‖
  R–O—C—S−  +  MeI  →  R–O—C—SMe  +  NaI
                              (キサントエステル)

全体:R–OH → R–O–C(=S)–SMe

方法②:チオカルボニルイミダゾリド(TCDI)法

1,1'-チオカルボニルジイミダゾール(TCDI)をアルコールに直接作用させる
(強塩基・MeIを使わず、より穏和な1段階操作):

  R–OH  +  TCDI  →  R–O–C(=S)–Im  +  イミダゾール

【ポイント】
・TCDI法は強塩基(NaH)を使わないため、塩基に弱い官能基を
  持つ基質(糖類の一部の保護基など)に適している
・1段階で進行するため操作が簡便

【なぜキサントエステル・TCDI誘導体に変換するのか】
アルコールのC–O結合自体はラジカル連鎖の出発点として安定すぎて利用できません。チオカルボニル基(C=S)を導入することで、後述するスズラジカルが選択的に付加できるラジカルアクセプターを用意し、続くβ-開裂でC–O結合を切断する足場を作っているのが、このStep 0の役割です。


ラジカル連鎖機構——4つのステップ

キサントエステル(またはチオカルボニルイミダゾリド)が準備できれば、ここからが本反応の核心であるラジカル連鎖機構です。開始剤AIBNとトリブチルスズヒドリド(Bu3SnH)を用います。

Step 1:ラジカル開始——AIBNからBu3Sn•の生成

AIBNが加熱(Δ)または光照射により分解し、シアノイソプロピルラジカルを生成、
これがBu3SnHからHを引き抜いてBu3Sn•(スズラジカル)を生成する:

  AIBN  →(Δ)→  2 (CH3)2C•CN  +  N2

  (CH3)2C•CN  +  Bu3SnH  →  (CH3)2CHCN  +  Bu3Sn•
                                              (連鎖を開始するスズラジカル)

Step 2:Bu3Sn•のチオカルボニル硫原子への付加

スズラジカルはチオカルボニル基(C=S)の硫原子に付加し、
炭素上にラジカルを生成する:

         S                              S—SnBu3
         ‖                              |
  R–O—C—SMe  +  Bu3Sn•  →  R–O—C•
                                         SMe
                              (炭素ラジカル中間体)

【ポイント】
・スズ–硫黄結合(Sn–S)は非常に強く、これが反応の熱力学的駆動力
・硫黄上に生成した炭素ラジカルは、硫黄原子の隣接効果(α位の
  非結合電子対との相互作用)により安定化される
→ C=Sは硫黄の存在によりC=Oよりもラジカルアクセプターとして優れる

【なぜC=Sが優れたラジカルアクセプターなのか】
ラジカルがC=Sの硫原子に付加して生じる炭素ラジカルは、硫黄上のもう一方の置換基(SMeやイミダゾリル基)の隣接する非結合電子対との相互作用によって安定化されます。また、Sn–S結合の生成は強い結合エネルギーを持つため熱力学的に有利です。C=O(カルボニル)に対するラジカル付加はこれほど効率よく進行しないため、わざわざアルコールをC=S誘導体(キサントエステル等)に変換しておく必要があるのです。

Step 3:β-開裂(フラグメンテーション)——アルキルラジカルの生成

Step 2で生成した炭素ラジカルがβ-開裂を起こし、
元のアルキル–酸素結合(R–O結合)が切断されて
アルキルラジカル(R•)が放出される:

         S—SnBu3                    S—SnBu3
         |                              ‖
  R–O—C•        →(β-開裂)→   O—C       +     R•
         SMe                            SMe          (目的の脱酸素化された
   (炭素ラジカル中間体)        (安定なチオカルボニル          アルキルラジカル)
                                    O,S-アセタール型副生成物)

【ポイント】
・切断されるのはR–O結合(アルキル–酸素結合)であり、
  C–S結合ではない
・このR–O結合は通常のC–O単結合よりも弱く、かつ生成する
  二重結合性の高い副生成物(O=C(SMe)(SnBu3)的な構造)が
  熱力学的に安定なため、開裂が速やかに進行する
・このステップこそが「脱酸素化」の本質——酸素原子が
  アルキル基から完全に切り離される段階である

【誤りやすいポイント:β-開裂で切れる結合】
Step 2で生成した炭素ラジカルから見て、β-開裂で切断されるのは炭素ラジカルに隣接するR–O結合(C–O結合)です。ラジカル中心の炭素自身(チオカルボニル炭素)とSの結合や、Snとの結合が切れるわけではありません。このβ-開裂によって、酸素を含まないアルキルラジカル(R•)が生成し、酸素原子は安定な硫黄含有副生成物側に残ります。Hunsdiecker反応の脱炭酸ステップ(アシルオキシラジカルからCO2が脱離してR•を生成する段階)と「ラジカルがR•を放出する」という見た目は似ていますが、Barton–McCombieでは炭素–酸素結合のβ-開裂、Hunsdiecker反応では脱炭酸(カルボキシラートラジカルからのCO2脱離)という、切断される結合の種類が異なる点に注意してください。

Step 4:H引き抜きとラジカルの再生(連鎖伝播)

アルキルラジカルがBu3SnHから水素原子を引き抜き、
目的のアルカン(R–H)を生成すると同時に、
Bu3Sn•が再生されて連鎖が継続する:

  R•  +  Bu3Sn–H  →  R–H  +  Bu3Sn•
(アルキルラジカル)           (目的物;      (再生されたスズラジカル;
                                脱酸素化された   Step 2へ戻り連鎖継続)
                                アルカン)

【機構の核心:全体の4段階まとめ】
Bu3Sn•がC=Sの硫原子に付加し炭素ラジカルを生成(硫黄の隣接効果で安定化)→
②その炭素ラジカルがβ-開裂を起こし元のアルキル–酸素結合を切断、アルキルラジカル(R•)を放出→
③R•がBu3SnHからHを引き抜きアルカン(R–H)を生成→
④同時にBu3Sn•が再生され①に戻って連鎖が継続する。
中間体はすべてフリーラジカルであり、カルボカチオンやカルボアニオンを経由しない点が、酸・塩基に弱い基質でも反応が進行できる理由である。


なぜイオン的な還元法では難しいのか

単純なアルコールであれば、トシル化(またはメシル化)してLiAlH4やNaBH4でヒドリド置換するイオン的な脱酸素化が最も簡便です。しかし、糖類や天然物合成の中間体のような複雑な多官能基基質では、この単純な手法が通用しないケースが多くあります。

イオン的脱酸素化が困難になる典型的な理由:

・強塩基(NaH等によるトシル化前のアルコキシド形成)が、
  分子内の他の酸性プロトン(OH基同士の競合反応)や
  エステル・ラクトンと衝突する
・LiAlH4のような強力なヒドリド還元剤は、エステル・ラクトン・
  ニトリル・アセタールなど他の官能基も同時に還元してしまう
・トシル化されたアルコールは2級・3級ではE2脱離(オレフィン化)
  が競合しやすく、特に立体的に混み合った糖類骨格では
  目的の置換反応より脱離が優先しがち
・強い求核剤による置換反応は、隣接基関与や立体障害により
  位置選択性・立体選択性の制御が困難な場合がある

【Barton–McCombie法が選ばれる理由】
ラジカル連鎖機構は中性条件で進行し、強塩基・強酸・強い求核剤を必要としません。カルボカチオンや裸のアニオンのような反応性の高いイオン中間体を経由しないため、エステル・アセタール・他のアルコール・グリコシド結合などの共存する官能基を傷つけずに、目的の水酸基だけを選択的に脱酸素化できます。この「官能基選択性の高さ」こそが、糖類や天然物合成でBarton–McCombie法が好んで使われる最大の理由です。


Hunsdiecker反応・Bartonエステル法との区別

いずれもラジカル機構で進行する反応ですが、出発物質と変換の本質が異なります。混同しやすいので比較表で整理します。

反応名 出発物質 変換の本質 key中間体・key結合切断
Barton–McCombie脱酸素化 アルコール(R–OH) 脱酸素化(酸素を完全に除去してアルカンへ) 炭素ラジカルのβ-開裂でR–O結合を切断
Hunsdiecker反応 カルボン酸銀塩(RCOOAg) 脱炭酸的ハロゲン化(CO2を脱離しR–Xへ) アシルオキシラジカルの脱炭酸(CO2脱離)
Bartonエステル法 カルボン酸(R–COOH) 脱炭酸(CO2を脱離しR•を発生、捕捉剤で官能基化) N–O結合のホモリシス → 脱炭酸(CO2脱離)

3つの反応はいずれも「ラジカル連鎖(または開始–連鎖)」「Bu3SnHやAIBNのようなラジカル試薬」という共通点を持ちますが、Barton–McCombie脱酸素化だけが出発物質をアルコールとし、酸素原子を分子から完全に除去する反応です。Hunsdiecker反応・Bartonエステル法は出発物質がカルボン酸であり、CO2として炭素を1つ失う脱炭酸反応である点が決定的に異なります。

【最終チェック:3つの反応の見分け方】
試験で「Barton」と名前がついた反応・試薬が出てきたら、まず出発物質がアルコールかカルボン酸かを確認してください。アルコールが出発物質であればBarton–McCombie脱酸素化(酸素除去)です。カルボン酸が出発物質であれば、銀塩+ハロゲンを使う古典的なHunsdiecker反応か、チオヒドロキサム酸エステルを経由するBartonエステル法のいずれかであり、どちらも脱炭酸(CO2放出)を伴います。「–McCombie」がついているかどうかが、脱酸素化(アルコール由来)か脱炭酸(カルボン酸由来)かを区別する最も簡単な目印です。


実験条件のコツ

Bu3SnHの毒性とTTMSSへの代替

【Bu3SnHの毒性と代替試薬TTMSS】
トリブチルスズヒドリド(Bu3SnH)は安価で反応性が高く広く使われますが、有機スズ化合物には毒性・環境負荷があり、生成物からの完全な除去(スズ残留物の分離)が工業プロセスや医薬品合成では問題になります。この欠点を補う代替試薬がトリス(トリメチルシリル)シラン((TMS)3SiH、通称TTMSS)です。Si–H結合の結合解離エネルギーがSn–Hに近く、同様にラジカル連鎖の水素供与体として機能しながら、毒性が低く生成物の精製も容易なため、近年の天然物合成ではTTMSSが好んで選択される場面が増えています。

AIBNの開始条件

【AIBNの開始条件】
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)は60–80°C程度の加熱または光照射により窒素(N2)を放出してラジカルを発生する、ラジカル反応における代表的な開始剤です。Barton–McCombie反応は通常、AIBNを触媒量(数mol%程度)加えたトルエンやベンゼンなどの非極性溶媒中、加熱還流条件で行われます。開始剤量が多すぎると副反応(過剰なラジカル停止反応)が増えるため、触媒量での使用が基本です。

キサントエステル化の操作

キサントエステル化の操作上の注意点:

・NaHによるアルコキシド化は、他に酸性プロトン(遊離OH、NH等)
  がある基質では選択性の問題が生じうる
  → 複数のOH基を持つ糖類では、目的の位置だけを選択的に
     反応させるための保護基戦略が必要
・CS2は揮発性・悪臭が強いため換気に注意
・TCDI法は強塩基を使わないため、塩基に弱い保護基
  (アセタール系保護基等)と共存できる場面で有利
・キサントエステル・チオカルボニルイミダゾリド誘導体は
  比較的安定で精製・保存が可能

応用例——糖類・天然物合成における位置選択的脱酸素化

【糖類のデオキシ化】
 糖の特定位置の水酸基だけを脱酸素化して
 デオキシ糖(2-デオキシリボースなど核酸構成糖を含む)を
 合成する際、他の水酸基・グリコシド結合・アセタール保護基を
 保持したまま目的位置だけを脱酸素化できる

【天然物全合成での位置選択的還元】
 複雑な多環性天然物の合成過程で生じる2級アルコールを、
 他の官能基(エステル・ラクトン・オレフィン等)に
 影響を与えずに除去する手段として利用される

【立体的に混み合った基質への適用】
 イオン的な置換反応(SN2)が立体障害で進行しにくい
 2級・3級アルコールでも、ラジカル機構であるため
 立体障害の影響を受けにくく反応が進行しやすい

【現代における位置づけ】
Barton–McCombie脱酸素化は、糖化学・核酸化学・天然物全合成において「他の官能基を保持したまま酸素官能基だけを除去する」という、イオン的手法では実現しにくい変換を可能にした反応として、現在も標準的な手法の地位を保っています。Bu3SnHの毒性問題に対してはTTMSSなどの代替試薬が開発され、より環境負荷の低い条件での実施が可能になっています。


院試・定期試験の頻出パターン

パターン① 反応機構を書く問題

Q. シクロヘキサノールから調製したキサントエステル
   (シクロヘキシル O-エステル S-メチル ジチオカルボナート)を
   Bu3SnH・AIBN存在下、加熱した。生成物を示し、
   反応機構をラジカル連鎖として説明せよ。

A.
全体反応:シクロヘキシル–O–C(=S)SMe → シクロヘキサン

Step 1:AIBN →(Δ)→ ラジカル開始 → Bu3Sn•の生成
        (Bu3SnHからのH引き抜きにより)

Step 2:Bu3Sn•がチオカルボニル硫原子に付加
        R–O–C(=S)SMe + Bu3Sn• → R–O–C•(SSnBu3)(SMe)

Step 3:β-開裂によりR–O結合が切断、アルキルラジカルR•を生成
        (Rはシクロヘキシルラジカル)

Step 4:R• + Bu3SnH → R–H(シクロヘキサン) + Bu3Sn•(連鎖再生)

【ポイント】中間体は炭素ラジカル・アルキルラジカル。
カルボカチオンやアニオンは経由しない。

パターン② なぜイオン的還元が使えないかを問う問題

Q. ある糖誘導体(複数の水酸基・グリコシド結合・エステル保護基を
   持つ)の1つの2級水酸基だけを脱酸素化したい。トシル化→
   LiAlH4還元というイオン的手法ではなく、Barton–McCombie法が
   選ばれる理由を述べよ。

A.
イオン的手法では、トシル化前のアルコキシド形成に強塩基(NaH等)
を要し、分子内の他の酸性プロトンや酸無水物的な保護基と
衝突する可能性がある。さらにLiAlH4のような強力なヒドリド還元剤は
エステル・ラクトンなど他の還元可能な官能基も同時に攻撃してしまう。

一方Barton–McCombie法はラジカル連鎖機構で中性条件下に進行し、
強塩基・強酸・強い求核剤を必要としないため、共存する
エステル・グリコシド結合・他の保護基を保持したまま、
目的の水酸基だけを選択的に脱酸素化できる。

【ポイント】官能基選択性の観点から、中性ラジカル条件の
優位性を説明できることが重要。

パターン③ Hunsdiecker反応・Bartonエステル法との識別問題

Q. Barton–McCombie脱酸素化とHunsdiecker反応は、どちらも
   ラジカル機構でアルキルラジカル(R•)を発生させる反応であるが、
   出発物質とR•が生成する直前のステップの観点で何が異なるか
   説明せよ。

A.
Barton–McCombie脱酸素化:
 出発物質はアルコール由来のキサントエステル(R–O–C(=S)SMe)。
 Bu3Sn•がチオカルボニル硫原子に付加して生成した炭素ラジカルが
 β-開裂を起こし、アルキル–酸素結合(R–O結合)が切断されて
 R•が生成する。

Hunsdiecker反応:
 出発物質はカルボン酸銀塩(RCOOAg)由来のアシルハイポブロマイト
 (RCOOBr)。O–Br結合のホモリシスで生じたアシルオキシラジカル
 (RCOO•)が脱炭酸(CO2の脱離)を起こしてR•が生成する。

【ポイント】両者ともR•を生成する点は共通するが、
Barton–McCombieは「C–O結合のβ-開裂」、Hunsdiecker反応は
「脱炭酸(C–C結合の切断とCO2の脱離)」というまったく異なる
結合切断によってR•が生じる。出発物質もアルコール由来か
カルボン酸由来かで異なる。

まとめ

  • Barton–McCombie脱酸素化 = アルコール(R–OH)キサントエステル(またはチオカルボニルイミダゾリド)に変換し、ラジカル連鎖機構で酸素を完全に除去してアルカン(R–H)へ変換する反応
  • 機構:Bu3Sn•がC=Sの硫原子に付加 → 炭素ラジカル生成 → β-開裂でR–O結合を切断しアルキルラジカル(R•)を放出 → Bu3SnHからH引き抜きでR–Hを生成 → Bu3Sn•再生で連鎖継続
  • 中性のラジカル条件で進行するため、強塩基・強酸・強い求核剤を使うイオン的手法では困難な多官能基基質(糖類・天然物中間体)での選択的脱酸素化に威力を発揮する
  • Hunsdiecker反応・Bartonエステル法はいずれもラジカル機構だが、出発物質はカルボン酸であり、脱炭酸(CO2脱離)を伴う点でBarton–McCombie脱酸素化(アルコール由来・酸素の完全除去)とは本質的に異なる
  • Bu3SnHは毒性があるため、近年はTTMSS((TMS)3SiH)への代替が進んでいる
  • 糖化学・核酸化学・天然物全合成において、位置選択的な脱酸素化を実現する標準的手法として今も広く使われている

よくある質問(FAQ)

Q. Barton–McCombie脱酸素化はなぜラジカル連鎖機構と呼ばれるのですか?

反応は開始(AIBNの熱分解からBu3Sn•が生成するまで)連鎖伝播(Bu3Sn•のチオカルボニル硫原子への付加・β-開裂によるR•生成・Bu3SnHからのH引き抜きによるR–H生成と同時のBu3Sn•再生)という段階を繰り返すことで進行します。1つのスズラジカルが消費されると同時に新たなスズラジカルが再生されるため、少量の開始剤から多数の分子が連続的に反応する「連鎖」の形を取ります。

Q. なぜアルコールを直接ラジカル化できず、キサントエステルへの変換が必要なのですか?

アルコールのC–O結合は安定で、Bu3Sn•が直接攻撃できる反応点を持ちません。そこでアルコールをいったんチオカルボニル基(C=S)を持つキサントエステルに変換することで、Bu3Sn•が選択的に付加できるラジカルアクセプターを用意します。C=Sは硫黄の隣接効果によりラジカル付加後の炭素ラジカルが安定化されるため、C=Oよりも優れたラジカルアクセプターとして機能します。この前処理がStep 0であり、本反応が必ず「アルコール→キサントエステル化→ラジカル反応」という2段階で構成される理由です。

Q. β-開裂で切断される結合はどれですか。Hunsdiecker反応の脱炭酸と同じ意味の用語ですか?

Barton–McCombie反応のβ-開裂で切断されるのは、チオカルボニル炭素上に生成したラジカル中心から見てβ位にあるアルキル–酸素結合(R–O結合)です。これによりR•(アルキルラジカル)が放出されます。一方、Hunsdiecker反応における「脱炭酸」は、アシルオキシラジカル(RCOO•)からCO2が脱離してR•が生成するステップであり、切断されるのはカルボキシラート炭素と酸素・隣接炭素の間の結合です。どちらも最終的にR•を生成する点は共通しますが、切断される結合の種類・出発物質の構造はまったく異なるため、用語を混同しないよう注意してください。

Q. Bartonエステル法とBarton–McCombie脱酸素化は同じ「Barton」の名前がついていますが、同じ反応ですか?

いいえ、まったく異なる反応です。Barton–McCombie脱酸素化アルコールをキサントエステル等のチオカルボニル誘導体に変換し、ラジカル連鎖(Bu3Sn•付加→β-開裂→H引き抜き)でC–OH結合をC–Hへ還元する反応(脱酸素化)です。一方、Bartonエステル法カルボン酸をチオヒドロキサム酸エステル(Bartonエステル)に変換し、N–O結合のホモリシス後に脱炭酸してアルキルラジカルを発生させる反応です。出発物質(アルコール vs カルボン酸)も反応の本質(脱酸素化 vs 脱炭酸)も異なるため、名前の類似だけで混同しないように注意してください。

Q. Bu3SnHの代わりにTTMSSを使うメリットは何ですか?

Bu3SnHを含む有機スズ化合物は毒性が高く、環境負荷が大きいうえ、反応後の生成物からスズ残留物を完全に除去するのが難しいという問題があります。TTMSS((TMS)3SiH)はSi–H結合がラジカル連鎖の水素供与体として同様に機能しながら、毒性が低く取り扱いやすいため、特に医薬品合成や生理活性天然物の合成のように生成物の純度・安全性が重視される場面で好まれます。反応機構自体は共通しており、スズラジカル(Bu3Sn•)の代わりにケイ素ラジカル((TMS)3Si•)が同様の役割(C=Sの硫原子への付加、Si–Hからの水素供与)を果たします。

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